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24.解けぬ誤解

【前回のあらすじ】


「家の人の家族に会うって、どんな気持ちがするものなの?」

「大切にしなきゃと思った。この人たちを裏切ってるって本当に苦しかった」


思いもよらぬ帰省中の琴乃の心境の変化に愕然とするボク…

もはや、彼女との関係を続けられそうにないと、ボクは思い込む……

(待って! お願いだから電話に出て!)


 私は恐怖のどん底に蹴落とされた気持ちだった。


(ムーちゃん、なぜあなたはいつもいつも…… )


 ここが繁華街の真ん中で良かった。さすがに涙を流すわけにはいかない。だけど、ひょっとするとムーちゃんとこれっきりになってしまうかもしれないと思うと、それは恐怖でしかなかった。


(電話に出て! お願い! お願い!……)


 別れ話になったことは一度や二度じゃない。何度も切り出されていた。でも、その都度私は必死に追いかけた。彼を失うことなど想像できなかったから、夜中でも追いかけまわした。彼の書き込みがないハングアウトに私の書き込みが数十行も並んだことだってある。でも、彼は必ずどこかで折れてくれる。私のことを受け止めてくれる。そのまま放置されたことなど一度もない。半日くらい反応がないことがあっても、必ず彼は返事をくれる。それはもう決まりごとのようなものだった。


(出て! いつもと同じじゃダメ…… 私ももう追いかけられないかもしれないから出て!)


 私自身の変化にも気づきたくないけど気づいていた。ムーちゃんは激しすぎる…… 穏やかな世界を思い描いている私には激しすぎる……


 それでもまだ追いかける私がいる。彼の存在が今すぐなくなることの準備ができていない。もし、どうしても彼が別れたいというなら、受け入れてもいいのかもしれない。でもそれは今じゃない。私にはまだ必要だから。そして、ムーちゃんにもきっと私が必要なはず。昨夜の電話だって、あんなに楽しかったのに……


(なぜ数時間後にこんなことになるの? )


(気づいて、ムーちゃん、お願いだから、私に気づいて……)


 どのくらい呼びかけただろうか…… ようやく彼の声がスマホの向こう側から届いた。


「もしもし…… 何?」


「…… ムーちゃん、私がいけなかった。だから誤解しないで!

 私はずっとムーちゃんのことを考えてたのよ。嘘じゃないから。落ち着いて、お願い」


「よくわからんな…… 琴乃がよくわからない。相手の家族を大事にしたい、悪いことをした、そう言ってる人が、なぜまだボクに電話してくるのか…… 琴乃がわからないよ」


 どちらの言い分が正しいのだろう。私には私の周囲の人、私を大切に思ってくれる人すべてを大切にしたいという感覚と、ムーちゃんを大切にしたいという気持ちが同時にあるのは事実で何の矛盾もないのに、どうしてそれを受け止めてくれないのだろう? ムーちゃんを蔑ろにするなんてひと言もいっていないのに…… 


(私もあなたのことがわからない…… ムーちゃん…… 何がいけないの?)


 心でそう思っても、別の言葉が口をつく。


「ごめんなさい。私はムーちゃんを大事にしてなかったんだね。

 でもそんなことはないよ。ずっと好きなままだよ」


「それがわからないって言ってるんだよ! なぜ家の人の家族まで大事にするって言う人が、ボクのことを大事にできるんだよ。そのどっちも大事なんて、どうやったら実現するんだよ! 

 ボクの存在はなかったんだろ? 彼の実家に戻ってた時、ボクの存在は消えてなくなってたんだろ? もう正直に言ってくれよ!」


 彼が激高すると言葉で反応するのは無理だった。相手を許さない冷酷な彼が、あの優しいムーちゃんに同居している。もうずっと前からその怖さに気づいていた。


「…… 家族のみんながね…… 大切にしてくれるの。だから、私も大切にしなきゃいけないと思ったの。家の人じゃないよ、私の周りにいる人すべてを大事にしなきゃならないと思ったの。そうしなきゃ申し訳ないと思ったの。ムーちゃんを大事にしたいという気持ちとは別だよ! 」


 精一杯伝えたかった。本当の気持ち、ムーちゃんを愛してやまない気持ちも、周囲に優しくされて気づいたことも、全部そのまま伝えたかった。


「何が言いたいの? ボクは琴乃にとってどういう存在なんだよ。この6日間、ボクは一瞬たりとも琴乃のことを考えない日はなかったよ。電話してこないのも、メッセージが来ないのも、それはボクが我慢すると言ったから、だから仕方ないと思ったけど、ボクが平気でいたとでも思うの? 逆だったらどうするよ! 琴乃がひとりっきりで部屋で待ってて、その間、ボクが楽しそうに誰かと過ごしていると知ったら、どう思うよ!!」


「…… 悲しい。ごめんなさい」


「いいんだよ、謝らなくていいよ。それが琴乃の思ってることだから、もういいよ。そういうことでしょ? ボクのことなど思い出しもしなかったってことでしょ?」


 どこかで否定できない。その言葉をやっとのことで飲み込む。彼の怒りはどこまでも続きそうな予感がした。


「ううん…… 違う……」


「何が違うんだよ!

 

 あ~ なんか、空しくなってきた……


 ダメだ…… ボクは恥ずかしくてもうこんなの見てられなくなった……


 ドライブの文章消すから」


 どんどんエスカレートする


「待って、お願いだから待って。消さないで、お願い

 ふたりの大切な記憶なのに…… 消さないで……」


 胸が締め付けられた。消されてしまう…… 思い出のすべてが消されてしまう…… 

 それなのに何もできない。止められない。もうムーちゃんを止められない。


 そう思うと、繁華街の真ん中にも関わらず、涙が溢れてきた。

 終わってしまう。私の準備ができていないところですべてが終わってしまう。

 なにもかも失ってしまう…… 


 もう立っていられない…… 

 私はへなへなと道路わきの植込みのブロックに凭れて座り込んでしまった……




「消した…… 清々した…… 」




「なんで…… 私のものでもあったのに……」


 声になっていたかどうかもわからない。


 インフルエンザで寝込んでいた時に彼が送り続けてくれたラブレターも、毎日続けた朝の空の写真も、バレンタインに私が贈ったメッセージも、曲も、ホワイトデーに彼がくれた小さな花々のクリッピングも、そして添えられていたメッセージと曲も、みんなみんななくなっていた。


「見てられなかったんだよ! 琴乃の前で裸になったバカな自分を見たくなかったんだよ。琴乃に忘れられているのに必死になって書き込みを続けているピエロを、とても見てられなかったんだよ。ボクはこんなにも軽い存在だったと思うと、自分が哀れで哀れで…… 嫌になったんだよ!!」


「そんなつもりじゃなかったのに…… 


 消えてる…… 全部消えてる

 ひどいよ、ムーちゃん…… ひどすぎるよ」


 ドライブの共有フォルダからはすべてが消え去っていた。ムーちゃんと過した半年間の思い出が、ひと欠片もなく、まるで初めからなかったもののように姿を失っていた。


 これがあの人との半年間の結果だと思うと、枯れ果てた涙のさらにその奥から、乾ききらない雫が溢れるように涙がまた溢れた。


(ムーちゃん…… 平気なの? 私はもう必要ないの?)

(私にまだ追いかけさせるの…… まだ追いかけさせるの……)


 それでもまだ彼が電話を切らない限り、私からは切らないでおこうと思った……

読んでくださってありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?


ご意見ご感想お聞かせいただくと嬉しいです。


次回は自らの軽挙に茫然とする主人公のことを描きます。

引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。

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