22.親愛の情
【前回のあらすじ】
連休中、できるだけメッセージも電話も止めてみようと提案した「ボク」
それは明らかにやせ我慢だったのだが、琴乃はそれに忠実に従ったように見えた。
ようやく琴乃がマンションに戻る日、6日間の辛く長い時間を経て、自分がいかに琴乃に依存していたかを思い知る「ボク」。だが、それでもまだ素直になれない。
心待ちにしている琴乃との時間。その時間に心にもないことを言い出すのではないか、もう自分の感情をコントロールする自信をなくし始めた「ボク」であった。
6日間の旅を終えてマンションに戻り、私はすぐにムーちゃんにメッセージした。ふたつの実家で何ひとつ変わらない家族の温かさに触れ心穏やかに過ごせたけれど、ここに戻るとやはりムーちゃんが恋しい。
家の人の存在も、少し落ち着いて受け入れることができてはいるけど、ムーちゃんとは比べるまでもない。私の自然体はムーちゃんを求めている。一刻も早く落ち着いて彼と話したい。そんな気持ちが先だった。
「疲れたでしょ? 休んでていいよ。夕食の準備は僕がやるよ」
家の人はどこまでも優しい。ちょっとだけ心苦しいけど、今はその言葉どおり素直に休ませてもらおう。
「ありがとう。でも私、電車の中で食べたお昼のお弁当がまだ消化されないみたい。夜はいいわ」
「そうか。じゃあ僕一人だけなら適当になんか買ってくるかな」
そう言って彼は出かけて行った。
さあ、ムーちゃんとメッセージできる! 私の心は久しぶりに高鳴った。
「ムーちゃん、ただいま。今帰ったよ!」
「おかえり。おつかれさま。ゆっくり休んでね」
な~んだ、ムーちゃんはあまり嬉しそうじゃない……
きっと本でも読んでるんだと思った。反応が悪い時の彼の言い訳は、本を読んでて夢中になってたという理由が多い。そんな時、今までなら私を置き去りにしてと思ったけど、休暇中は私のために我慢してくれただろうし、今はムーちゃんの邪魔をすることは止めよう。少し眠い…… 長時間の移動で疲れた…… 私は眠っていた。
気づくと21時をすっかり回っている。慌ててムーちゃんにメッセージを送る。
「ごめんなさい、疲れて眠ってました。怒ってる?」
機嫌が悪くなってなきゃいいけど。時々彼は本当にびっくりするくらい怒る。久しぶりの今日がそんなことになりませんように。私は祈るような気持ちで彼からの返事を待った。
「ハハハ、そんなに怒りんぼうかなぁ、ボクは……
信用ないね。怒ってないよ。今大丈夫なの?」
良かった…… 優しいムーちゃんだ。私は安心した。
「会いたかった、ムーちゃんと話したくて仕方なかったんだよ……」
少し大袈裟だった。会いたかったし、メッセージの交換を早くしたかった。それは事実だけど、「仕方なかった」は言い過ぎかな。そんなことをちょっとだけ思った。
「ボクも会いたかった。ずっと琴乃のことばかり考えてた」
(本当かな? )
彼の書き残してくれたメッセージには、最初こそそういう書き込みがあったけど、あとは淡々と初恋の物語と読みかけの本のこと、あとは植物園で撮った写真のことが書かれていただけだったような気がするけど……
「ありがとう。書き込みは全部読んでたんだよ。嬉しかった」
「うん。なんか初恋のことを思い出して書き始めたら夢中になっちゃった、アハハ、ちょっと照れ臭い」
「ううん、ムーちゃんってこんな恋をしてきたんだと思った。この経験がムーちゃんのことを形づくってるのかなと思ったよ」
「そうかもね。かなりこっぴどくフラれたから、あの経験は役に立っているのかもね。
でも、それからは一度もフラれてないけどね、アハハハハ」
「ハハハ、自慢してる。でもきっとムーちゃんはモテると思う。優しいし…
でもそれだけじゃなくて、うまく説明できないけど……
知りあったら恋に落ちるよね、実際、私は落ちましたけど、アハハ」
「良かった、琴乃がそう言ってくれて」
「なんで? 素直な気持ちだよ。だってムーちゃんのことはずっと好きだし、頭から離れたことないよ」
「嬉しいよ…… 家の人はどうしてるの?」
「さあ? 眠ってはいないと思うけど」
「電話は無理だよね?」
「うん…… それはちょっと怖い」
「布団に潜り込んでみれば?」
「えーーーーっ! 聞こえるよ、きっと」
「そっか…… 残念……」
「…… 試してみる?」
「うん」
「じゃあ、夜中…… 家の人が寝たら」
「うん。部屋は隣同士なの?」
「ううん、廊下を挟んで向こう側」
「そうなんだね。廊下があれば大丈夫じゃないかな?」
「だって、時々突然入ってくるよ、用事があると」
「鍵はかけないの?」
「うん」
「そりゃそうだな。不自然だよね、いくらなんでも」
「アハハ、そうだよね」
「じゃあ、時々、しようよって部屋に入ってくるとか?」
「それはない」
「あったらどうするの?」
「断るよ」
「断れる?」
「うん。だってそういうこと一度もないもん」
「不思議な夫婦だね…… ボクなら考えられないけどね」
「そうなの?」
「夫婦は毎日するでしょ? 普通」
「えーーーーっ!! 知りませんでした」
「実際にしなくても、相手を触ったり、触られたりするもんじゃないかな」
「…… 想像できません」
「ふ~ん…… まぁいいや、よその夫婦のことなんか……」
「ごめんね……」
「なんで? なんで謝るの? 何か謝るようなことでもあるの?」
「何もないよ。ただ、こんな話、嫌かなと思ったから」
「ボクが聞いたんだから、気にする必要ないよ。それにボクは家の人には嫉妬なんかしてないよ。だって、琴乃が好きなのはボクなんでしょ? そう思ってるから、全然嫉妬したりしないよ」
「えーーーーっ!! 私は初恋の物語読んだだけで嫉妬したのに……
私の知らないムーちゃんがいると思って」
「ハハハハハ、思った通りだ」
「何が?」
「きっと琴乃が嫉妬するだろうなと思って書いてたから。嫉妬させてやれ! って思いながら書いてた、アハハハ」
「…… 意地悪だね」
「だってSだからさ」
「…… 私はM?」
「そうでなきゃ困るな、Sだと多分すぐ別れる、アハハ」
「Mです。間違いないです」
「それでいい、それなら眠れる、ハハハハハ」
最近はいつもいつもこんな会話ばかりしてる。彼が初めてエッチな話題に触れたとき、この人どういう神経しているんだろうと思って、今日のムーちゃんは何だか嫌い! って返信したことが懐かしい。今ではすっかりこの人のペースに嵌っている自分に驚くし、会話を楽しめる余裕が出てきたことを嬉しくも思う。私の頑なな自意識を解きほぐしてくれたのは、間違いなくこの人だと思った。
他愛ない、そう、他愛ない会話ばかり。でも、それが嬉しい。
ムーちゃんは調子に乗ると、エッチなこともホントにいっぱい言うけど、最近行った植物園のことや、休暇中に読んだ本こと、観た映画のことやオペラのことなども話してくれて、話題は尽きることがなかった。
「家の人が寝たみたい…… 電話試してみる?」
「うん…… なんか背徳な感じ…… アハハ、妙に照れるな」
「…… じゃあ、電話するよ」
「うん」
私はベッドに潜り込んで、ひそひそ話を始めた。なぜか、関係のないムーちゃんまでがひそひそ話し出す。楽しかった。とにかく、ムーちゃんとの時間は絶対に失いたくなかった。それは、私がいくら家族を大事にするからと言って、変わらないことだと思った。
「息苦しい…… もうムリ!」
「アハハハハハ、布団に潜り込んでりゃそうなるよ。いいよもう、十分楽しんだ!」
ムーちゃんも楽しそうだった。私たちは、6日間のブランクを一瞬にして埋めた。そう思った。
読んでくださってありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
ご意見ご感想お聞かせいただくと嬉しいです。
次回は琴乃のたったひと言に絶望するボクの姿を描きます。
引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。




