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20.義理の父母

【前回のあらすじ】


琴乃との連絡を意識的に避けたボクは、苦悩の中で9日間を過ごす。そこで見出したものは、ひとつには連絡してこない琴乃への恨み。さらにひとつにはもう楽になりたいという気持ち。そしてもうひとつは、彼女の存在なくして、自分には何も残らないのだという絶望的な感情だった。

 家の人の実家は私の実家から新幹線と在来線特急を乗り継いで8時間弱の距離にある。移動中には美しい富士の裾野を通るから、天気のいい日にはとても雄大な景色を堪能できる。長時間の移動だけど、私は苦になったことが一度もない。


 でも、さすがに今回は気が重い。お正月の時のように、笑って過ごせるのかどうか自信がない。私の実家ではみんなが私の暗い顔を無視するように過ごしてくれたが、義理の父母にはそんなことを期待してはいけないと思う。ひょっとすると家の人からそれとなく日頃の私の様子などが伝わっているかもしれないし、私自身、責められても仕方がないと思っているから、どんな顔をされても我慢しようと思っている。


「疲れてない?」


「ううん、大丈夫」


「昨日何時頃寝たの?遅かったみたいだけど」


 ムーちゃんのことが気になって、真夜中、家の人が寝静まるのを待ってスマホを覗いた。まさか夜中3時前のことを彼が気づいているとは思いもよらなかった。


「うん、ちょっと眠れなかったから、少し起きてただけだよ。起きてたの?」


「いや、なんとなく気配で気づいた。朝も早くから散歩していたし、睡眠時間短いな~って感心してた、アハハハハ」


 彼は本当にどう思っているのだろう。もし気が付いていないとしたらあまりに鈍感で、気付いているとしたら意地悪で悪意がある。でも、もし今そのことを指摘されたら、私ははっきりさせたかもしれない。あなたとはもうやり直せないのと言って、新幹線を降りたかもしれない。だけど、この人は絶対にそういうことを口にしない。


 ムーちゃんは最初のラブレターの後は、記載時間を記したメモ書きを残してくれている。刻まれた時刻をみると、2時間置きくらいに書いてくれている。簡単な備忘録みたいなものが残してあるだけのこともあるし、そこで思いついたことを長々と書いていることもある。今は漱石全集を読み返しているらしく、そのことについて書いてあった。私自身についてのコメントは少ないけど、それは私に気を使わせないようにしているようにも思えた。


 これから3日間、朝の散歩をするわけにいかないし、実家と違ってひとりで部屋に閉じこもることも、深夜起きて台所でごそごそするわけにも行かず、きっとムーちゃんに電話はおろか、メッセージすら送れないだろう。そう思うとちょっと苦しい。実家に戻り、家族も大切にしなきゃいけないなと思ったけど、それでもやはりムーちゃんが大切なことには変わりない。ただ、一時期のように、ムーちゃん、ムーちゃん、ムーちゃんと追いかけまわしていた頃からは少し落ち着いてきた気もする。これがいいことなのかどうかはわからないけど、いつまでも熱に浮かされた恋は続かないと思うから、これからは少し浮ついた気持ちではなく、しっかりムーちゃんとのことを考えようと思う。



 富士の広大な裾野を眺めながら在来線特急に数時間揺られると家の人の実家のある街に着く。そこは海辺で育った私の経験したことのない世界で、GW期間中は本当に爽やかな早春といった風情になるところが好きだ。駅では、いつもどおり、両親が揃って出迎えに来てくれていた。


「まぁまぁ、遠いところを、わざわざ毎回ありがとうね」


 義母はいつも私の手を取って歓迎してくれる。


「おぉおぉ、我が家の美人さんは相変わらず美人さんだ」


 義父は家の人と同じように屈託なく笑う人だ。家の人はどこにいても豪放磊落な感じだけど、実家に戻るといつもよりもっと伸びやかな感じになり、あ~腹減ったよ、などと言っている。


 私は義父母のいつもと全く変わらない出迎えを受けて、急に申し訳ない気持ちが湧きおこってしまった。この人たちは変わらない、変わらず私を受け入れてくれる、そう思った。

 この感情は私の実家で出迎えられた時にも感じた。ムーちゃんには受け入れられていないと思うことが多かったためか、とてもホッとする。気を緩めると涙が出てしまうような感じすらした。


「康太一家も来とるしな。今日は宴会だ。明日は理子さん、どこか行きたいとこはあるか?」


 義父が車を運転しながら大声を出す。

 家の人の弟夫婦が揃っての食事はいつものことで、兄弟仲もいい。小さな子供が三人もいて、毎回賑やかな食卓を囲むことになる。


「お父さん、毎回毎回理子さんに意見を聞くだけは聞くけど、結局いつも温泉ばっかじゃねえ。理子さんは本当は温泉があまり好きじゃないんだよ、ねえ理子さん」


 義母が助け舟を出してくれる。私が温泉を苦手にしていることをちゃんと憶えてくれている。


 母も父も何も変わらない。いつも変わらない。五か月前のお正月から変わったのは私一人で、家の人も、そしてここにいる義父母も何も変わっていない。そう思うと、急に涙が溢れそうになる。それに気づいたのか、義母が私の手をとって話しかける。


「理子さん、長いことひとりにして悪かったね。これからは圭になんでもやらせなさい。働く妻は大変なんだからね、助けてもらいなさい」


 涙が義母の手にポトリと落ちた。義母はその涙をもう片方の手でそっと隠すと、反対側の窓から遠くの山並みを眺めながらいい天気になってよかったわとしみじみ語った。


 ここにも私を大切にしてくれる家族がある。それなのに、会う前から気が重いだの、嫌な顔されても我慢しなきゃなどと思ってしまった自分が情けなくなった。この五か月間、私の身に起こったことは、私の周囲にいる人にとっては何の価値もない時間だということを思い知らされる。私は私の幸せを求めてきたけれど、私の周囲にいる人から見れば、きっと私だけが幸せの道筋から逸れようとしているのだろう。

 私はムーちゃんから届けられる言葉に包み込まれるような幸せを感じた。彼が綴ってくれる言葉の世界に、ずっといたいと思った。でも、それは現実世界では決して実現しないユートピアだったのかもしれない。むしろ、ユートピアはここにある。私が置き去りにしてきた、私の周囲を取り巻く人の中に、それはあるのかもしれないと思うと、この人たちも大切にしないといけないと強く思った。


 この日は結局ムーちゃんに深夜一度だけメッセージを送るのが精一杯だった。翌日も、外出先でリアルマリオカートを見かけて、それを知らせたいと思った昼間の一度だけだった。いつもに比べると圧倒的にムーちゃんとのメッセージの回数が減ってしまっていた。


 でもこれはきっとムーちゃんが見通していたことなんだろうと思った。私が会いたいと言っても頑なに会えないと言っていたムーちゃんが、私にその理由を教えようとしているのかもしれないと思った。ひょっとすると、ムーちゃんは私と別れたいのかもしれない、そんなふうにも思った。


(ムーちゃん、明日はマンションに帰るよ。これまでのようにひとりではないから、すっかり前と同じわけではないけど、ムーちゃんのことは絶対大切にしたい。私の周囲の人たちと同じように、いやそれ以上に。それは変わりないからね)


 そう思いながら眠った。とても穏やかに静かに眠れた。

読んでくださってありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?


ご意見ご感想お聞かせいただくと嬉しいです。


次回は休暇中の帰省を終え、琴乃がマンションに戻ってくる日のボクの様々な葛藤を描きます。

引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。

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