17.単身赴任が終わる日
【前回のあらすじ】
夢中でムーちゃんのためのセルフヌードを撮る琴乃。そして、そのことを彼女らしいことと受け止め、いつしかかつてはいつもそうであったような、楽しい会話を続けるふたり。
琴乃はこんな会話が、自分のすぐ傍で交わされればいいのにと心から思うのだった。
彼女からは3枚の写真が送られてきた。一枚目はソファーに横向きに座る彼女が、大きめのクッションを抱えている。二枚目はカメラに背を向けた白黒のフルヌード。三枚目は上半身はTシャツを着こんでいるが、臀部を惜しげもなく晒した姿。ボクがPCにダウンロードしたのを確認すると、彼女はそれらをすぐに削除した。
彼女は思った以上に痩せていた。画像はソフトタッチに加工されていたものの、本人が言う通り、肌の荒れもよく見るとわかった。
ボクは切なかった。彼女がこれをボクに見せるためにソファーに横になったり、立ち上がってカメラの向きを変えたりする姿を想像して辛かった。何をさせてるんだろうと思った。きっとボクの煮え切らない態度が、彼女をここまで追い込んでいるのだろうと思うと、彼女と交わす言葉とは別の感情が内部で湧き上がるのを抑えきれなかった。これは嫌がる彼女に無理やり撮らせた写真と同じだった。彼女が撮りたい、見せたいといったものであったとしても、その真相はボクが無理強いしたのと同じだった。だから、その写真を見る気にはなれなかった。ボクはまた彼女に罪を犯したのだと思うと、やり場のない怒りがこみ上げる。どこまで彼女を都合のいい女にすれば気が済むんだろうと自分を嫌悪した。
そしてその日は、彼女の家の人が単身赴任を終えて帰ってくる前日、つまり、平日の夜すら、これからはもう自由に電話したりメッセージをしたりすることが不可能になるその前の日、最後の夜を迎えていた。
「明日からはこうやっていつまでも電話することもできなくなるね」
ボクには、ほぼ会えなくなるのと同じ意味に感じられていた。
「できる限り今までと同じにできるようにするから。
ムーちゃんに寂しい思いをさせると思うけど…… ごめんね」
寂しい思い……
同情されているんだなと思うと、それも嫌な気分になった。
どうしてボクは素直になれないのだろう。
「ボクは平気だよ。もう諦めたから」
また嘘をついた。どうせ後でバレるのに。
「ムーちゃん…… これからも付き合ってくれる?」
「付き合うって言ってもね…… ボクたちは何も始まってないしね」
「悲しい言い方…… 私が悪いんだけど」
彼女の一体どこに責任があるというのだ。どうしてボクはそんな言い方をしてしまうんだろう。彼女はヌード写真まで送ってくれた。それをどう理解してるんだろう。お前はバカか! 誰かが言わないと気が付かないのだ、この愚か者は……
「どうやって夜を過ごそうかな……」
「メッセージはできるよ。今までより少し時間がズレるかもしれないけど」
「琴乃は平気なの? いや、琴乃がっていうより、家の人は平気なの?
それがどうしても信じられないんだけど」
なぜこの夫婦は破綻しないんだろう? 率直な疑問だった。
ボクは妻との関係を中途半端にできなかった。いや、妻が中途半端にすることを許さなかった。子供のために仮面夫婦を続けた時間もあったが、結局、破綻している夫婦を結び付けるものは何も残っていなかった。子供にはそれぞれが最大限の愛情を注げば、問題はないと思った。事実、思春期を迎えた娘には、両親が揃った幸せな家族を見せてやることはできないが、それぞれの注ぐ愛情はちゃんと届いている気がしている。だから、子供のいない彼女らふたりが、なにに拘泥してこの不可思議な関係を続けているのか理解に苦しんだ。
夫婦には様々な形があっていい。セックスレスなど今や当たり前だし、それでも何かを共有したり、存在そのものが相手に何らかの安らぎを与えているのなら、一緒に暮らす価値はあるだろう。
しかし、彼女の様子からはそれすら伺えないのだ。あるとすると、高層マンションでの物質的に満たされた生活、保障された将来、そういうものだろうが、だとすると、彼女はもっと割り切ってボクとの関係を楽しめばいいと思う。恋愛ごっこがしたいのならそんなふうに振舞えばいい。なにもヌード写真を送ってまでボクの歓心を惹き続けることはない。
でも、違うのだ。彼女がボクに寄りかかるのはそういう表面的な不満足ではないように思える。
ではなんだ。彼女はボクに一体何を見出しているんだろう。そのことがわからない。わからないから不安になる。彼女に全ての辻褄が合う合理的な理由を求めようとする自分がいる。いや、彼女だけではない。彼女の家の人にも、何を求めて人形のような妻を愛し続けているんだろうか、その真意を聞いてみたくなる。それを聞かないことには前にも後ろにも進めない自分がいる。
「ムーちゃんは私にとって必要なの。大切なの。それだけじゃダメなの?」
「家の人が単身赴任を終えて一緒の生活が始まってもボクが必要ということなの?」
「私は悪い女だね…… でも必要なの。ムーちゃんがいなくなるなんて考えられない」
「罪悪感なんて感じなくていいんだよ。恋は落ちるものだからね。琴乃は恋に落ちただけだから、ボクに罪悪感を持つ必要はない。家の人との関係はボクが口出すことじゃないよ」
この言葉は彼女にどう響くのかは考えていなかった。ただ、ボクはどうすればこの状況を受け入れられるだろうか、自分のことだけ考えていた。
「これまでどおりでいたい…… そうしてくれる?」
「うん…… ところで週末から長い休暇だね。GWはどうするの?」
ボクはひとつの賭けに出ようと思っていた。ボクたちの関係性はこの長い休暇の間にどちらかに傾く。そんな予感がしていた。
「9連休だから、お互いの実家に前半後半で帰省しようということにした。いい?」
「いいも悪いも、ボクの意見が通るの?」
「ごめんなさい……」
「そういうさ、ボクに何ら口の挟めないことをいちいち聞かなくていいよ!
結局不愉快な思いをするだけだから」
彼女に悪意などあろうはずがないのに、ボクは彼女に辛く当たる。そうしないともうボクは壊れそうなのだ。彼女との関係の本当の位置がわからなくて、不安と不信で、いっぱいいっぱいなのだ。
「GW中だけはメッセージと電話を一切やめてみる?」
「どうして…… そんなこと耐えられない」
「ボクを信じてくれてれば大丈夫なんじゃないかな。メッセージはしないけど、ボクは思いついたことを、琴乃がインフルエンザになった時のラブレターみたいにドライブにアップし続けるよ。それを読んでくれる?」
「…… 寂しくなったらメッセージしてもいい? 電話できる時はしてもいい?」
「いいけど…… ボクは期待しないでおくよ。期待が裏切られるとショックが大きすぎるから」
「朝早起きして散歩しようかな…… その時だけいい?」
「琴乃は可愛いよ…… そんなふうに言われると、もう何も言えなくなっちゃうよ」
その時、ボクはまだ今までと何ら変わらない、少し長めの休暇が来るだけのことと思っていた。ヌード写真を送ってくれたばかりの彼女の中に、大きな心境の変化など起こるはずがないと高を括っていた。
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次回は琴乃が家族と過ごす帰省中のお話です。
引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。




