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12.都合のいい女

【前回のあらすじ】


琴乃が恋しくてたまらないものの、一向に素直になれない「ボク」

夫と一緒の琴乃を冷たく突き放そうとする。


しかし、琴乃なしの休日が光り輝くわけではない。


お互いに相手を必要としながら、どちらも踏み込めないでいるふたりの姿があった。

 単身赴任が終わると告げられた週末、私は家の人と一緒に買い物に出かけた。いつもなら、私がひとりで出かけるのに、探したいものがあるからと一緒について来るという。拒む理由が見つからず、私は曖昧に頷いていた。

 買い物が終わると、彼は真っ直ぐマンションへは戻らず、車を郊外に向けて走らせた。


「少しドライブしようよ」


 彼とは会社仲間で開いたバーベキューで知り合った。同じ会社だけど彼のことは顔も知らず、そこで会ったのが初めてだった。あれはどこだったかな、などと通り過ぎる景色を眺めながら、当時のことを思い出していた。


 その頃、私は報われることの少なかった恋に決着をつけ、会社も辞める決心をしたばかりだった。とてもバーベキューなんて気分じゃなかったから、初対面の彼のことも意識することはなかった。ただ、とにかく大きな口を開けて笑い、それにみんながつられて笑う感じで、明るい人柄に悪い印象はなかった。


 そこまでは思い出したけど、それ以上は考えるのをやめていた。


「どこへ行くの? 特に目的がないなら、おうちで休みたいんだけど」


 やっぱりムーちゃんが恋しい。


「うん。でも天気いいし、たまには外の空気もいいよ。お母さんからもね、時々連れ出してって叱られたよ」


 耳を疑った…

 そんな話をしてたんだと思うと、母も家の人も憎らしくなる。母から何を聞いたのだろう。母は何を知らせたんだろう、そう思うとギュッと手に力が入った。


「母があなたにそんな連絡するなんて知らなかった」


「あ〜、だって真子ちゃんが明日来るから、よろしくお願いしますね、ってことだけだよ」


 そうだった。明日は妹が泊りがけでやってくる。


「私に言えば済むことなのに、仕事中のあなたに……」


「仕事中じゃないよ。家に帰ってからだよ、ハハハ、そう気にしなくていいよ、お母さんなんだから」


 屈託なく笑う。この人に私はどう映っているんだろう。


「その時にね、単身赴任も1年近くなると寂しいものだって話になったのね。お父さんが一時期そうだったらしいじゃん。その時を思うと、たまの土日に帰ってきてロクに相手もされないと、帰ってこなくていいって思うものよ、だってさ、アハハハ」


 笑えない。私の周囲で勝手に物事が決められてる感じがして、とても不愉快になった。


「帰りましょ…… ねえ、もう帰ろう!」


 ドライブなんてまっぴら。早く戻りたい。戻ってムーちゃんにメッセージしたい。そのことばかり考えた。一瞬でもこの人との思い出を懐かしく思った自分に腹が立った。


 マンションに戻ると、私は疲れたと言って自室にこもった。すぐにムーちゃんにメッセージを送った。


「こんにちは、ムーちゃん。今大丈夫?」


 返信はすぐ来た。


「こんにちは、琴乃

 無理してない? ボクのことなら気にしないで」


(無理なんかしてない! あなたとメッセージしていたいの! なぜ、それがわからないの! )


 そう言いたかった。メッセージじゃ伝わらない、私の気持ちは伝わらない、全然伝わらない、こんなにも愛しくて、あなただけを愛していて、周囲の家族から真綿を締めるように行動を監視されて、あなただけに慰めて欲しいのに、それなのに突き放す……


(ムーちゃんはいつもいつも突き放す。私を受け止めて、私はもう限界よ。会いに来て。今すぐ私を奪って…… )


 涙が止まらなくなった。だけど、彼にメッセージを送ってもまた誤解して嫌な思いをさせるだけかも…… そう思うとメッセージが書けない。


 すると、彼からメッセージが届いた。


「ゆっくり時間が取れないなら、メッセージはいいから」


(ムーちゃん…… 私はもうダメかもしれない)


 受け入れられてない気がした。


(ムーちゃんはやっぱり別れたいんだろうな……)


 そんな気がしてきた。




 ムーちゃんの気持ちになって考えてみる。私が家の人と出かけてる間のムーちゃんを想像してみる。ひとり暮らしで、休日は散歩くらいしかやることがないと言っていた。気の進まない誰かといるくらいなら、ひとりでいる方がいいと言っていた。

 本を読んだり、音楽聴いたりしてると言っていた。散歩から戻ってビール飲んでぼんやりしてると言っていた。

 休日をのんびり過ごしている彼の姿が目に浮かぶ。きっと、私はその穏やかな時間を掻き乱す邪魔な存在なのだろうと思う。

 本当はメッセージなど必要としてないのかも、そう思ったらふと気づいた。


 …… ムーちゃんから先にメッセージが来たことがない


 私が何もしなければ、あの人は私など必要としていないのかも知れない…… 

 私ひとりが夢中になって、

 あの人は最初から面倒臭いって思っていたかも知れない……


 そう思うと、何も出来なくなった。


 家の人とも話したくない。ムーちゃんには話しかけられない。私はどんどん壁際に追い込まれていく感じがした。


(どうしたらいいの? 何をすべきなの? 

 ムーちゃん…… ムーちゃん…… ムーちゃん…… 

 呼びかけてるのはあなただけなのよ。救ってよムーちゃん…… )




 そのまま眠ってしまった。いつもの浅い眠りではなく、熟睡していた。朝5時過ぎにはもうムーちゃんを追いかけ始め、通勤時間中もずっとメッセージを続ける。ランチもそこそこにメッセージを再開し、夕方は電車の中でまたメッセージし、夕飯もそこそこにお風呂から出るとすぐに電話する。そして電話は深夜1時過ぎまで続く。そんな生活がずっと続いている。ムーちゃんとのメッセージや会話が楽しくなかったことなど一度もない。一度もない代わり、私は胸が押しつぶされそうになるほど切なくなったり、最近は時々荒れるムーちゃんの冷たい言葉にどう対処すればいいかわからず途方に暮れることもある。

 それでも、朝が来ればムーちゃんの気配を追う。もし、彼が隣で寝息を立てていたなら、私はどんなに穏やかな気持ちで朝を迎えられるだろうかと思う。


 だけど、彼は時々遠くに行ってしまう。私がいくら手を伸ばしても、決して届かない場所に行ってしまう。そして、彼からは私を求めてくることがない。愛していると言ってはくれるけど、それは同じ重さじゃない。圧倒的に私の片思い。ムーちゃんは自分に必要な時に私を求める。私はずっと求め続けている。そのくらい違う気がした。





「ご飯できたよ」


 家の人の声がする。単身赴任で戻ってきて、疲れているだろうに家事をさせてしまう。


(それを平気でさせている私といて、あなたは一体何が楽しいの? )


 そう聞きたくなる。絶望的なことを口走りそうになる自分もいる。でもできない。ムーちゃんに受け入れられていない自分が、この人にまで見捨てられたら、私は本当に生きていけない。


(私は弱い人間なのかな)


 これまで、そんなこと思ったこともない。自分を律していつもきちんと身なりを整え、誰からも憧れられる存在でありたいと思ってきたし、そう振舞えているとも思う。


 でも、誰かが傍にいて欲しい。できればムーちゃんに。それが無理なら、今は戻ってくることになった家の人とこの部屋を大事にしたい。捨てたくない。


(私はわがままなの? ムーちゃん、私はここを捨てるべきなの?)


 そう問いかけてもムーちゃんの答えは一緒だと思う。


(それは自由だけど、ボクが今すぐ琴乃と会うことはできないよ、条件が揃わない……)


 揃えてよ! いい加減にその条件を揃えてよ! 

 私を…… 私を…… 私を都合のいい女にしたままにしないで……

読んでくださってありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?


ご意見ご感想お聞かせいただくと嬉しいです。


次回は愛していてもどうにもできない「ボク」の揺れ動く気持ちを描きます。

引き続きお読みいただけると幸せです。よろしくお願いします。

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