1人と1匹の優しさ
公爵の屋敷を目指して猛スピードで疾走する馬の上
「……レノスよ、なかなか堂に入った強引で無理のある誤魔化し方であったな」
「……それほめてないですよね?貶してますよね?」
「いや、一応は褒めているぞ?強引で無理があるのに信じてもらえたということは、言葉や理屈ではなくお主自身を信じたということだからな。人望があって何よりじゃないか」
「そう言われると悪い気はしませんね。……ん?貶していることは否定してないですよね」
「……レノスよ、今はお主の妹のために急ごうではないか」
「誤魔化しましたよね?流石に強引で無理がありますよ?」
「……お主、意外と根にもつのだな」
「出会ってからそんなに経ってないのに驚かされてばかりですからね……少しは意趣返ししたくもなりますよ。その姿になった時もそうでしたし」
「ああ、そのことか」
・
・
・
レノスと共に森を出る少し前
「そういえば、今更ですが人と関わるときにその姿だと問題がありますし、何か策を考えないといけませんね」
「おお、そうだな。確かに我輩の姿だと人間にとっては恐怖を与えてしまうな」
「はい、なのでその姿でも問題がないようにするための策を考えようと思うのですが……いい考えが何も思いつきません」
「ん?ようは見られても騒ぎにならないようにすればいいのだろう?」
「それが思いつかないから困っているのですよ。いったいどうしたものか……」
そう言うとレノスは腕を組んで悩みだしてしまった。
「ああ、なるほど、そういえばレノスは知らなかったな。
レノスよ、ちょっとこっちを向け」
「はい?今考え中なんですが、なんでs……」
ぼふんっ!
「うわ!っぷ、なんだこれ前が全然見えないぞ!?毛!?これ大量の猫の毛か!?」
あ、しまったな、レノスを大量の猫毛にまみれにしてしまった。
「おお、すまんすまん、思っていたよりも多く毛が舞ってしまってな」
「いきなり何をするんですか!こっちを向けと言ったら猫毛まみれにするなんて何を、考えて、いるん、で、すか……」
あ、レノスが固まっている。
まぁ、仕方が無いか、今の我輩の姿を見ればな。
「チンリュウ殿、ですよね?え!?何で普通の黒猫の姿に!!??」
「はっはっは、いい驚きっぷりだな。なにたいしたことではないこれも我輩の魔法の1つでな、元々の姿と完全に別のものには無理だが、ある程度までは体の大きさや形状を変化させることができるのだ。一部だけ元に戻したりもできるし便利だぞ?」
「そんな魔法聞いたこともありませんよ……」
「まぁ、欠点としては大きくするときには魔力をそれ相応に消耗するし、小さくなるときには変化した分だけの体毛であったりが出てしまうことだな。しかも変化できる幅は元々の体を基準にするくせに、元の状態に戻るときにも変化するときと同じことが起きるからな。短時間の変化なら大丈夫だが」
おそらく大きくする時には増えた分の質量を魔力で補っているのだろう。逆に小さくなる時には余分な質量を毛などの形で放出して調整しているのであろうな。
「と、まぁ、見た目の問題はこれで解決したということでよいな?」
「は、はい、確かにこの姿ならばどこからどう見ても普通の黒猫です」
「ならば、ほれ、さっさと行こうではないか」
「あ!待ってください案内される側が先に行かないでくださいよ!」
・
・
・
「驚かしてばかりというが、一般的な魔法の基準が分かっておらんのだから仕方が無いではないか」
「それも分かりますけどね、驚きすぎでいちいち心臓に悪いんですよ……」
「それもそうか……ん?レノスよ、馬の速度が少し落ちてきているぞ」
「当たり前ですよ、この『駿馬の鞍』は着けた馬の速度を上げることはできても体力を強化することはできませんから……疲労が蓄積すれば速度も落ちますよ。クノロンすまないがもう少しだけがんばってくれ!」
なるほどな、こんな速度で走れているから体力のほうも一応強化しているのだろうが速度を出すための消費とで相殺されているといったところかな……
「ふむ、そういうことならば力を貸せるな」
我輩の肉球を馬……クノロンだったか?に押し付けてある魔法を発動した。
「ブルゥッ!?」
「うわ!チンリュウ殿!?何をしたのですか!?急にクノロンの速度が上がりましたよ!?」
急に上がった速度についてこれずに仰け反ってバランスを崩しかけたレノスが聞いてきた。
「ん?疲労により速度が落ちたのだからそれを回復させてやっただけだ」
「そんな魔法も使えたのですか!?しかも疲労の回復って上級回復魔法の副次効果くらいですよ!」
あれ?これも俗に言うやっちまったって奴なのか?
「これも驚かれるのか、結構簡単な部類の魔法なのだがな……」
「これが簡単って……まあいいです。とにかくこれで予想よりもかなり速く到着することができそうです」
「うむ!我輩は優しいからな、森の入り口であった騎士達とその馬にもこれを使っておいたから、普通よりも早く戻って来られるだろう」
「そんな事をしていたのですか、ありがとうございます!」
「うむ、すごいであろう我輩のこの『肉球の癒し』は!」
「…………」
あれ?なんかやたらと反応が薄くないか?
「どうした?急に静かになって」
「いえ……そうですよね、完璧な人なんていませんよね。人じゃないけど」
「?急にぶつぶつと言い出して、何だというのだ?いったい?」
「……そんなことよりも、そろそろ屋敷のある町に着きますよ」
「お、もうか」
確かに遠くのほうに薄らと町のようなものが見えてきたな。このままの速度ならあと少しで到着か、柄ではないがやはり少し緊張するな……
にしてもさっきからレノスの我輩を見る眼が慈愛に満ちた優しい眼なのが分からん。
なにかおかしかったかね?