良薬は口に……
「レノス~、大丈夫じゃあ……ないな」
「------」
レノスは~まぁ、あれだな。
到着までは耐えたが、着いたらすぐにちかくの茂みに這って行って……リバースしているな。
さすがに急発進、急停止込みで前後左右上下に振り回されたらこうなるに決まっているか……
だが、そんな状態でも天上の療果は落とさずにいたのは見事であるな。
「……はぁ、はぁ、すみませんでした。もう大丈夫で、うぷ、大丈夫です」
「あ~、まぁ、こうなることも予想して2個採ってきたのだがな。
レノスよ、天上の療果を1個食え」
「はい!?いえ、天上の療果は妹のために採ったもので私の乗り物酔い程度に使うのは……」
「それは残った1個だけで十分だ。
元々2個採ってきたのは、お主に食わせるためだからな、食ってもらわねば困る」
「ですが私は特に大きな怪我などはしていませんが?」
「いや、今は強い興奮状態だから感じていないだろうが、ここに来るまでと先程までの疲労で動けなくなってもおかしくない状態だぞ?そんな状態では帰りの途中に倒れるぞ」
「自分では分かりませんが、そうなのですか……ご心配していただいてありがとうございます」
「礼には及ばんよ、お主に倒れられては報酬を得られなくなってしまうからな」
「あ、はい」
「そんな微妙な顔しないで分かったらさっさと食ってしまえ」
「はい……では、いただくとします。甘くていい匂いでおいしそうです」
レノスは宝物をかかげるようにして、笑顔で実にかぶりついた……ニヤリ。
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「うー……ひどいですよ、ああなるって知っていたのに教えてくれないなんて……」
「くははは、こういうことは自分で経験するのが一番なのだよ。
種明かしするなら、あの実は甘い、意識がもっていかれて人生観が変わるくらいに甘ったるい。
しかも、治癒効果は魔力の関係で1つの実につき最初の一口にしかない上に、痛んでくると治癒効果が無くなり、広範囲に魔物を引き寄せる効果のある強烈な腐敗臭を放つようになる」
あの後、レノスは実にかぶりついた直後に笑顔のまま横にぶっ倒れ、数分後に起きるとすぐに近くの水場に走って飛び込む勢いで水を飲んだが、それすらも甘く感じて、声も無く転がりまわりながらしばらく悶えていた。
出会ってから常に育ちの良さを感じさせていた所為もあって逆におもしろかったな。
「ちなみに、妹に食べさせる時は切り分けたり皮を剥いたりせずに、皮ごと直接食べさせる様にな。
皮を破ると実から魔力が抜けて治癒効果が無くなり、ただの死ぬほど甘ったるい果実にしかならないからな」
「はい、わかりました。けど、食べさせたら食べさせたで別の意味で妹が心配なのですが……」
「そこは……諦めろ。そろそろ森の出口だな」
「はい、妹が治ったら家族に紹介したいですし、おいしいご馳走も用意させていただきます」
「ほう、では急ぐとしようか」
「はい!」
これが後に多くの人を救い、数多の英知を授け、おとぎ話にもなった『黒の賢獣』の最初の伝説である。
ここまでで第1章 天上の療果になります。
以降は不定期更新になります。
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