21話「張り込み初日」
「それで、修司は明日からその千代田区の代官って人を調べるんだね?」
「ああ。そうだな。そう頼まれてるし、しばらくはそれメインでいこうと思ってる。なんだかんだで前金ももらっちゃったからな」
そうなんだよ。
アルトレイアの奴、割とその辺しっかりしてたんだよ。
長期の依頼だから前金とか経費とかちゃんとしておかなければな、だって。
まぁ、あいつ自身も冒険者として報酬もらう側でもあるわけだしさ。
それか執事さん(仮)あたりに何か言われてたのかも。
「おっけー。じゃあボクはこの黒いのが本当に魔結晶エーテルかどうか調べておくね。それと、しばらくクシャナちゃん借りとくから、修司は一人でがんばってね」
「は?」
思わず愛理の顔を見る。
冗談じゃない。
全然冗談を言ってる感じじゃないってところが、俺的に冗談じゃない。
「なに言ってんだよ。さては俺とクシャナさんの仲を引き裂くつもりだな?」
「修司こそなに言ってるのさ。単純にクシャナちゃん元に戻すための実験をしたかったんだけど、修司がそう言うならそっちでも構わないよ? どうせ自分じゃ一生クシャナちゃん離れ出来ないだろうから、心を鬼にして厳しくする必要性をボクがクシャナちゃんに教えておいてあげようか?」
「いや! いい! 余計なことはしなくていい! 俺はがんばって働いてくるから、お前もがんばってクシャナさんを元に戻してくれ!」
こいつ、気を付けないと時々悪魔みたいなこと言い出すから怖いんだよ。
「まったくもう。最初から素直にそう言えばいいのに」
「へいへい。悪ぅございました。とにかくクシャナさんのことは頼んだからな?」
「まっかせてよ。ボクを誰だと思ってるのさ。この世に2人と居ない美少女天才錬金術師愛理ちゃんだよ?」
俺だって2人も居ねーよ。
居たらドッペルゲンガーだよ、それ。
もし見つけたらすぐ電話してくれよな。
約束だぞ?
まぁ、そんなわけで色々状況は動き出した。
俺はクラルヴァインの調査。
愛理は黒い塊の検査。
クシャナさんは元に戻るための実験。
まだなにがどうなるか分かんないけど、今はとにかく前進だな。
状況を変えていけば新しい手がかりも見つかるだろうし、いいことだってあると思う。
だから行動あるのみ、が俺の信条なのさ。
間違ってはないだろ?
しかしこの先に待ち受けている困難を、修司はまだ知る由もないのである。
とかだったらやだな。
いやマジで。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なるほど。それじゃあクシャーナさんはお兄さんにとって育ての親みたいなものなんですね」
「そうそう。親って言うか、家族な」
やたら話しかけてくるうららの相手をしつつ、俺は缶コーヒーを飲んだ。
今居るのは千代田区の日比谷公園だ。
昨日愛理と話した通り、今日は千代田区の代官を調べるために現地に来てる。
で、千代田区の代官所があるのが皇居すぐそばの霞が関。
その霞が関のすぐ隣が日比谷公園だ。
まぁ、早い話が休憩中、と言うか今日の調査を終えて、芝生の上で『帰りの会』みたいなミーティング中ってわけ。
「あ、これもどうぞ。久しぶりに焼いたので、ちょっと自信ないですけど……」
「悪い。……。大丈夫。ちゃんと美味しいぞ」
どうやら手作りらしいスコーンはなかなかの出来だ。
さすがにプロ級とはいかないけど、手作り感があっていいと思う。
……。
って言うか、ミーティングだよな、これ。
いつの間にか雑談したりお菓子食べたり、敵陣のすぐ隣で余裕だよね、俺ら。
「チッ。居心地悪りぃぜ。もう俺だけ先に帰らせろっつーの」
メンバーは、俺、うらら、パンク兄ちゃんの三人。
その中で一人だけちょっと離れて座ってるパンク兄ちゃんが毒づいた。
「いや、待てって。まだ話は終わってないじゃん?」
「俺は別にてめーの身の上話なんて聞きたくねーよ。熱心なリスナーが一人居りゃ十分だろうが」
「そうカリカリするなって。このスコーン美味いぞ。お前も食べてみろって」
「そ、そうですよ。二階堂さんも、遠慮せずに食べて、ください……」
うららがちょっとビビりぎみ。
正直パンク兄ちゃんガラ悪いからね。
でもツンデレなだけでけっこういい奴よ?
「んなことより代官だぜ。クラルヴァインどころか、あの写真の野郎もちっとも居ねぇ。ほんとに張り込みなんか通用するのかよ」
「でもぶっちゃけそれ以外に作戦無いしな。なんだったら夜中忍び込んでみるか?」
「い、いえ。初日からいきなりそれは、さすがに……」
俺たちは目下、千代田区代官所の張り込み作戦中だ。
って言っても、うららの言う通りまだ初日だけど。
狙ってるのはアルトレイアが見せてくれた写真の男。
痩せてて殺し屋の目をした代官の右腕さんだ。
でも今日半日くらい3人でがんばったけど、完全な空振り。
なんの手がかりもないまま撤収ってことになった。
「まぁ、向こうだって色々あるだろうし、毎日代官所に来てるとも限らないしな。アルトレイアだって長期戦のつもりみたいだったし、もうちょっとのんびりいこうぜ」
「どーでもいいけどよ。お前、バントライン伯爵にマジでタメ口利き過ぎじゃねーか? あんなのでも一応、現役の代官だぞ?」
バントライン伯爵って言うとイメージ違うよね。
すごい立派な人出てきそう。
「本人があのノリだし、別にいいんじゃない? おっさんだって普通に喋ってたし」
「十蔵のおっさんはおっさんだからいいんだろうが。それに、てめーと違って最低限の気づかいはあったぜ?」
まぁ。なんて言うか、大人同士の面倒な気のつかい合いってのはあるよね。
「そう言えば、十蔵さんはどうしてるんでしょうね? 昨日は様子が変でしたけど」
「あ? なんか用事あるっつってたろうが。そっちをやってるに決まってんじゃねーか」
「は、はい。すみません。ごめんなさい……」
……この二人相性悪くない?
まぁ、うららが一方的に苦手に思ってるだけっぽいけど。
極力、俺が間に立った方がいいのかもな。
それはそうと、おっさんだよ。
おっさんの用事って、まず間違いなくあの写真の男だと思うんだよね。
それもわざわざアルトレイアの依頼を断ってまで、個人的に動かなきゃいけないようなやつ。
たぶん今頃自分で探してるんだろうな。
なんとなくそのうち会えそうな気がする。
そんな感じで色々話したあと、明日も3人でクエストを続ける約束をして別れた。




