20話「魔結晶エーテル」
「なぁ、愛理。魔結晶エーテルって、魔物の体の中で自然に出来たりするのか?」
愛理に指摘されて、クシャナさんが黒い塊をわざわざ愛理に調べさせに来た理由は分かった。
そのうえでこれが魔結晶エーテルだとしたら、なんで魔物に入ってたかが重要だ。
それが自然に出来るもんなら問題無いんだけど、
「個人的見解を言わせてもらえばNOだね。基本的に人工的に作り出さなきゃ存在しえないと思うよ」
「そうなのか?」
「魔結晶エーテルっていうのは、半物質化した魔力なんだよ。魔力は術式によって現象や物体に姿を変えるでしょ。その魔力を属性変化なしに、魔力としての本質を保ったまま物質に近づければもっと便利な魔道具が作れないか、って言うのが魔結晶エーテルの錬金術的価値なんだけど、これって論理的に考え出された理論ってだけで最初に実物ありきの考え方じゃなかったんだ。つまり、こんなものいいな出来たらいいな、ってこと」
「なるほどな。魔結晶エーテルは錬金術師が頭で考え出して作ろうとしたものの一つなんだな?」
「そう言うこと。って言うかしっかりしてよ。魔結晶エーテルって考え方自体は、修司が連れてってくれた色んな異世界で発生してたよ?」
さいですか。
俺はそういう難しい話は苦手なんだよ。
「もっとも、ボクが知る限り実際に作り出せたのはゲオルギウス一人だけだったけどね」
「へー。さすがだな、ゲオルギウス先生。でも色んな世界の錬金術師が挑戦してたんだろ? それで成功したのが一人だけって、そんなに作るの難しいのか?」
「難しいよ。そもそもゲオルギウスがどうやって魔結晶エーテルを作ったのかすら分からないもん」
「そう言えば昔、レトリックの複製は作れないって言ってたもんな」
「素材になる魔結晶エーテルが作れないんだから当然だよ。単純に、魔力を高濃度で高圧縮すれば作れるとかってわけじゃないからね。だからオリジナルのレトリケーを改造した修司のレトリック以外、魔結晶エーテルは存在しないはずだったんだけど――」
「ここに来て、魔物の体内から同質の疑いが強い物体が見つかったのは気になりますね」
ほんと、どうなってるんだろうな。
ゲオルギウス以外は作れなかったのに、それが俺たちの世界に転がってるなんてさ。
「もう一度聞くけどさ、本当に魔物の体の中で自然に出来るって可能性は無いのか? 人工的に作る方法だって分からないんだろ。だったらもしかしたらってこともあるんじゃないか?」
「まぁ、錬金術師の中にはその可能性を信じてる人も居るけどね。例えば、最上位クラスの魔物の体内は事実上の魔素特異点として作用するからクロムウェルの第三法則を越えて魔力の結晶化が――、とかばっかみたい」
あ。愛理の顔が主人の愚行に愛想を尽かした猫みたいになってる。
「バカとか言って、向こうの方が正しかったらどうするんだよ」
「あ、修司はボクの言うこと信じられないんだ?」
「そーいうわけじゃないけどさ、お前だって片っ端から魔物を解剖しまくったわけでもないだろ。実際たしかめてみなきゃわからないだろ」
「たしかにボクはそんなことしてないよ。でもクシャナちゃんが居るでしょ?」
「私、ですか?」
「クシャナちゃんって今、何歳かは正確には分からないけど、少なくとも数百年は生きてるよね」
「ええ。そうですね。それは間違いありません」
「で、修司に会うまではご飯は基本的に他の魔物だったでしょ。しかもクシャナちゃん強いからドラゴンだっていっぱい食べてるし」
「そうですね。ドラゴンは意外と美味しくないので好きではないですが、襲って来たのは仕方なく何頭も食べました」
「そこでクシャナちゃんに質問だけど、今まで食べた魔物に一つでも魔結晶エーテルは入ってたかな?」
愛理の奴、もう今の段階で勝ち誇った笑みが隠しきれてない。
ここまで来れば俺だって愛理の質問の意図も分かるし、クシャナさんがどう答えるかも予想出来る。
「いえ。私が食べた中にはありませんでした」
だろうね。
少なくともあったら愛理に教えてるだろうし。
「ほらね。食物連鎖の頂点なクシャナちゃんが数百年も食べ続けて入ってなかったら可能性は低いよ」
うーん。
まぁ、そういうことになるのかな。
「あと強いて可能性を上げるならクシャナちゃん自身の体の中だね」
「え?」
「だって、体内生成論は母体が最上位クラスに強い魔物ってことを前提にしてるんだよ? だったら断トツで強いクシャナちゃんが一番可能性がありそうじゃない?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど、クシャナさんを解剖なんてさせないからな?」
「分かってるよ、そんなの。それに今までクシャナちゃんをずっと見てきたけど、魔結晶エーテルなんて入ってないと思うよ」
入っててたまるか。
クシャナさんはそんな真珠貝みたいなレアアイテム製造機じゃないんだぜ。
「とくにかく、魔結晶エーテルは体内生成されない。いい?」
「まぁ、いい、か……」
「なーんか完全には納得してない顔だね。でも、どっちにしろこの世界だと、『入ってる魔物』がたくさんいるわけでしょ。その状態が不自然なのはたしかだね」
「ああ。そうだな。それは間違いない」
そして怪しいのは千代田区代官ディートハルト・クラルヴァイン。
俺たちのクエストは、こいつがなにを企んでるのか調べることだった。




