18話「追い詰めるべきは」
それがどんな奴かはともかく、どこかの代官の仕組んだ魔物事件。
アルトレイアは俺たちに向かっていかにも厄介そうな話を打ち明けた。
「他の代官って言うけどさ、それってつまりなんか思い当たる節があるってこと?」
俺はそう言いつつ横を見る。
隣でクシャナさんが黒い塊を触りたそうに思いっきり手を伸ばしてた。
代わりにとって上げると、クシャナさんは無表情で微笑んで塊を弄り始める。
「思い当たると言うか、調査の結果行きついたと言うべきなのだ。人為的な事件の可能性を疑って調べた結果、な」
「人為的ね。まぁ、それを疑うのは当然だよな」
「うん。魔物たちの中にそんなものが入っているのだ。人為的かつ作為的でなければ、むしろ不自然と言うものだ」
「で、なに調べたの? この黒い塊の正体はまだ分かってないんだろ。他に手がかりでもあった?」
俺はテーブルの上にある方の黒い塊を目線で指して言った。
これが手がかりにならないなら、どうやって黒幕に目星をつけたんだろうな。
「それはだな、商品として取引された魔物の輸送記録を調べたのだ」
「魔物の輸送記録?」
「うん。知っての通り、魔物にも商品価値があるからな。素材や研究目的。他にも動物園で飼育したり、色々だ」
動物園?
おいおい。大丈夫かよ、それ。
トラブルで魔物が逃げ出して、とか映画になるよ?
「最近東京で出現している魔物の中には、本来この辺りでは見かけない種類も多かったからな。事件が誰かの仕業だとすれば、どこからか魔物を運んできたはずだと思って調べてみたのだ。そうしたら不自然に魔物を集めている男が浮かび上がってきた。それが千代田区代官、ディートハルト・クラルヴァインだ」
すげーな。
何者だよ、クラルヴァイン。
代官に普通の日本人は居ないのかよ。
「ディートハルトは、ここ最近討伐された黒い塊を持った魔物と同じものを少なくとも数種類取り寄せていた。たとえばヒュドラのような危険な魔物を含めてだ」
「うわ。超怪しい。って言うかスーパー真っ黒。そこまで調べてあるならさっさと警察にでも突き出せばいいじゃん?」
「そうもいかないのだ。相手は現役の代官職。しかも皇居を含める東京の中心地、千代田区を任せられている男だ。私より権限も上だし、確実な証拠も無しに告発出来る相手ではない」
あ、そっか。
アルトレイアが掴んだのは、千代田区の代官が魔物を取り寄せてたってことだけだもんな。
さすがにそれだけじゃ証拠にはならないし、それ以上の証拠はまだ見つけてないってことか。
「と言うことは、アルトレイア殿は俺たちにそのクラルヴァインの尻尾を捕まえろと、そう言いたいんだな?」
おっさんは目を閉じて腕組みするとそう言った。
そりゃ考えるよな。
これは中途半端に首を突っ込める話じゃない。
アルトレイアは最初に最悪自分が打ち首になるだけって言ってた。
でも中途半端なところで告発に失敗したら、俺たちだってただじゃ済まないぞ。
許されるのは、クラルヴァインを完全に失脚させるまで追い詰めることだけ。
でなきゃ最初から関わらないことだ。
ぶっちゃけリスク高いよ、これは。
「もちろんそれ相応の報酬は用意するつもりだ。このまま放っておけば、また誰かが襲われることになる。これも市民の安全のため。もちろん協力してくれるだろう?」
もちろん、ってなんだよ。
アルトレイアは俺たちが正義の味方だとでも思ってるんじゃないのか?
いや、実際思ってるのかもな。
一応恰好としてはヒュドラを倒した善意の冒険者だしな、俺ら。
「協力と言っても、正直どこまで力になれるか分からんな。戦うだけならいざ知らず、犯罪の証拠探しと言うのは一筋縄でいくものでもない。何かとっかかりになりそうな情報でもないのか?」
前向きだね、おっさんは。
報酬の内容よりクエストの成功率を見極めようとしてるよね、これ。
手がかり次第じゃ受けるつもりなんだろうな。
「まったく無いわけでもないのだが、十分とは言えないな。だがこの男を見つけられればディートハルト本人への足掛かりになると思う」
そう言ってアルトレイアが取り出したのは一枚の写真だった。
写ってるのは一人の男。
細身で病的。
目つきだってかなりキてる人のだ。
刀持ってるし、何人か斬ってるよ、これは。
正直お近づきにはなりたくないタイプだな。
「こいつは……、こいつに関してはどこまで分かってるんだ?」
あれ?
おっさんの目がスゲー怖い。
それこそ写真の男とタメ張るくらいにヤバ気なんだけど……。
「すまない。実はその男に関しても何も分からないのだ。強いて言うなら、ディートハルトの右腕として動いているらしいことくらいだ」
「んだよ。全然手がかりにならねぇじゃねぇか。こんな調子じゃ本命に辿り着くのに何年かかるか分かったもんじゃねぇぜ?」
「で、でも顔は分かってますし千代田区の代官所を見張ってれば見つけることは出来るんじゃないでしょうか?」
「その通りだ。それにこの依頼を受けたからといって、専従しなくても構わない。他のクエストをこなしながら、交代で担当してくれればいい。そのためにみんなを呼んだのだからな」
うーん。
みんなおっさんのこと気にならないのか?
どう考えても普通じゃ無いと思うんだけど。
おっさんをチラッと見たクシャナさん以外、みんな無反応だ。
「それでどうだろう。君たちはこのクエストを受けてくれるか?」
ともかく、いよいよ決断の時って感じか。
アルトレイアは俺たちが断るとは思ってないんだろうけど、実際みんなどうだろうな?
「チッ。どうせこいつらはお人よしだからな。仕方ねぇから付き合ってやるぜ」
お。意外。
パンク兄ちゃんはツンデレだからとりあえず断ると思った。
「そうか。頼もしいな。うららはどうだ? 手伝ってくれるか?」
「え? えっと、私はその……、お兄さん! お兄さんはどうするんですか!?」
「俺? 俺は別に受けてもいいんだけど……」
俺はクシャナさんを見る。
正直こんな話は断れって言われると思う。
だってデメリット大きすぎるしさ。
「このクエスト、受けましょう。アルトレイア。私たち二人とも参加です」
「ほんとにいいの、クシャナさん?」
「ええ。むしろ私たちは受けないわけにはいかないでしょう」
ん?
どういう意味だ、それ?
「それだったら、私も参加、します」
「うん。ありがとう。みんなの力を合わせればディートハルトの悪事など恐れるに足らないな。そうだろう、十蔵殿?」
そうしてアルトレイアは最後におっさんに話を振って、
「かもしれんが、俺は降ろさせてもらう。悪いが力にはなれん」
ほらな。
だから言ったろ。
おっさんはきっぱりとアルトレイアの依頼を断った。




