8話「いきなり駅員に呪いをかけられたかもしれない件」
中目黒駅には魔物が住んでいる。
そんな噂を聞いたことがあるか?
俺はない。ただ言ってみたかっただけだ。
中目黒駅は外見が大仰だった割に中に入ってみると案外普通だった。強いて言うなら俺の知ってる駅よりレトロチックな感じはする。外が神社っぽいだけあって切符売り場の窓口なんかはお札とか聖水でも売ってそうな雰囲気だ。
あとは自動改札の機械の幅がかなり広い。これはあれだな。色んな種族がいるから人間用のサイズじゃつっかえるからだろ。
でもまぁ、他には違和感もないし、取り立てて興味を惹かれるようなものもなかった。移動手段も普通に電車っぽいし拍子抜けだ。
それでもクシャナさんはもの珍しそうな無表情をしてるけど、ここ自体にはあんまり見るものはない感じ。別に時間に追われてるわけじゃないけど、さっさと聞き込みでもした方がよさげだ。
そう思って辺りを見回すとちょうどいいところに一人の駅員を見つけた。二十代の活発そうな男で構内の掲示板の張り紙を入れ替えてる。見たとこ雑用を押し付けられた下っ端って感じか。話を聞くにはいい相手だと思う。
クシャナさんに視線でターゲットを指定すると右目のウィンクが返ってきた。YESとか了解とか肯定的な意味の返事だ。昔にスパイ映画のノリで決めたんだけど案外役に立ってる。合図さえすればいつでもクシャナさんにウィンクしてもらえるっていう意味でな。
そういうわけでクシャナさんのGOサインを得た俺はその駅員の背後に立った。
「すいません、ちょっといいですか?」
もしかしたら意外に思うかもしれないけど、これでも俺は敬語が使える。色んな世界の怒らすと面倒な人にたくさん会ってきたからな。王様とか神様とかドラゴンとか魔王とかだ。上手いもんだぜ?
「この辺って初めて来るんですけど、行ってみた方がいいとこってありますか?」
俺の問いかけにその若い駅員は両手でポスターを広げたままゆっくりとこっちに振り向いた。いきなりだったせいかずいぶんマヌケ面だ。その顔のまま俺とクシャナさんを交互に見て、それで何かを悟ったのか今度は急に破顔した。
「この町が初めてだって? その恰好からすると他所からきた冒険者だろ? ちょうどよかったな。俺はリョウスケ。この地区の冒険者ギルドにも顔が利くんだ。何でも聞いてくれ」
駅員はそう言いつつポスターを半分に曲げて片手で持ち直した。
あれ。日本の駅員ってこんなフランクだっけ? 俺の記憶だとバカみたいに丁寧な対応するイメージなんだけど……。少なくとも初対面でファーストネームを名乗るような民族じゃなかったろ。
つーかクシャナさんのことちらっちら見てんな。狙いはそっちか。OK。クシャナさんとお近づきになりたきゃ俺の屍を越えていけ。なんつって。
いや、そんなことより普通に冒険者が居るのな。っても武器持ち歩いてる連中がその辺をウロウロしてる時点で驚くことじゃないか。それにこの世界に戻ってくるのに服をどうするか悩んだんだけど、冒険者風で周りに溶け込めてるなら都合がいい。現代日本のファッションに合わせられそうな服なんてなかったからな。若干民族衣装っぽいアクティブなコーディネートで押し通そうと思ってたから手間が省ける。
そういうことで今から俺は、上京してきたばかりの田舎冒険者を装うことにした。
「よかったー。こんな都会初めてなんで迷ってたんですよ。この辺のギルドってどこにあるんですか?」
「東京に出てきたばっかじゃ迷うのも仕方ないな。ここは中目黒だけど、この辺りの地区一帯が代官山ギルドの管轄なんだ。駅で言うともう一つ向こうだな。電車に乗りなおしてもいいけど、歩いても行けるぞ。いや、むしろそうしろ。何せ代官山エリアのショップには田舎じゃ手に入れられないようなレアな掘り出し物が眠ってるからな。そういうのを見つける目も今のうちからショップ巡りで鍛えとかないとな」
ずいぶん喋るな、この駅員。何かもうこいつ自身がギルド員みたいなアドバイスまでくれちゃってるし。悪いやつじゃないんだろうけど、性格か?
ま、情報収集するには都合がいいけど。
「へー、やっぱり代官山って色んなショップがあるんですねー」
「ああ、そうだ。代官山はいいぞー。装備品に関しちゃ一流のブランドから新進気鋭のデザイナーものまで何でもござれだ。ショップの数も半端じゃないから売ってよし買ってよしのアイテムの町さ」
なるほどね。そりゃいいこと聞いたわ。
今んとこ一文無しの俺たちにとってアイテムの買い取りってのは手っ取り早い金策だ。新しい世界に転移した時はだいたいそうやってとりあえずの金を手に入れてる。今もちょっとしたアイテムなら手元にあるし、代官山で金に換えられるならそれだけでも行ってみる価値がある。とりあえず次の行先はそこだな。
そうと決まれば長居は無用だ。
アイテム換金によさそうな店の名前を教えてもらって俺は駅員に別れを告げた。
悪いけどクシャナさんに近づく隙は与えないぜ。俺はこの人専用の虫コ○ーズだ。
と、去り際の俺たちに駅員から待ったがかかる。
「それから最後に大事な忠告だ」
お?
全然脈なしなのは分かってるはずだろうに、まだアドバイスをくれるとかやっぱりいいやつだったか。何か悪いことした気分だな。
「代官山ってのは名前の通り山の上に代官の屋敷がある。街にも配下の兵がウロウロしてるから下手なことはするんじゃないぞ」
え? 居るの? お代官さまが? またまた御冗談を。
ていうか、去り際にその手の忠告は完全にフラグだからやめろっての。
最後の最後で不吉な土産を持たされつつ、俺とクシャナさんは代官山に向かうべく歩き出した。