17話「魔物事件」
アルトレイアが取り出した黒い塊。
それは人間のこぶし大の黒曜石みたいなものだった。
しかもやたらと複雑な鉱石結晶みたいな形してるから怪しさMAX。
必然的に俺たちの視線はその一点に集中だ。
そのうえでアルトレイアは言葉を続けた。
「最近この東京付近で、強い魔物が急増しているのは知っているか?」
「え。何の話だよ、いきなり?」
あれ?
てっきり取り出した塊の説明かと思ったのに。
アルトレイアが始めた話は俺の予想とは全然違ったものだった。
「いいからよく考えてみてくれ。君だって直近だけで少なくとも2匹、ヒュドラと大猪を倒しているだろう?」
「まぁ、それはそうだけどさ……」
あの二匹はたしかに雑魚って言うには強い魔物だった。
でも最近強い魔物が増えたって言われても俺にはピンと来ない。
この世界だと、どんな魔物がどのくらいの頻度で出るのか知らないからさ。
文明レベルが低い異世界だと強い魔物だらけだったりするし、それを思えば2匹くらい別に、って感じ。
「そう言えば、ニュースでもよく『何々が出現して誰々が討伐した』って出ますよね。だからやっぱり増えてるのは間違いないんだと思います」
俺の反応が悪かったからか、代わりにうららが話に合わせて相槌を打ってくれた。
そうか。
やっぱり増えてるのか。
「そうなのだ。最近は魔物注意報も頻繁に発令されている。それも都心部に急に現れることも珍しくない。このままではいずれ惨事になるだろう」
「まさかまた害獣駆除とか言うんじゃないだろうな?」
そりゃ何が出て来てもたいていの相手なら倒せるとは思う。
でも魔物注意報が出てから現場に急行って言われても困るぞ。
こっちだっていっつもヒマしてるわけじゃないんだからさ。
「いや、おそらくそれではダメなのだ。出現した魔物を対処的に討伐していてもキリが無い。原因を見つけ出してなんとかしないかぎり、魔物は現れ続けるだろう」
原因ねぇ。
つまりアルトレイアは、俺たちにそれを見つけ出してどうにかさせようと思ってるわけか。
「代官殿。一つ聞かせていただけるか?」
ここまで話を聞いて、ずっと黙ってたおっさんが声をあげた。
「そう畏まらずとも気軽になんでも聞いてくれればよい。こちらもその方が話し易いし、私と修司のように『アルアル』『シュウシュウ』と呼び合うよな仲になろうではないか」
「呼んでねーよ。俺たちはいつパンダの兄弟みたいな間柄になったんだよ」
「パンダと言えば、最近、上野動物園でジャイアントキリングパンダが公開されて人気なのだが知っているか?」
「すげーな。それは人気だわ。やっぱり弱者が頑張って強者を倒すのっていいよね。まぁ、動物界は基本熊tueeeだから、パンダは強くて当たり前かもだけどさ」
「てめーら、なんの話始めてんだ。おっさんが放置されてんぜ?」
パンク兄ちゃん、たしか二階堂慧介って言ってたっけ、まぁ、パンク兄ちゃんはパンク兄ちゃんだな。
そのパンク兄ちゃんが言う通り、おっさんがやれやれって顔になってた。
おっさんは一度咳払いをして注目を集めてから喋り出した。
「話しを戻させてもらおう。アルトレイア殿は、原因を取り除かなければ魔物が現れ続けると言ったな。それはつまり最近の魔物の増加はそれぞれが個別の事例ではなく、関連した一つの事件だと考えているのか?」
「そうだ。詳しいことは分からないが、無関係でないことはたしかだと思う」
アルトレイアは頷いてはっきりと肯定した。
「根拠は? 理由も無しにそう考えているわけでもないんだろう?」
「うん。そこでこれなのだ」
ズイっとテーブルの中央まで押し出されたのは、アルトレイアが最初に見せた黒い塊だった。
「これは先日のクエストで大猪の魔物から出て来たものだが、最近出現している強力な魔物から、ほとんどの場合似たようなものが見つかっている」
そう言ってアルトレイアはもう一つ黒い塊をテーブルの上に置いて見せる。
たしかにそれも最初の塊によく似たものだった。
強いて違いを上げるとちょっと大きいってくらいだ。
「それは?」
「これはつい先日代官山に出現した魔物の死体から見つけたものだ。君たちが倒してくれた魔物からな」
「え? それってつまり、あのヒュドラからってことですか?」
「うん。なにせあんな街中にいきなり出現した魔物だからな、代官所の方でも一応色々と調べてみたのだ。そうしたら体の中からこれが出て来た」
「うーん。それが入ってる魔物にはお互い関係がありそうってのは分かるけど、それっていったいなんなんだ?」
少なくとも普通の魔物にはあんなの入ってない。
ゲームじゃないんだから共通の魔石みたいなのはドロップしないってことだ。
そうなると、色んな魔物から出て来てるあの黒い塊はなんだってことになるんだけど、
「それが分からないから調べてほしいのだ」
やっぱそういうことか。
アルトレイアの頼みたいクエストってのはこれのことだな。
「ウチの代官所としても、管轄区内のヒュドラ事件で何人も負傷者が出ている以上無視は出来ないのだ。最低でも原因を突き止めて再発防止策を取らなければ立場が無い。だからぜひとも力を貸して欲しい」
なんだ、けっこうまともな依頼じゃん。
なんか警戒してたのがバカみたいだな。
調査ってのは俺向きじゃないけど、愛理や獅子雄中佐に手伝って貰えばなんとかなるかもしれない。
他でもないアルトレイアの頼みだし、この依頼、報酬次第じゃ受けてもいいかもだ。
「話は分かったが、なぜわざわざ冒険者に依頼する? 代官所なら人員もコネクションも十分あるだろうに、外部委託と言うのはどうにも解せんな」
なんだよ。意外とおっさんは疑り深いな。
役所が冒険者を雇うなんてべつに珍しくないと思うんだけど。
俺がそう思ってると、
「うん。実はだな、もしかしたら事件の黒幕は別の地区の代官かもしれないのだ」
アルトレイアはそれまで通りのハキハキとした声でそう言った。
別の地区の代官って、アルトレイアみたいな上級の役人ってことか?
おいおい、それって下手したら大問題だぞ。
ちくしょう。
やっぱりろくでもない依頼だったか。




