16話「アルトレイアの頼み」
渋谷区代官。
そしてバントライン伯爵。
そう名乗ったアルトレイアは、チョコレートを一つ口に放り込んだ。
「おどろくのは無理もない。なぜなら驚かそうと思って黙っていたのだからな。もぐもぐ」
アルトレイアは今度はクッキーを食べながらそう言った。
「それってつまり、このあいだのゴブリン狩りのことか? あの時お前は、俺がこの3人とヒュドラを倒した奴だって知ってたって、そう言いたいのか?」
「うん。だいたいは合っているぞ。もぐもぐ。もっとも、もぐ、そもそも私があのクエストに参加したのは、君が居るからだと知っていたからだがな。もぐもぐもぐ」
「最初から知ってた?」
「もぐ。うららから聞いたもぐ。原宿ギルドでもぐもぐ手伝ってもらったのだろう? そのあと私のところに電話がもぐったから、どうせならもぐもぐ会ってもぐろうと思ったもぐ」
そう言われて、俺はうららを見た。
そりゃ代官には連絡してくれるって言ってたけど、それがなんでああいうことになったんだ?
「す、すみません。私もまさか、こっそりクエストに参加しちゃうとは思ってなかったので……」
そりゃ思わないだろう。
他に代官を知らないけど、明らかにまともじゃないぞ、こんなの。
「うららをもぐらないでもぐ。元はともぐれば、私がもぐもぐもぐってもぐもぐ」
「って言うかいい加減食べるのやめろよ! 客に出したもん全部食べちゃダメだろ!」
俺はまた一つお菓子を取ろうとしたアルトレイアの手を叩いた。
そもそも何言ってるのか分からないし。
ほんとなんなんだよ、こいつ。
こんなんで勤まるって、代官って結構楽な仕事か?
「む。すまないな。誰か来た時でもなければ、私はお菓子を食べさせてもらえないのだ」
「いや、理由にはならないだろ。そもそも食い意地が張ってるから制限されてるんじゃないのか?」
「そんなことないぞ。見ろ、この体を。太ってないうちはまだ大丈夫だ」
何が大丈夫なんだよ。
まぁ、たしかに太ってはないけどさ。
エルフにしては骨太な印象も、ただの人族と比べれば健康的って範疇だし。
もしかしたら、冒険者として野太刀なんか振り回してるからそれで鍛えられてるのかも。
「そう言えばなんで冒険者やってるんだ? Aランクってことはずっと前からやってるんだろ?」
「実はな、私は正義の暴れん坊代官を目指しているのだ」
「なにそれ?」
「代官たる者、代官所でハンコを押したり命令したりするだけじゃなく、現場まで行って自分で体を張って市井の役に立たなければな」
あ、なんか思ったよりまとも。
てっきり趣味でヒーローやってる系かと思った。
「でも目指してるってことは、まだ成れてないってこと?」
「うん。今はまだ、ただの暴れん坊代官だ」
「いや、先に正義の方がから始めろよ。とりあえず暴れちゃおうって発想は正義からは程遠いだろ」
「そうでもないぞ。正義と言うのは、つまり助けた人からそう言ってもらえたという『評価』だ。自分であらかじめお題目を用意して、それにそぐわない誰かを傷つけるのはただのエゴでしかない」
「うわ、なんかもっともらしい答えが返って来た。ちょっと納得しちゃってる自分に腹が立つ」
「はっはっは。納得してくれたのならやっぱり君は私が見込んだ男のようだな。そういうわけで、さっそくこの契約書にサインして欲しい」
「OK。分かった、ってなるかコラ。なに流れに乗じて罠に嵌めようとしてんだよ!」
ったく、油断も隙も無いな。
て言うか、契約書っていったいなんのつもりだ?
「罠とは人聞きが悪いな。ただちょっと個人的に頼みたいクエストがあっただけだ」
「それが罠だっての。まず説明してくれなきゃ受けるかどうか決めれないぞ」
「話すにも守秘義務を誓約してもらってからでなければダメだったのだ。外に漏れるとちょっとまずいからな」
「おいおい。余計怪しくなってきたじゃねーか」
ただでさえギルドを通さない非公認クエストなのに守秘義務の制約?
やっぱり役人と関わるとろくでもないかも。
「心配するな。最悪私が打ち首になると言うだけの話だ」
「ろくでもないな! もうサインしてやるから言ってみろよ」
俺は仕方ないからアルトレイアの契約書にサインした。
契約書って言うか、ほんとにただの秘密にしといてね、ってだけの内容だった。
「えっと、それは私たちも書いた方がいいんでしょうか……」
おずおずと質問するうらら。
なんだよ、俺以外の3人も知らない話なのか?
「もちろんだ。みんなを呼んだのはこのクエストに参加してもらうためだからな」
ここに居る全員ってことは、俺たちでまたパーティーでも組ませるのかも。
メンツが選ばれた理由はすごく単純そうだな。
とにかく、クシャナさんを含めた全員がサインをした。
「すまないな。私は必要ないと言ったのだが、爺やがうるさいのだ」
さっきの執事さん(仮)のことか?
あの人しっかりしてそうだったからな。
そりゃアルトレイアはこんなことに頭が回るようには思えないし。
言ってみればブレーンってやつだろう。
「これでいいんだろ? で、話ってなんだよ?」
俺は、契約書を受け取ったアルトレイアを急かす。
「うん。クエストと言うのは、これについてのことなのだ」
そう言ってアルトレイアが取り出したのは黒い塊。
それは、このあいだ大猪の死体から取り出したものだった。




