8話「初めてのクエスト受注(後)」
「手続きはこれで全部なので、あとは明日のクエスト開始時間に指定された場所に行けば大丈夫です」
俺はうららに手伝ってもらって、問題無く初めてのクエストを受注した。
今回受注したのは東京近辺の害獣駆除的な魔物討伐クエストだ。
発注者は地元自治体。
ターゲットはゴブリンとかの雑魚モンスターを手あたり次第。
参加するのは俺たちを含めて30人の募集枠。
言ってみれば公共事業的な、出所のはっきりとした健康商売。
ただし、はっきりいって報酬は安い。
Fランク向けの仕事だし、募集枠多いし、一人当たりの取り分が少なくなって当然だ。
けど文句ばっかりも言ってられない。
今は俺がクシャナさんを養ってあげなきゃいけないんだし、とにかくがんばらないと。
「悪いな。手伝ってもらっちゃって。そっちもクエスト探しに来たんだろ?」
「いえ。私は急いでないですから大丈夫です。お兄さんはこれからどうするんですか?」
「ん? このあとも色々用事する予定だな。まだ東京に住み始めたばっかりだから、色々やらないといけないし」
たとえばホテルの代わりに住むとこ探したり、今のちっちゃい状態のクシャナさんの服買いに行ったり、やることは結構ある。
「そうですか……。で、でもお兄さんはこれから東京で冒険者として活動するんですよね? だったらまた、会えます、よね?」
「たぶんな。しばらく冒険者ランクを上げるのにクエストの数こなすと思うし、またどこかで会うこともあるんじゃないか?」
「どうでしょう……。東京って言っても広いですし、ギルドもいくつもあるから偶然でまた会えるともかぎりませんし……」
「なんだよ。また会えるよね、って聞いたのはそっちじゃん。そんな弱気じゃ会えるもんも会えなくなるっての。こう言うのは『また会ったらよろしくな。ガッ!』とか言って拳をぶつけあうくらいが正しい冒険者のノリなんだって」
「そう言う意味で言ったんじゃなかったんですけど……。そうだ。お兄さん、渋谷区の代官さんに会ってくれませんか?」
「え? 代官? なんだよ、急に?」
渋谷区の代官ってあれだよな。
中目黒駅の駅員のリョウスケが言ってた、代官山に住んでるって代官。
なんでそんなのと会う会わないって話になるんだ?
「実はヒュドラと戦ったあと、私たち渋谷区の代官さんから招待されたんですよ。町の人たちのために頑張ったからって、賞状とか褒賞金とかもらったんです」
「ああ、ちゃんともらえたのな。よかったじゃん」
警察じゃなくて代官ってのがアレだけど、がんばりがちゃんと評価されたならどっちでもいいよな。
「それでですね、代官さんがお兄さんにも会ってみたいって言ってたんです」
「俺に?」
「はい。何と言ってもお兄さんはヒュドラを倒した張本人じゃないですか。代官さんだって直接お礼言いたいに決まってるじゃないですか」
「お礼、か」
流れ的には分からなくもないんだよね、こういうの。
ただね、ほら、代官に呼ばれるってなんかフラグ立ってそうじゃない?
なんかすっごいイヤな予感するんだよね。
「その代官ってのはどんな人なんだ?」
一応確認。
俺の中じゃ代官=悪代官だからな。
いや、別に実際にはピンポイントで代官って役職の人になんかされたわけじゃない。
けど役人ってのは色々と厄介なことしか言わないからな。
ちょっと警戒モードなわけよ。
「すごく真っすぐでいい人ですよ!」
うわ。
すげーいい顔で言われた。
逆に不安が増すわ。
「きっとお兄さんのことも気に入ってくれると思いますし、何かと力になってくれると思います」
「力に?」
「はい。困ったことがあったら何でも相談に乗ってくれるそうです。お兄さん、何か悩みとか無いですか?」
「悩み、ねぇ……」
俺は思わずクシャナさんをちらっと見た。
今一番困ってるのはクシャナさんを元に戻す方法だ。
もちろん愛理も色々考えてくれてるけど、今のところ何も言って来ない。
解術の厄介そうな封印っぽいし、協力してくれる人を多い方がいいんだけど……。
「とにかく一度会ってもらえませんか? きっと悪いようにはなりませんから」
なんか妙な押しの強さを感じる気がする。
それだけお勧めってことなんだろうけど、変な感じ。
でもまぁ、気にしても仕方ないか。
会ってみて怪しかったら即行で帰ればいいんだし。
「分かった。俺はどうすればいいんだ?」
「私が紹介しますから、今日は電話番号だけ教えてもらってもいいですか?」
「なんか悪いな。こんなことまでさせちゃって」
「ぜ、ぜんぜん大丈夫ですよ? 私がしたくてやってるだけ、ですから……」
の割には目が泳いでるのはなんだ?
「とにかく、代官さんと相談してからまた連絡しますね」
まぁ、いいや。
俺は自分のケータイ番号を教えてからうららと別れた。
代官のことは任せておいて、とりあえず明日のクエストの準備をしないとな。
そのあとはクシャナさんと白夜と一緒に用事を済ませて一日を終えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さよーならー……」
去って行く修司たちを見送り、うららは振っていた右手をゆっくりと止めた。
そして左手に持ったままになったスマホの画面に視線を落とす。
「お、教えてもらっちゃった……」
震える指先でゆっくりと操作し、電話帳を開く。
何度かスクロールさせると、ま行で始まる登録者の中にその名前はたしかにあった。
『諸神修司』
ついさっき追加されたばかりの新しい連絡先。
うららにとっては、家族や冒険者関係以外では初めてと言っていい異性のケータイ番号だった。
「教えてもらっちゃった、教えてもらっちゃった。しかもとっさのこととは言え、代官さんまで利用して……。自分でもびっくりしました。うららは悪い子でした。そしてやれば出来る子でした」
うららはスマホを両手持ちして自分の成果に顔をとろけさせた。
元々異性と話すのは得意ではない。
そんな自分が進んで電話番号を聞き出したことには驚きを隠せない。
だが、それはそれ、これはこれでだった。
うららは修司の番号をお気に入りに登録すると、ちゃっかりと着メロまで設定する。
選んだのは、最近ハマっている恋愛ドラマの主題歌にもなっている流行歌。
もちろん他の誰の番号にも着メロ設定していない曲だ。
「わ、私ってば大胆です。これは他の人にばれたら死んじゃうかも。でも早く鳴らして欲しいって思うのは、しかたないですよね!」
自分で設定しておいて一人盛り上がるうらら。
ただ問題なのは、果たして相手が電話をかけてくるかだった。
少なくとも、こちらから連絡すると言ってあるのだから、些細なことではかけてこないだろう。
「そ、そうです。代官さんに電話しなきゃ……」
うららは画面をスクロールしなおして目当ての登録者見つけると、すぐさまコールした。
呼び出しが何度か鳴ったあとで通話状態になる。
「お忙しいところすみません、うららです。今ちょっと大丈夫ですか?」
相手の快答を得て、うららはことの顛末を伝えた。
つまりヒュドラを倒した冒険者(実際には当時ただの一般人)を見つけ、面会の許諾を取り付けたことだ。
それを話すと電話越しの代官は声を弾ませて喜んだ。
「え? 今ですか? いえ、もう帰りました。さっきまではクエストを受注するのを手伝ってたんですけど、はい? 受けたクエストですか? 市が募集してた多人数募集の討伐クエストですけど、どうして聞くんですか? え? え? ええ?」
代官の言葉にうららは驚きと落胆を隠せなかった。
予定では面会の日取りを指定してもらって、それを伝えるために自分で修司に電話するつもりだった。
しかしその思惑は、代官の言葉であっさりと無に還った。
まったく予想していなかった返事を返され、うららの当ては完全に外れたのだ。
「いえ、大丈夫です。はい。はい。分かりました。失礼します」
通話を終えて、うららはスマホの画面をタッチ。
再度修司の番号を表示させてため息をついた。
「はぁ……。せっかく教えてもらったのに……」
うららはひとりごちてスマホをしまう。
少なくとも、今ので自分が修司に電話をする名目は失った。
そして用も無いのに異性に電話をかけられるメンタルはうららには無かった。
落胆して立ち尽くしていると、不意に後ろから声がした。
「おねーちゃん。そこ使わないの?」
見ると空きのクエストボックスを探していた冒険者がうららを見ていた。
どうやら動かないうららにしびれを切らしたらしい。
「す、すみません。すぐに終わらせます!」
言ってうららは大慌てでクエストの受注に取り掛かる。
どうやら世間は落ち込んでいる時間さえ与えてくれないらしかった。




