7話「初めてのクエスト受注(前)」
「えっと、まずこのクエストを受けるための機械なんですけど、一般にはクエストボックスって言われてます。依頼者の方がギルドを通して発注したクエストを、私たち冒険者が受注するための機械、です」
説明を始めたうららの言葉はちょっとたどたどしい感じだった。
それでも一生懸命教えてくれてるから、こっちだってちゃんと聞こうって気になる。
でも説明ってちゃんと聞いてると、つい質問したくなっちゃうのは俺だけか?
「ボックスって言うか、どっちかって言うと板っぽいけどな。厚みだって5センチくらいしかないし、ちゃんと機械入ってるのか?」
近くでみるクエストボックスは、幅が50センチくらいの、白くて薄平べったい情報端末だ。
高さ的には俺の胸の下くらいまでの高さで、途中で折れ曲がって45度くらい上を仰いでる。
その部分は画面になってるけど、今は『画面にタッチしてください』って書いてあるだけだ。
「昔はもっと箱っぽかったらしいですよ。でもフロアのスペースを広く使うために、こういう省スペース型にしたらしいです。本体もちゃんと床の下にあるって聞きました」
なるほどな。
床から生えてるのはただの操作端末か。
言われてみれば、根元の部分の周りは床のコンクリートと違って鉄で出来てる。
邪魔な本体を床に埋め込んだだけで、この板だけで機械として成り立ってるわけじゃないんだな。
「それで、クエストを受けるにはどうすればいいんだ?」
「はい。じゃあお兄さんのギルドカードをここの読み取り部分にピッてしてみてください」
画面にはタッチしろって書いてるけど別に触らなくていいのね。
俺はギルドカードを取り出してうららに言われた通りにする。
端末の画面の横に、電子マネーの読み取り部分みたいなとこがある。
そこにギルドカードを押し付けると電子音が鳴って画面が切り替わった。
『暗証番号を入力してください』
その文字の下にテンキーが一緒に表示されてる。
タッチパネルみたいだし、ここを使って入力しろってことだな。
「えっと、冒険者登録した時に用紙に4桁の番号を自分で書きませんでしたか?」
「ああ。あれね」
そういえばなんかあったわ。
けっこう適当に決めたけど、割と重要だったのか。
ともかく俺がその番号を入力すると、また画面が切り替わった。
今度表示されたのは3つの項目。
『クエストを探す』
『受注しているクエストを見る』
『メニュー』
うん。
分かりやすい感じの三種類だ。
「見たままですけど、『クエストを探す』って言うのが今募集があるクエストを検索できるところです。『受注したクエストを見る』って言うのも書いてある通りですけど、一度受注したクエストを破棄するのもここでできます。『メニュー』はギルドに登録した情報を変更したり、クエストボックスと同期するスマホを登録したり、報酬の受け取りを銀行口座にしたりするのに使います」
なるほど。
基本的に出来ることは異世界の冒険者ギルドと同じだ。
でもやっぱりこの世界は文明が進んでるだけあって、色々便利っぽい。
報酬の受け取りも金額が大きいと物騒だし、銀行行かないとダメだな。
「とりあえずどんなクエストが受けれるか見てみましょうか」
うららが『クエストを探す』をタッチすると、画面が進んで新しい項目が出て来た。
『採取系クエスト』
『討伐系クエスト』
『その他のクエスト』
採取と討伐は定番の分類だな。
でもその他ってのは気になるな。
「このその他ってのはどういうのがあるんだ?」
「ほんとに色々ですけど、今だとどんなのがあるでしょうね」
うららはまた画面をタッチして『その他のクエスト』を表示させた。
【護衛クエスト】
クエストランク:F
発注者:竜王組の銀次
『近々ウチのシマを組ちょ……、社長が視察に来ることになった。それを狙って他の組から刺客が送り込まれてくるかもしれねぇ。いざと言う時に社長を命がけで守ってもらいてぇ』
成功報酬:金100000円。プラス俺の盃。
【配達クエスト】
クエストランク:F
発注者:愛のしもべ。
『聞いて欲しい。先日町を歩いていると、まるで一輪の花のような素敵な女性に出会ったんだ。彼女の笑顔を見た瞬間、僕の心の中に春の風が吹き抜けた。そう有体に言って恋に落ちたんだ。でもとってもシャイな僕は声をかけることが出来ずに、遠くから、一定の距離を保ったまま見ていることしか出来なかった。彼女のことがもっと知りたい。その一心で今日までの数日間ずっと彼女を見てたけど、もう我慢の限界だ。彼女に僕のことも知ってほしい。でも自分で言う勇気は無いんだ。だから手伝ってもらいたい。そう。運んでほしいのは『僕の気持ち』さ』
成功報酬:5000円
【交渉クエスト】
クエストランク:F
発注者:たかしの母
「おねがい、誰か助けてちょうだい。ウチのたかしが部屋から出てこなくなったの。このままだとひきこもりよ。なんとかして外に出るように説得して!」
成功報酬:10000円。
「おいおい。なんかろくなクエストが無いんじゃないか、これ」
「うーん。護衛クエストなんてどうでしょう? お兄さんの実力なら問題無いと思いますし、報酬も高いですよ?」
「いやいや、絶対関わっちゃダメなやつだから、それ」
たしかに10万円は大きいけど、盃まで貰っちゃったら業界人になっちゃうだろ。
初クエストで転職とかイヤよ、俺。
「この中だとたかしのクエストが一番まともじゃないか? 安いけど部屋から出てこさせるだけだし」
「あ、でも有名な高難易度クエストですよ、たかしクエスト。もうずっと昔から募集されてますけど、誰もクリア出来た人が居ないんです。なんでもこの原宿ギルドが出来た時からあるんじゃないかって噂です」
「マジかよ。たかし出てこなさ過ぎ!」
ギルド設立当時っていつか知らないけど、今日昨日の話じゃないだろ。
それで出てこないんだったら、たかしは今、何歳なんだよ。
「あれだな。そこまで強敵ならせめてもうちょっと報酬上げてくれって感じだな。そりゃ失敗したところで死にはしないだろうけど……」
「そうですね。ただ、クエストを失敗すると冒険者ランクに影響するので無理そうならやめておいた方がいいかもです」
「冒険者ランクってのはどうなってるんだ?」
「冒険者ランクはSからFまであって、これは冒険者の信用度みたいなものですね。クエストの成功率でランクが上がっていって、同じランクのクエストが受けられるようになります。お兄さんは登録したばかりですから今はFですね」
「ふーん。別に強さってわけじゃないんだな?」
「はい。ゲームとかと違って、実際のクエストは一回クリアされると同じクエストが募集されることは滅多に無いですからね。初めて募集されるクエストは強さでランクを決めるのが難しいので、募集者の人がどれだけ信頼出来る冒険者を必要としているかでランク分けされてます」
なるほどな。
クエストって言っても戦うのだけがクエストじゃないからな。
そういう分け方もあるか。
「OK。分かった。もうちょっといいのを探してみるか」
それからしばらく他の項目を見て、俺は結局無難そうな討伐クエストを受注した。




