4話「冒険者始めました」
「よく来たのよサ、若いの。美味い話あるから聞いていくのヨ?」
受付の前に立った俺を見るなり、受付のお姉さん、と言うかどう見ても同年代な女はそう言った。
悪徳ベテラン冒険者ならまだしも、受付のギルド員からこのセリフを言われたのはさすがに初めてだ。
なんか怪しい日本語だし、大丈夫かこれ。
「美味い話とか言って、そういうこと言う奴に限ってろくな奴いねーっての。言われる通りにしたらあとで身ぐるみ剥がれるとか、そういう安いオチじゃねーの?」
「何言ってるカ。誰にもの言ってるカ。ワタシちゃんとしたギルド員、つまり公務員ヨ。そんな発展途上国のマフィアみたいなことしないネ。今はただ、受注者見つからない高難易度クエスト押し付けるカモ探してただけヨ」
「やっぱりろくでもねーじゃねーか。高難易度だったらちゃんとしたクラスの冒険者選ばないと失敗するだろ。なに適当に声かけてんだよ」
「だいじょぶ、だいじょぶ。クエスト斡旋するとこまでがギルドの仕事ネ。失敗したらそれば冒険者の自己責任ヨ。受注さえさせたらこっちの勝ちなのよサ」
「うわ。最悪だ、こいつ。こんな腐ったギルド員初めて見た」
今までどこの世界でも、たとえ国が腐敗しててもギルドは結構まともだったんだけどな。
こんな露骨なプチ悪徳ギルド員とか残念過ぎるだろ。
「とにかくそういうのいいから、冒険者登録に来ただけだから普通に相手してくれない?」
そもそも俺はまだ冒険者じゃないからな。
まずはクエストを受注出来るようにしないと。
もちろん、出来るようになってもこいつからは絶対受けないけどな。
「なんだー、新米カー。さすがにトーシロ相手にアコギやると、バレたらアタシがミンチなるヨ。今日のところは勘弁しておいてやるのよネ」
「待て待て。どういう理屈だよ、それ。新人じゃなきゃ嵌めてもいいとかおかしいだろ。お前もっと誠意もって仕事しろよ」
「おー、これだからブービーはオメデタイヨ。これから冒険者なろう言うてるくせに、誠意とか愛とか思いやりとかどこのレアアイテムネ? そんなのドロップ待ちするくらいならゴブリンの一匹でも倒して経験値稼ぐヨ」
「とことん捻くれてるな。まぁ、いいや。とにかく申請の手続きしてくれよ」
こいつの言うことに付き合ってたら、たぶん日が暮れるからな。
とにかくここは今日の目的を果たそう。
「だったら身分証出してこの紙に必要事項記入するヨ。犯罪歴とか調べて問題なければすぐにギルドカード発行できるネ。それから申請手数料とカード発行代で6200円ネ。分かったら書く。書いたら出す。そしたら始まるデッド・オア・アライブ」
金も取るのかよ。
まぁ、いいや。
たいした額じゃないし、とにかく手続きを終わらせよう。
俺は言われた通りに身分証も出す。
これはつい最近獅子雄中佐に貰ったやつだ。
俺の元の戸籍とは関係ない、国家公認の偽装身分。
名前は本名と同じだけど、本籍とかその辺のデータは完全にウソだ。
俺はそれの身分証をカウンターに置いて、代わりに申請用紙を受けとって白夜にも一枚渡した。
「シュウジ。私にもください」
俺たちが手続きに取り掛かると、すぐにクシャナさんが声を上げた。
振り向くと下から手を伸ばしてして俺を見てた。
なんか子供にお菓子ねだられてるみたい。
「クシャナさんも登録するの?」
「はい。今のままだと私はただのあなたの抱き枕です。出来ることがあるなら、何か少しでも手伝わせてください」
別にいいと思うけどね。クシャナさん抱き枕。
俺的には一緒に居てくれるだけで十分だから、何も今、無理する必要は無いと思う。
「いいの? 俺一人でもちゃんと出来るよ?」
「ええ。あなたのためならドラゴンでも倒しますよ?」
そう言ってクシャナさんは実際に少しだけ微笑んだ。
ああ、もう。
そんなこと言われたら好きにさせてあげたくなっちゃう。
「ってことでもう一枚な」
「ヤー。何言うてるカ、お前。そんな小さい子供働かせるとか鬼畜カ? 畜生カ? 地獄の鬼に鉄の釜で煮られるカ?」
「ひどい言われようだな。クシャナさんは見た目はともかく実年齢は大人なんだよ」
クシャナさんが手をいっぱいに伸ばして身分証をカウンターに置く。
俺はそれを滑らせて口の悪いギルド員に見せる。
「あー、魔族150歳だったカ。見た目が当てにならない種族は面倒ネ」
まぁ、種族も年齢もうそだけどな。
その辺は獅子雄中佐がそれっぽくなるように適当にしておいてくれたデタラメだ。
クシャナさんの正確な歳って本人でも正確に分からない。
少なくとも150年どころじゃないみたいだけど、ちゃんと数えてないから今さら調べようもない話。
ともかくそれで納得したギルド員は悪びれもせずに用紙を渡して来た。
……。
ちょっとくらい謝ってもよくない? 俺に。
まぁ、別にいいから俺も黙って受け取る。
それから俺はクシャナさんを後ろから片手で抱っこしてカウンターの高さまで持ち上げた。
「すみません」
その体勢で、俺とクシャナさんは一緒になって用紙に記入する。
内容はなんかの会員証作るのと同じくらいの個人情報。
氏名とか住所とかその程度のもの。
ちなみに俺たちの住所は身分証に書いてあるウソの本籍を書いとく。
ホテル暮らしだから現住所無いし。
そんなこんなで申請書を出してから10分くらい待って、俺たちはギルドカードを手に入れた。
「ほれ。これでお前たちも冒険者の仲間入りネ。クエストはその辺の端末で探せるから行ってみるヨ」
やっぱりそうか。
カウンターの周囲に並んでる途中で折れ曲がった板みたいなのは、クエスト検索用の端末だったらしい。
これはさっそくちょっと見てみるしかないな。
俺たちは受付を離れて空いてる端末を探す。
基本ほぼ満員で空いたらそこに素早く入るしかないらしい。
そうしてウロウロしてたら何か言い争ってる連中を見つけた。
「だからよ、お嬢ちゃん。ここは俺が先に目を付けたんだ。さっさとどいて他を探しな」
「あ、あの、でも、入ったのは私が先ですし、順番で言ったら――」
「だから俺の方が先に目を付けたって言ってるだろうが。自分の方が近かったからって横入りしてんじゃないぜ」
どうも開いたかぎり、端末の取り合いで言い争ってる感じだ。
言い争いって言うか、難癖だな。
並んで待つスタイルじゃない時点で先に入った方の勝ちだろうに、男の方が女の子から順番を奪おうとしてる。
ここは一つ、正義の冒険者といこうか。
「おいおい、ブービー。ずいぶんせこいマネしてんじゃねーか。いい歳して冒険者のプライドはねーのか?」
自分でも何言ってんだかって感じだけど、とりあえず相手の注意を引くことは出来た。
男と、女の子の方も俺を見てる。
「なんだ、てめぇは?」
「同業だよ。見たら分かるだろ」
まぁ、ついさっき冒険者になったばっかの新人だけどな。
そんなこと言わなきゃバレないし、ここは強気に出た方がいい。
とりあえず女の子の順番守ってあげれればいいわけだし。
と、その女の子は俺を見てなんかびっくりしてた。
目を見開いて口をパクパクさせてる。
「お、お、お兄さん。わた、私のこと覚えてないですか?」
ん?
そう言われればどこかで……、ってあれか。ヒュドラの時のか。
「ああ、覚えてるよ。一緒に戦った仲間だからな」
なんつって。
いや、でも奇遇なこともあるもんだ。
言い争いしてたのは、代官山のヒュドラ戦でパーティーを組んだ術士っ子だった。




