2話「召喚術士を訪ねて」
「遅かったわね。いったいいつまで待たされるのかと心配していたところよ」
俺たちを出迎えるなり、召喚術士デイドリームこと陽之下夢路はそう言った。
なんか今日はみんなに遅い遅いって言われるな。
このあいだの廃ビルの時からせいぜい一週間だぞ。
どんだけせっかちなんだよまったく。
これが現代日本人の感覚なのか?
「とにかく、ほれ。先にこれ返しとくからな」
俺は前ずっと預かってた召喚士ギルドの会員証を夢路に手渡す。
夢路は受け取ったそれをちらっと見て確認するとすぐにポケットに入れた。
「近いうちに来るように言っておいたはずだけど、今まで何をしていたのかしら? まさかここが見つからなくて探していたわけでもないのでしょう?」
「いや、全然」
結論から言うと、俺たちを案内してきた白夜の記憶は完璧だった。
白夜が独自に半年も探して見つけられなかったのに今回は一発だ。
夢路が根城にしてたのは、原宿駅から少し離れたところにある、今は潰れたバーの跡地だった。
白夜が覚えてた通り、道路から階段を下りたところに入り口のある地下テナントがそれだ。
入り口自体大通りに面してるからよく目立つ。
それに上にはビルが乗っかってるし、そっちには人の出入りも普通にある。
でも誰も地下の入り口に見向きもしないんだよな。
つまり夢路の人払いの魔術は白夜以外の人間も完璧にブロックしてたってわけ。
召喚術士のくせにそっちの方の腕もたいしたもんだ。
「ちょっと他の用事で手がふさがってて来れなかったんだよ」
用事ってのは言うまでもなく、愛理のところに行ってたことだ。
「そう。でもそれなら使いの一つでも寄こして欲しかったものだわ。ギルドカードが無かったせいで、こっちは表の仕事が何も出来なかったのよ?」
半端に片づけられた店内。
残されたカウンター席に後ろ向きに座った夢路がそうぼやいた。
元がバーだけに照明が弱いから表情が余計に陰って見える。
「そりゃ悪かったな。つかそんな大事なもんだったら自分で持っとけばよかったのに」
「あの時はレーヴェント―レのことで焦っていたから他に思いつかなかったのよ」
ああ、あいつな。
夢路がギルドカードを人質代わりにしてまで速攻で逃げ帰ったのはレーヴェント―レの怪我のせいだったな。
今思い返しても、クシャナさんに結構ボロボロにされてたっけ。
「それでその本人は? 元気にしてんの?」
「ええ。あれで元は子爵級の魔族よ。今はもう元通りに戻ったわ。――レーベントーレ!」
その呼び声で魔法陣が一つ作動した。
夢路の前に集まった俺たちの背後、テーブルをどかして広くなった店内の中央。
そこに赤く光る魔法陣が浮かび上がって、そこから一人の魔族が姿を現した。
「そう叫ばなくても聞こえているさ。これでも耳はいい方だからな」
レーヴェント―レは出てくるなり、やれやれって感じでそう言った。
その体にはちゃんと手足が四本揃ってるし、見る限り再生は完璧だ。
「さて、しばらくぶりと言ったところだが、彼女はいったいどうしたのだね? 私と戦った時にくらべるとずいぶんと可愛らしくなっているが?」
レーヴェント―レはそう言ってクシャナさんを見た。
さすがにこいつは気付くか。
レトリックことも見抜かれたからな。
やっぱりいい洞察力してるよ。
「なんの話かしら?」
一方、状況を飲み込めてないのは夢路だ。
自分の専門分野なら才能を発揮してるけど、こういったイレギュラーには弱いらしい。
「君は気付いていないようだが、そこに居る童女は私を半死半生まで追い込んでくれた例の女王なのだがね」
「冗談、ではなさそうね。とてもそうは見えないけど」
「半信半疑なのも無理はない。現に見た目といい存在感といい、同じ相手だとは言い難いほど様変わりしてしまっているのだからな」
たしかにな。
でもそれをちゃんと見抜いてるんだからやっぱりこいつは侮れない。
実際、クシャナさんの弱体化を感づかれたのはある意味厄介だ。
「それで、今ならクシャナさんにリベンジするチャンスだけど、どうするんだ? やるなら代わりに俺が相手になるけど?」
問題なのは俺たちがレーヴェント―レと因縁を作っちゃってるってことだ。
この際ことの成り行きはあんまりどうでもいい。
結果として、クシャナさんはあいつをボコボコにしちゃってる。
その借りを返すとか言い出されたら、今のクシャナさんじゃレーヴェント―レを止められない。
だから最悪俺が戦わないといけないんだけど……。
「いや、やめておこう。今さら報復したところでなんにもならんさ」
まぁ、なんとなく予想してたけどな。
レーヴェント―レは感情で動くような小物じゃない。
それにこいつには自分以外の事情もある。
「もっとも召喚主から命じられれば話は別だが……」
「ふん。私だって今更ことを荒立てるつもりは無いわ。ここで仕返ししてもデメリットしかないもの」
そもそも夢路がギルドカードで個人情報を明かしたこと自体が白旗だ。
俺たちに何かあれば真っ先に疑われるのも分かってるだろうしな。
それに猫小判盗難未遂事件が関係者の内内で片づけられたことも夢路が強く出れない理由の一つだ。
事件が表沙汰の警察沙汰になったら間違いなく夢路は逮捕なんだ。
そこに手心を加えられてるんだから、こっちに噛み付くのがどれだけ不利益かくらいは分かるだろ。
そんなわけで、少なくとも夢路が俺たちと対立しないだろうってのは予想出来てた。
「そういうことならお互い要件を済ませたまえ。今日はただの懇親会ではあるまい?」
OK。
それならそれで話が手っ取り早い。
俺は目配せして愛理に主導権を譲る。
そのあとは愛理と夢路専門家同士の難しい話を聞かされただけだった。




