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67話「そしてカオスは一段と」

「なぁ、愛理。ほんとにこれ全部持って行くのか?」


 王都ウィシュタルを背に進む馬車の御者台から俺は声をかけた。


「あったりまえでしょ。全部ボクの研究に必要なんだから持って行くに決まってるよ。誰だか分かんない相手に狙われてるんだから残して行けないよ」


 後ろから反って来たのはプリプリした反応。

 住み慣れた世界を離れるのに、こいつは意外と平気そうだ。

 もうちょっと寂しがったりすれば可愛げもあるんだけどな。


「それはそうだけど、さすがにこの量はなぁ……」

「あのね、これは修司にとっても大事なものなんだから文句いわないの。分かったら全速力。GO!」


 荷台に積まれた山のような荷物の上で拳を振り上げる愛理。

 荷崩れしたらお前死ぬぞ?

 俺は手綱を優しく操作して、馬車馬にほんの少しだけ速度を上げさせた。 

 実は俺、こう見えて馬車が運転出来る。

 異世界生活長かったからその間に覚えたんだよ。

 ヒッチハイクした農家のおっさんとかに教えてもらってさ。

 まぁ、これくらいクシャナさんだって出来るけど、意外なことに白夜や獅子雄中佐たちは出来なかった。

 そんなわけで御者台には俺とクシャナさんが座って、みんなは荷台に乗ってもらってる。

 って言っても、愛理の荷物がジ○リ映画の引っ越しシーンみたく山のように積まれてるからその上に登ってる感じだ。

 

 まぁ、それはともかくこの馬車で向かってるのは、俺が世界転移能力を使えるワープ地点だ。

 俺の能力にはいくつか条件があるけど、ゲートを開けられる場所がある程度決まってるのもそのひとつ。

 その場所は転移能力で検索出来るけど、世界ごとに何カ所かしかないから転移したいならそこまで行かないといけない。

 そんなわけで俺たちは、王様に貰った馬車でそこに向かってるってわけだ。

 王様いい人だよな。

 ただで馬車くれるんだから。

 まぁ、この世界で有名人な愛理が命狙われたんだから、逃走用に馬車くらい用意してくれるか。


 そんなこんなで俺たちはひたすら移動を続け、この辺にしては小高い丘の側を流れる川の前までやってきた。

 一見するとなんの変哲も無い場所だけど、ここが俺の転移能力のワープポイントだ。


「シュウジ。手綱を代わりますからあなたは集中してください」


 俺のとなりに座ったクシャナさんがそう言って手を差し出してきた。

 うん。クシャナさんはほんとに小さくなっちゃったな。

 ほんとなら俺より少し背が高いくらいだったのに、今は愛理とくらべても全然小さい。


「俺、向こうに戻ったらちゃんとクシャナさんを元に戻す方法を探すから」

「ええ、あなたならきっと見つけてくれると信じてますよ」


 俺たちに今必要な言葉はそれだけで十分だった。

 クシャナさんは元々そんなにお喋りじゃないし、俺だっていちいち言われなくたって分かってる。

 6年も一緒に旅をしてれば心で通じ合えるんだよ。


 俺が片手で手綱を渡すと、クシャナさんは片手で手綱を、もう片方で俺の手を取った。

 今までとは違う、子供じみたクシャナさんの手。

 それを感じながら俺はゲートを開く。

 馬車の前方、ほんの数メートル先の景色が揺らいで蜃気楼みたくなった。

 それが俺が転移能力で開いたゲート。

 今、そこには一面の灰色が映し出されてる。

 大丈夫だ。異常なんかじゃない。

 転移したところを誰かに見つからないように、向こう側の出口を獅子雄中佐に頼んで封鎖してもらってるだけだ。

 何せ場所が中目黒公園だからな。

 対策しとかないとその内誰かに見つからる。

 そんなわけで今は工事中ってことにしてもらって、周りに目隠しの幕を張ってもらった。

 ゲート越しの灰色はその幕の色だ。

 あれが見えてるってことは、ちゃんと元の世界に繋がったし、向こう側に異常は無いってことだろう。

 クシャナさんも馬車を止めることなく先に進めて行く。

 そしてゲートの中に。

 何かすごいものを通り抜けた感覚があって、俺たちは無事に元の世界に転移した。

 いっつものことだけど、俺の転移能力はあっさりし過ぎてる気がするんだよな。

 もうちょっとこう、イベントっぽくなんかあってもいいのに。


 それはともかく、ここはもう中目黒公園だ。

 俺はゲートを閉じて馬車から降りると目隠しの幕の出口になってるところを大きく開いた。

 さて、とりあえず一回獅子雄中佐に車を用意してもらわないとな。

 愛理の荷物をどうするにしても、馬車のままじゃ不便だ。

 こっちの世界に戻って来たなら、トラックか何かに積みなおした方がいい。


 そう獅子雄中佐に声をかけようと馬車に視線をやると、クシャナさんが動きを止めてどこか遠くを見てた。

 それはクシャナさんがたまにやる、何か気になる気配を感じ取った時の仕草だ。


「何か、居ます……」


 案の定、クシャナさんはそう言って馬車を下りて歩いて幕の外に出た。

 釣られて他のみんなもクシャナさんの後に続く。

 なんだろうな。

 弱体化しちゃったとは言え、クシャナさんの気配察知はまだ生きてる。

 それに引っかかったってことは近くに何か居るのはたしかなんだろう。

 でもクシャナさんがこんな反応するなんて珍しい。

 相手はいったいどんな奴だ?

 まさか敵じゃないよな。

 たとえば、今レーヴェント―レ級の相手に襲われたら、俺はクシャナさんたちを守れないと思う。

 なんだったら早めにここから離れるか?

 愛理の荷物があるから速くは動けないけど、厄介ごとに巻き込まれる前にここを離れるってのは悪くない判断だと思うんだけど。


「……来ます」


 クシャナさんがそう言った次の瞬間、不意に太陽の光がさえぎられて、俺たちのすぐ目の前に壁が落ちてきた。


「なんだ!?」


 獅子雄中佐が叫ぶ。

 そりゃそうだ。

 いきなり上から壁が降ってくれば誰だってそうなる。

 あり得ないだろ。

 落下物にしてもデカすぎるぞ。

 しかもなんかこの壁妙に生生しいし。

 と、思ったら今度はその壁が勝手に持ち上がった。


「ちょっと、あれ!」


 白夜が上を指さす。

 見ればそこには見たことも無いくらいデカい生き物。

 ジャンルで言うと、爬虫類、いや恐竜か?

 どっちにしろ、壁だと思ったのはそいつの足だった。

 俺たちの目の前に一度下ろした足をもう一度持ち上げただけだった。

 つまりこいつは歩いて移動してる途中だったみたいだ。


「なんだこいつは。魔物か!?」


 獅子雄中佐の驚きっぷりは半端ない。

 そりゃビルよりはるかにデカい奴が歩いてて、しかもそいつに踏みつぶされかけたんだから仕方ないさ。


「中佐。あれなに?」

「だからこっちが聞きたいくらいだ。あんな大きい魔物見たことが無いんだ。いったいどうしてこんな街中に……」

「中佐。司令部に確認してみてはどうでしょう? おそらく対策チームくらいは編成されていると思いますが」

「そ、そうだな」


 緒方大尉に言われて、獅子雄中佐はスマートフォンを取り出した。

 掛けた相手はたぶん司令部なんだろう。

 すぐに通話状態になって獅子雄中佐が色々話し込んでる。


「対怪獣防衛体勢が発令されて関東方面隊全隊に出撃命令? 何を言ってるんだ。え? 毎年のこと? 怪獣は夏の風物詩?」


 それからしばらく話して獅子雄中佐は電話を切った。


「だめだ。話しにならない。どういうわけだか、あのバカでかい怪獣が居るのが当たり前みたいな言い方だった」

「どういうこと?」

「司令部が言うには、毎年夏になると怪獣が現れてこの東京が襲われるらしい。だがもちろん僕はそんな経験無いし、怪獣だって実物が居るなんて聞いたこともない。いったい何がどうなってるのかさっぱりだ」


 毎年怪獣って、そりゃいくらなんでもむちゃくちゃだろ。

 だいたい獅子雄中佐の記憶にないってどういうことなんだよ。

 中佐はずっとこの世界で生きて来たんだから、ほんとなら知ってないとだめだろ。

 俺たちが困惑してると、不意に愛理がポンと手を打った。


「ああ、そうか。またどこかの異世界から変な事実が混同化されちゃったんだ」

「なんだって?」

「だからさ、中佐や修司たちがボクのところに来てた間に、怪獣って存在の事実構造がこの世界に組み込まれちゃったんだよ。だから過去にも改変が起こって、司令部の人は前から怪獣が居たって言ったんだ。……そっか、やっぱりこの世界の外に居る人には記憶の改変が起こらないんだ」

「なんてことだ……」


 いや、ほんとにどうかと思うよ。

 ちょっと異世界に行ってる間にこんなことになってるなんて、ちょっと洒落にならないって言うか、わけが分からないっていうか。

 さすがの俺もちょっと戸惑っちゃう。

 まぁ、なんにせこれだけは言える。


 どうやらこの世界は異化してる!

お疲れ様でした。これにて一章終幕です。

ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

二章の準備のため、明日から一週間準備期間として休載させていただきます。

詳しくは活動報告をお読みください。

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