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66話「教えて愛理ちゃん(後)」

「異世界との混同化、か……」


 獅子雄中佐はそうつぶやいて片手で顎を触った。

 なんか考えてるみたいだけど、ぶっちゃけ納得出来ないって顔に書いてある。


「なに? 信じられない? 今までの話からしても、別にそんなに突拍子も無いこと言ったつもりはないんだけど?」

「いや、それは分かってる。分かったうえで確認するが、つまり僕たちの世界と別の異世界が混ざり合ってああいう状態になってる。君はそう言っているんだな?」

「そうだよ。ボクたちの世界は、他の、たぶんいくつかの世界と混ざり合っちゃってる。混同化って言うのはまさしくそういう意味だよ。中佐はそれが信じられないのかな?」

「どうだろうな。たしかに僕たちはこうして異世界に来てるわけだし、少なからず世界改変が可能だということも諸神君とレトリックの存在が証明してる。だから混同化って話自体も分からないでもない。だけど仮にそうだとしても、歴史まで変わるっていうのはどういうことなんだ?」


 そうだよな。

 やっぱりそこがはっきりしないとどんな説明にも納得できないよな。


「それはもちろん歴史自体が混同化しちゃってるからだよ。歴史って言うか、ある事実の原因と結果、その因果関係の一部ないしは全部が、って意味なんだけど、これで分かる?」


 分かるわけねーだろ。

 ここに居る全員がお手上げって顔してるじゃねーか。


「うーん。そうだね、それじゃあ事実構造っていうものからもうちょっと説明しようか」


 俺たちがあんまりに変な顔してるせいか、愛理の奴、誰の返事も聞かないで察してやがんの。


「事実構造って言うのは、この世界がどういう事実で成り立ってるのかって意味で、単純に『あらゆる事実の集合体としての世界構造』って言い換えるとイメージしやすいかもね。ただこの概念を考える時に、あんまり理系脳にならないで欲しいんだ。つまり物理化学的にってことだね」

「それはちょっと奇妙だな。世界の具体的な構造を考えるなら、むしろ科学的な視点に立つべきじゃないのか?」

「ところがそうじゃないんだよ。現代科学っていうのはもっぱらデカルト的認識、つまり『世界とは空間の延長である』っていう前提で行われる計算や考察なわけだけど、そもそもその『世界=空間』っていう認識自体が誤謬なんだよ」

「そう、か? 僕にはまったく正しいように思えるが」

「それはね、世界が空間的なんじゃなくて、人間の世界に対する認識能力が空間的だからだよ。例えば『物理法則』や『感情』なんかは空間的には存在してないけど、それが『在る』のは事実だよね。それは人間の空間的世界認識能力じゃ捉えられない事実ってだけで、実際に存在してる事実構造には違いないんだ」

「それは『かたち』として存在してなくても在るものは在る、と言うとこか?」

「まぁ、そうだね。世界っていうのは、なにも物質だけで形作られてるわけじゃない、ってことだね」


 なるほどな。

 そういう意味なら分からなくもないか。

 

「それでこの話は異世界との混同化にどう関わってくるんだ?」

「簡単に言うと、過去改変が起こってるってことが異世界との混同化の証拠になる、ってことだよ」

「そうなのか?」

「世界を形作ってる『事実』には、どんな『過去』や『原因』があったかっていう『前提的な事実』も含まれてるんだ。つまり自然状態の『今』は『過去』って構造が支えてくれてないと存在出来ないってことだね。それは取りも直さず『今』っていう事実には『過去』の事実が因果関係としてついて回るってこと。それが揃ってて初めて本当の事実ってことになるんだ。その上で言うと、ゲオルギウスの錬金術はインチキでしかないから、原因(過去)に関係無く結果(今)を改変出来ちゃうんだ。逆に言うと、過去まで変わってるなら、ボクらの世界に起こってることはゲオルギウス的な錬金術によるものじゃないのは確定だよ」

「……、頭がこんがらがるな。ともかくレトリックやレトリケーでは過去は変えられない、ってことか。なら君は、異世界との混同化が起これば過去が変わると言いたいんだな?」

「そうだよ。まぁ、混同化の影響がどの程度の過去改変を引き起こすかはケースバイケースだと思うけどね」


 少なくとも俺のレトリックが過去を変えられないのは事実だ。

 そうなるとあとは混同化が起こったらどうして過去まで変わったりするのかなんだけど、


「さっきも言った通り、『今』にはある程度『過去』が付いて回るんだ。だからたとえば『魔物が居る』って事実が異世界から流れ込んで来ると、『昔から居た』って事実までくっついて来ちゃう。その結果が過去改変だよ」

「まぁ、そういうものなんだとしたらそれで納得するしかないんだろうな」

「ちなみに言っておくとね、ボクたちの世界のあの状態は、一つだけの大きな『混同化』が起こったからじゃないよ。ボクの推論が正しければ、色んな世界から色んな事実が混同化した結果、世界全体があそこまで異化しちゃったんだと思う」

「そう聞くと余計に厄介そうだな。やっぱり誰かの陰謀なんじゃないか? そんなこと自然に起こったりはしないんだろう?」

「ううん。むしろいつかは起きるんじゃないかって昔から予想はされてたんだ」

「なんだって?」


 おい。

 マジかよ。

 どう言うことだよ、それ。


「中佐はビッグリップって言葉を聞いたことがあるかな?」

「いや、聞き覚えは無いな」

「まぁ、そうだろうね。でもビッグバンなら分かるでしょ? 何も無い『無』の世界に突然空間的な爆発が起こって宇宙が生まれたっていうあれだよ。宇宙は今も加速度的に膨張を続けている、ってね。ビッグリップって言うのは、宇宙に存在してるすべての物体がいつか膨張に耐えられなくなって裂けちゃうんじゃないか、って予想した終焉モデルの一つなんだ」

「膨張に耐えきれなくなって裂ける?」

「そ。細かい説明は省くけど、天体レベルで言うと、すべての星が原子レベルで崩壊して混ざり合って、宇宙全体が希薄なスープみたいになるって説なんだ。まぁ、これは世界を空間として考える科学での話だけど」


 そう言えば愛理はさっき、世界を空間として捉える科学で考えるな、って言ってたっけ。

 たしか、世界は色んな事実の集合体だ、とかなんとか。


「それでこのビッグリップって終焉モデルを事実構造的な世界観で考えると、『事実の集合体としての世界』がバラバラに引き裂かれて、別の異世界の破片と混ざり合っちゃうってことになるんだ。この場合、別々に存在してる世界それぞれが最初の説明で言う惑星の一つ一つって感じね」

「と言うことは、崩壊してる世界の事実(はへん)が飛び散って起こってるってことか?」

「雑に言うとそうだね」


 いや、お前の反応の方が雑だろ!

 どう考えてもヤバい状態じゃねーか。


「ただ疑問なのは、ビッグリップが起こるって予想されてるのはすっごく気の遠くなるくらいの未来なんだ。それが今起こってるとすれば、どうして急に早まったのかが分からないんだよね。それに事実構造的なビッグリップが起こったとして、ボクたちの世界だけが不自然なくらいに異化してる説明もつかない。事実構造的世界観で考えれば、他のすべての世界も均一化されてないとおかしいんだよ」

「そう言えば君は原因は分からないと言っていたな。だが今の話を聞く限り、原因は分からなくとも最終的な結果は明白と言ったところか」

「そうだね。あんまり言いたくないけど、このままほっとくと、たぶんすべての世界が崩壊するよ。極端に異化してる世界は今のところボクたちの世界だけかもしれないけど、探せば他にもあるかもしれない。それに少なくとも他の世界は事実の一部をボクたちの世界に取られてるってことだからね。もっと搾取が進むと、向こうは事実集合体としての結束が維持出来なくなるよ」

「なんてことだ。まさか問題が僕たちの世界以外にまで広がってるなんて。これは思ってた以上に危機的状況と言わざるを得ないな」


 獅子雄中佐はそう言って目頭を指で押さえた。

 この人はたしか上層部から問題の解決法を見つけるように言われてるんだっけか。

 そりゃ今の話聞いたら目の奥が痛くなるよな。


「どうだろう、愛理。もし頼めるなら君にも協力を要請したい。見返りは最大限の努力をするから、どうにか力、いや頭を貸して欲しい」


 あ、その言い換えはよかったよ、中佐。

 愛理は自称天才だけあって、頭のよさを見込まれると喜ぶからな。

 まぁ、それでも色々悩むところがあるんだろう。

 愛理は俺の方を見て目でどうしようか聞いてきた。


「手伝ってくれよ、愛理。俺はもう協力する約束しちゃってるからお前も参加してくれると助かる。それにクシャナさんのこともあるからな。色々頼りにしたいんだよ」


 そう言うと愛理はすっごくいやらしい笑みを浮かべた。


「しっかたないなー、修司は。そんなにボクが必要なら手伝ってあげるよ。その代わり今まで以上にボクを大事にあつかうこと。分かった?」


 その言葉で、今度は獅子雄中佐が俺に視線を送って来た。

 いや、あんたとのアイコンタクトはまだ成立しないって。

 まぁ、今回は何が言いたいの考えるまでもないけどな。


「分かってるって。お前にもプレゼント買ってやるって言ったしな。今度どこか連れて行くから、とりあえずあっちの世界に帰ろうぜ」

「おっけー。じゃあ修司の転移能力のインターバルが明けたらみんなで戻ろっか。そしたら少しづつ情報を集めていこっか。そういうわけで、みんなヨロシクね」


 そうして愛理は俺たちの仲間に加わった。

 いや、俺とは昔から仲間ではあるんだけどな。

 なんにしろ俺たちはこれで一歩前に進んだのだった。

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