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65話「教えて愛理ちゃん(中)」

「今から遠い昔、とある世界にゲオルギウスって言う錬金術師が居てね、彼は錬金術で自分の住む世界に理想郷を打ち建てようとしたんだ。飢えも病気も戦争も無くって、それでいて望むものすべてが手に入る地上の楽園。そんな御伽話みたいなものに恋い焦がれて、結局失敗したガッカリ系天才錬金術師、それがゲオルギウスだよ」


 愛理はこの話をする時、いつもこんなふうに茶化して言う。

 でもこいつが自分以外を天才なんて言うのはマジでレア。

 それだけでもゲオルギウス先生のすごさが垣間見える。俺的に。


「この人のすごいところはね、問題を解決するのに、直接的な手段じゃなくてすっごく遠回りな道を選んだこと。もともと回りくどい性格だったんだろうね。普通の錬金術師なら、お金が欲しいなら鉛を金に変えようとするよ。飢え死にそうだったら土を食べ物に、死んだ奥さんが恋しかったら他の人や生き物から体と魂を模造しようとする。結局、錬金術師って即物的で物理的なんだよね。だからだんだんと科学者に姿を変えていったわけだけど、でもゲオルギウスは違ったんだ」


 俺にしてみれば錬金術自体が回りくどいけどな。

 金が欲しいなら働けばいい。

 食べ物が欲しければ木の実でも取って食べろ。

 普通に考えてその方が手っ取り早いだろって思うけど、そんなこと愛理に言ったら怒られる。

 『そういう問題じゃないんだよ』ってな。


「ゲオルギウスは問題を物質的な変換作業としてじゃなくて、事実構造の一部として作り替えてしまおうと考えたんだ。そしてそのために事実改変機能を備えた術具を作ったの。それが<レトリケー>。事実を改変して世界を加飾する反則すれすれの裏技。レトリックのオリジナルヴァージョンだね」

「と言うことは同じものじゃないんだな? 名前が違うのもそのせいか?」

「そうだよ。ゲオルギウスのレトリケーには欠陥があったからね。ボクはそれを修正して作り直したのさ。名前を変えたのはそれが理由だよ。より新しい今風な言い回しにね」

「それで? 欠陥と言うのはどういうものだったんだ?」

「単にゲオルギウスが欲張り過ぎただけだよ。まぁ、理想郷を作りたいなんて目的を達成するためには仕方なかったのかもしれないけど、万能性を求め過ぎてコントロール不能な危険物になっちゃったんだ」


 危険。

 危険ねぇ。

 いくら改良したからって、そんなものを俺に融合させたんだから、ほんと愛理はえげつないよな。


「ゲオルギウスは、レトリケーをなんでも自由自在に操れる万能具にしたかったんだろうけど、そのせいで事実改変機能自体が複雑になり過ぎたの。そのせいで使用者が意図してない動作を連発するようになって、求めた結果が得られなくなってたんだ。だからボクはそれを現実的に制御可能なレベルにまで能力を限定したんだよ」

「限定か。それだけで使い物になるなら、ゲオルギウスはなぜそうしなかったんだ?」

「言うほど単純じゃないんだけどね。それにゲオルギウスの目的はあくまでも理想郷の建設だったから、どっちにしろボクのレトリックみたいなのは半端な失敗作ってみなしたと思うよ」


 まぁ、レトリックが便利なのはたしかだけど、どうがんばっても理想郷なんて作れそうにないしな。

 そういう意味じゃゲオルギウスの目的からは外れてるよな。


「理想郷って言うのはね、言ってみれば何もかもが自分にとって都合のいい世界だよ。それはつまり、この世界で起こるすべての不都合を改変しなきゃいけないってこと。そんなのさすがにむちゃくちゃだよ。何もかもを思い通りに出来る魔法なんてのはただの幻想だもん。だからボクはレトリックをもっと実用的に仕立てたんだ。スキルレベルを上げたり、鉄パイプを剣に変えたり、術者を支援するための装備品としては一級品だっていう自信がある。ただそれはボクが設定した機能的な限界の中でのことだけどね。けっして不幸を幸せに変えたり、死んだ人間を生き返らせたり出来るわけじゃない。それがゲオルギウスの夢見た理想と、ボクが見極めた現実の違い。レトリケーとレトリックの、根本的な設計思想の差」


 結局、ゲオルギウスが作ろうとしたのは、世界を理想郷に変える手段なんていう漠然としたものだったんだな。

 目的が壮大過ぎたからレトリケーへの仕様要求が厳しすぎた。

 そこで愛理はそれを思いっきりスケールダウン。

 出来上がったのは術者のための支援装備っていう具体的な道具。

 それが俺と融合してるレトリックの正体。

 なるほど。

 イカしてるね。


「ありがとう。諸神君のレトリックがどういうものかはだいたいイメージがつかめた。そこで話を元に戻させてもらうが、僕たちの世界に起こってる異化という現象、あれはレトリックみたいなものを使って人為的に引き起こされたとは考えられないか? ゲオルギウスだって理想郷を作ろうとしたんだ。誰かが何かの目的であんな風にしてしまった可能性もあるんじゃないか?」


 獅子雄中佐の言うことももっともだと思う。

 実際俺だって小さい範囲で事実改変をしてたわけだし。

 誰か他の奴が同じようなことをやってないとも限らないと思う……、んだけど、


「それは無いよ。仮に誰かの仕業だとしても、レトリックとはまったく関係無い方法でだよ」

「どうしてだ? 何故そう言い切れる?」

「さっきも言った通り、ゲオルギウスのレトリケーは世界そのものを作り替えるところまで届かなかったんだ。その限界は今さら誰がどうやったって変わらない。それにね、ゲオルギウスの錬金術は、あくまでも『今』を変える術式で、『過去』まで変えるなんて出来ないんだよ」


 そう言えばそうだよな。

 あの世界は過去の歴史まで変わってた。

 対して俺のレトリックは過去に遡って影響を与えることは出来ない。

 同じ事実改変でも、そこだけは絶対に違う点だ。


「じゃあどういうことなんだ。僕たちの世界に何が起こっているのか予想はつかないのか?」


 ここにきて獅子雄中佐が少しイラついてる。

 怒ってるわけじゃないと思うけど、手がかりが見つからなくて焦れてるみたいだ。

 まぁ、愛理の顔を見るかぎり、イラつくにはまだ早いっぽいけどな。


「んーとね、そうでもないよ。原因はともかく、今何が起こってるのかは見当がついてるんだ」


 ほらな。

 こいつはこれでけっこう頼りになる奴なんだよ。


「ボクは最初に『異化してる』って言ったよね。途中でレトリックの話なんてしちゃったからややこしくなっちゃったけど、あれって今回の場合だと、『異世界との混同化が起こってる』って言いたかったんだ」


 そうして愛理は問題の核心に話を進めた。

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