64話「教えて愛理ちゃん(前)」
「さーて、そんなことよりもそろろそろ本題に入って欲しいんだけど、いいかな?」
愛理はそう言って投げやりにイスに座った。
この部屋にあるのは結構おっきい丸テーブルで、愛理が座ったのは獅子雄中佐の正面だ。
愛理の左隣には白夜が居るから、俺は右隣にするか。
そうすれば丁度愛理と獅子雄中佐の話し合いに、俺と白夜が同席してるって恰好になる。
ただ緒方大尉だけは獅子雄中佐の後ろで立ってるけど。
イスは余ってるし座ればいいのに、やっぱり部下の立場ってのがあるのかな?
「それは構わないが、天能寺君は家族のことは聞きたくないのか?」
「べっつにー。今は特に必要無い情報だし別にいいよ」
あ、さては獅子雄中佐ってあんまり空気読めないな?
どう見ても愛理は父親にいい感情なんて持って無さそうだぞ。
俺の時もそうだったけどさ、獅子雄中佐は他人のことに首突っ込み過ぎな気がする。
悪い人じゃないのかもしれないけど。
「それとボクのことは愛理でいいよ。『さん』とか『君』とかも要らないから呼び捨てにしてよね」
「……。分かった。なら愛理。昨日の今日で悪いが、僕たちの世界に何が起こってるのか、君の意見を聞かせてくれないか。渡した資料は十分じゃなかったかもしれないが、それでも何か分かったことがあるなら教えて欲しい」
資料ってのは昨日渡してた電子スクロールとか言うやつか。
俺はあれを見せてもらってないから中身のデータがなんだったのかは知らない。
でもたぶん、動画とか写真とかだろうと思う。
あとは日本史とか世界史とかも当然入れてるはずだ。
俺が散々歴史が変わってるって騒いだからな。
「そーだね、原因についてはともかく、僕たちの世界が異化してるのは間違いないと思うよ」
「異化?」
「異世界化、って言った方が分かりやすいかな。魔法がつかえたり本当なら居ないような種族が居たり、元々の世界秩序が歪んで、異世界みたいになってるでしょ。だから異化。世界そのものが作り変わっちゃってるんだね」
「つまりそれはどういうことなんだ? 世界が作り変わったと言われても理屈がよく分からないな」
「事実構造が変化したんだよ。魔法が『使えない』から『使える』、魔物が『居ない』から『居る』っていうようにさ」
愛理は当たり前みたいに言ってるけど、獅子雄中佐の顔は全然理解出来てない奴の顔だぞ。
ああ、そうか。なるほどな。
俺も今あんな顔してるんだな。
「なんなら情報が書き換えられたって考えてくれてもいいよ。たとえばボクたちの世界をTVゲームだとするでしょ。そうすると当然、登場キャラクターとか出てくるアイテムのデータベースがあるはずだよね。他にも、ゲーム内で何が出来て何が出来ないかが決められてるルールブック、つまりゲームのシステムファイルもね。その内容が書き換わっちゃってるからゲームの内容が違うものになっちゃってる。それが今のボクらの世界の現状だよ」
そう言えば昔、まだ小学校に行ってた頃にクラスの奴らが改造コードでゲームの内容書き換えて遊んでたっけ。
所持金増やしたり、自分のキャラのステータス上げたり。
所謂チートってやつだ。
「なるほど。君の言いたいことは分かったが、そんなことが実際に起こり得るのか? ゲームならともかく、現実が簡単に書き換わられても困るんだが?」
「ここまで大規模なのはともかく、もっと限定的になら人為的にだって事実改変は引き起こせるよ。ね、修司?」
「え? そうなのか?」
そんなの急に俺に言われても困るって。
俺は愛理と違ってそういう話はさっぱり分からないんだから。
「そうなのか、じゃないでしょ。修司だってレトリックの事実改変機能を使ってこの世界を書き換えてるんだから」
「マジか。俺そんな悪いことしてたなんてびっくりなんだけど?」
「ボクからしたら修司がレトリックの仕組みをちゃんと理解してなかったことの方がびっくりだよ」
「ほんとね。よく分からないものを平気で使ってたなんて適当すぎるわよ」
いや、一応、愛理が大丈夫って言ってた範囲で使ってたつもりだったんだけどな。
なんか思ってた以上にレトリックってヤバい代物だったのかも。
「すまない。その話を僕にも詳しく教えてくれないか? 諸神君が世界だとか事実だとかを書き換えられるのが本当だとして、レトリックっていうのはそもそもどういうものなんだ?」
「ほら、愛理。獅子雄中佐が聞いてるぞ。レトリックの秘密を教えてやってくれよ」
そう言ったら愛理は俺を見てからわざとらしくため息をついた。
「どうしようもないダメダメ修司はともかく、他のみんなのために仕方なーく説明するけど、レトリックはそのむかしむかーしに、とある錬金術師がやり残した秘奥義の復元改良型なんだよ」
そして始まる愛理の錬金術談義。
言っとくけど、こいつ趣味のこと喋り出すと止まらないタイプだから、あとは分かってるよな?
そう言うわけで、愛理の性格をよく知ってる俺は、テーブルに寝させた両腕をあご枕にして長期戦の体勢に入った。




