62話「一夜明けて」
「今回はあなたに迷惑をかけてしまいましたね」
ベッドから起き上がったクシャナさんは、はっきりと表情を曇らせてそう言った。
ブラックアイズとジュリエッタに敗北したあと、俺たちは駆けつけてきた衛兵隊に保護された。
何せ愛理の館の壊され方はかなりひどかったからな。
それこそ住むことはもちろん、その場で休むことさえ出来なかったくらいだ。
だから王さまが好意で城に間借りさせてくれたのにはほんとに感謝だよ。
でなきゃクシャナさんをゆっくり休ませてあげられなかったんだから。
そしてちっちゃくなったまま目を覚まさなかったクシャナさんが目覚めたのが次の日の今日。
クシャナさんは体は大変なことになっちゃったけど、中身の方はしっかりしてたのが救い。
昨日何があったのかもちゃんと覚えてたし。
むしろ自分が不甲斐なかったって謝ってくれた。
そんなの気にすることなんて全然無いのに。
そもそもクシャナさんは一方的に喧嘩を売られただけだ。
しかも俺たちみんなに被害が出ないように気を使ってくれたしさ。
それは白夜も獅子雄中佐も緒方大尉もちゃんと理解してくれてたみたいだ。
みんなはクシャナさんが起きた時に一回集まったけど、今部屋に居るのは俺と愛理だけ。
その愛理は、今はイスに座って難しそうな魔術書を読んでる。
「それで、どう? 具合の方は……?」
俺はベッドに腰掛けるクシャナさんの前にかがみ込んで顔を近づけた。
身長がかなり縮んじゃってるからな。
そうしないと目線が合わない。
今のクシャナさんはほんとに子供みたいだ。
「傷はとりあえず大丈夫です。あのブラックアイズと言う青年の組んだ多重術式の中に、ヒーリングの類いが含まれていたのでしょう。ですがはやり化身を解くことは出来ないみたいです……」
ヒーリングか。
そんなかなりのレアスキルをあいつが持ってたのには驚きだ。
しかもそれをクシャナさん相手に使ったこともだ。
殺すつもりは無いみたいに言ってたけど、死なさないように処置までしてたなんてな。
もちろん、だからって許したりはしない。
どっちにしたってクシャナさんが大変なことになってるのは変わりないんだから。
「そっか。それじゃあやっぱり力は使えないんだね?」
「ええ。少なくとも攻撃系のアクティブスキルは全滅のようです。気配察知みたいなパッシブスキルはいくつか生きているみたいですが、これでは本当にただの人間の子供と変わりありません」
「うーん。でもまぁ、愛理、お前ならこれなんとか解けるよな?」
俺が声をかけると、愛理は読んでた本をわざとらしくパタンと閉じた。
「あのね、簡単に言ってくれるけどまだ何も分かってないんだよ? それにクシャナちゃんが眠ってる間に診た感じ、すごく厄介そうだったし。こんな術式の組み方、今までで初めてだよ」
「そこをなんとかしてくれって頼んでるんだよ。天才だろ?」
「ぶっぶー。こんな時だけおだてたってダメなものはダメだよ。こう言うのはね、ちゃんと調べてからじゃないと下手に弄るとよけいに厄介なんだからね」
くそ。分かってるよ。
何せあのクシャナさんをが自力で打ち破れないくらいの拘束力だ。
相当強力な術式だろうから解呪に失敗すればエネルギーが暴走して危険過ぎる。
そして今のクシャナさんがそのダメージに耐えられる可能性はかなり低い。
「とにかく今は焦らないことだよ。今すぐどうにかしなきゃいけないってわけじゃないんだし、これから徐々に調べるしかないでしょ」
頼みの愛理がそう言うなら今はどうしようもないか。
どっちにしろブラックアイズが掛けた術式は封印系だ。
さし迫って命に危険が無いならあとは愛理に任せるしかない。
「それよりあの2人、いったいなんだったんだろうね。ボクたちのことかなり詳しかったし、クシャナちゃんの種族のことも何か知ってたみたいだよね」
「たしかに気になることを色々言ってたけどな。俺たちの敵がどうの、レトリックがどうの、それにクシャナさんのことだって……」
あいつらのなにがムカつくかって、クシャナさんのことを害虫呼ばわりしたことだ。
俺の家族をそんな風に言ったことは許せない。
クシャナさんを子供状態にしたことといい、この借りは絶対に返してやる。
「あの2人は今はともかく、今後のことが心配です。少なくともアイリが何者かに狙われたのはたしかなんでしょう? でしたらこのままこの世界に居ては危険です」
「ああ、あの霧みたいな奴ね。少なくとも俺たちがどっかの誰かの興味を引いちゃったのは間違いないみたいだけどさ」
「狙いはレトリック、って言うか古代錬金遺物に関する研究そのものだろうね。そうなるとボクの研究資料とかも全部どこかに隠した方がいいかも」
「つかその辺大丈夫なのか? お前の家あんなだぞ?」
「地下の工房はなんとか大丈夫だったよ。今、衛兵隊の人たちが全部こっちに運び出してくれてるから、あとでどうにかしないとね」
どうにかって言っても難しいだろうな。
愛理が手元に置いてるのは、基本的に必要なものばっかりのはずだし。
そうなると工房から運び出したものは、これから先も愛理が持っておかないといけないものばっかりってことになる。
でもそんなに大量のものを肌身離さずってわけにもいかない。
遠くには置いておけないけど、常に持ち歩ける量でもない。
実に難儀な話だよな。
それに、だ。
敵は愛理の罠を突破して館の中に侵入してきたくらいだ。
そうなると例えばこの城に住まわせてもらったとしても安全っていう保証は無い。
「どうでしょう、アイリ。これを機にあなたも一度、元の世界に帰ってみては? 敵が何者かは分かりませんが、ブラックアイズたち同様、世界転移能力者の可能性もあります。今の私ではとてもあなたを守れませんが、少なくともこの世界にとどまるよりは安全でしょう?」
そもそもレトリックはこことは違う世界で見つけたものだしな。
それを知ってるってことは、少なくともそっちの世界のことを知ってるってことだ。
そのうえでこの世界に居る愛理を襲ってきたなら、世界転移して来たって可能性はかなり大きい。
「うーん。そう、だね……。この際それも仕方なし、かなぁ……」
そう言った愛理の顔は全然乗り気じゃない。
前からそうだったけど、こいつはこいつであんまり元の世界に帰りたくなさそうだ。
詳しくは聞いてないけど、なんか理由があるっぽい。
まぁ、そうは言ってもこのままここに残してもおけないしな。
また襲われでもしたらそれこそどうしようもない。
「なぁ、一緒に向こうに帰ろうぜ、愛理。どっちみちお前にも直接見て欲しいんだって、あの元の世界のカオスっぷり」
そう言って俺が返事を待ってると、愛理が答えるより先に部屋のドアがノックされた。
誰かと思ったら席をはずしてた緒方大尉だった。
「諸神君、天能寺さん。獅子雄中佐が呼んでいる。同行してほしい」
なんつーか、いいタイミングだな。
昨日あんなことがあったせいで、獅子雄中佐は愛理とろくに話せてない。
ここは愛理の身の振りも含めてちょっと三者会談といこうか。




