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61話「敗北の代償」

 俺は陣足でイベントホライゾンの陰から飛び出した。

 一直線に向かうのはクシャナさんのところ。

 こうなったら俺がなんとかするしかない。

 俺が、クシャナさんを助けないと。


「ジュリエッタ。止めて(・・・)くれるかい?」


 優男はクシャナさんに何か術式をかけながら言った。

 それに頷くハルバードの少女。


「……任せて」


 ジュリエッタの迎撃。

 一瞬で目の前に立ちふさがるハルバードの少女。

 勝ち目は無い。

 クシャナさんをあそこまで追い詰める相手に、俺には対抗できる手段が無い。


「ファイヤー、ストーム!」


 だからこそ全力で撹乱。

 相手の視界を奪って、勝機を作る。

 狙うのは優男。

 あいつを人質に取って、この場を制するしかない。


 俺は炎の嵐を目隠しにしてジュリエッタの間合いに飛び込んだ。

 直前に感じた殺気だけを頼りにスライディング。

 頭の上をハルバードが薙いでいく。

 刃を立てず、斧の側面をハタキ代わりにした打撃攻撃。

 間一髪それをかい潜った俺は、でもそのまま優男に向かうことはしなかった。

 この間合いでジュリエッタに背中を見せればアウトだ。

 俺はさらに火炎をまき散らして撹乱を維持。

 ジュリエッタの居る位置に向かって突き刺すような後ろ回し蹴りを放つ。

 伝わってくるたしかな手ごたえ。

 ただし人間の体じゃなくて、堅い棒をとらえた感触。

 俺の蹴りはハルバードの柄で防御されたらしい。

 それでもハイパーバリーで増幅された運動エネルギーだ。

 ジュリエッタの体を後方に大きく弾き飛ばすことには成功した。

 これこそが唯一、千載一遇の勝機。

 俺は一気に優男に間合いを詰める。


「ッ――!?」


 もう目の前、あと一歩の踏み込みで手が届く間合いだった。

 そこまで近づいて、それでも俺は急停止せずにはいられなかった。

 振り返った優男が、まぶたを開いて俺を見たからだ。

 黒眼。

 まるで黒曜石をはめこんだみたいに全体が真っ黒な眼球。

 あまりに不吉なその眼力に、俺はそれ以上の接近を躊躇した。

 そしてその一瞬の躊躇が致命的だった。


 ザッ――


 背後に着地する人の気配。

 それは俺が反応するより早く殺気を解き放った。

 脇腹に鈍痛。

 同時に横殴りの衝撃に薙ぎ払われた俺。

 ひとたまりもなく殴り飛ばされ地面を舐める。

 ジュリエッタだ。

 斧槍とは逆の柄尻を振りぬいた姿勢で俺を見下ろしてる。


「修司! ッ……」


 こっちに駆け寄ろうとする白夜と緒方大尉にジュリエッタがハルバードの穂先を突きつける。


「やめろ……。手は、出すな……」


 ジュリエッタは強い。

 いや、強すぎる。

 たとえ白夜と緒方大尉の2人掛かりでも勝つのは無理だ。


「その通り。大人しくしてくれれば命は取らないよ。ただ今後の安全のために、女王陛下にすこし不自由をがまんしてもらうだけさ」


 優男はそう言いつつ、クシャナさんにさらに術式を重ねていく。

 それは攻撃的な魔術じゃないんだとは思う。

 でも絶対不利益にしかならないようなものに違いない。


「クシャナ、さん……」


 俺が助けないと。

 今までクシャナさんは何があっても俺を助けてくれたんだ。

 こういう時くらい役に立たないとただのお荷物じゃないか。

 いや、さっきの戦いだってそうだ。

 俺たちを巻き込む心配さえなければ、クシャナさんは周囲一帯を一撃で灰にすることだって出来た。

 それも出来ずにこんなことになったのは俺のせいだ。

 ジュリエッタが手強いって分かった時点で俺がみんなを連れてここを離れてれば。

 くそ。

 何もかもが甘すぎた。


「これは多重術式による封印でね、女王陛下の力をほとんど完全に抑え込んでしまえるはずだよ。それに一度掛けてしまえば術者である僕自身にさえ解呪出来ない。つまり能力的には死んだと同じだから、ジュリエッタも納得してくれるよ。ね、そうだろう?」


 優男はそうジュリエッタに問いかけた。

 今はまたまぶたは閉じられてて、元通り穏やかに微笑んでる。


「ブラックアイズ、あなたは甘い。この危険な生き物は一匹残らず絶滅させるべき」


 ブラックアイズ、か。

 まさしく見た目そのままの呼び名だ。


「君は結論を急ぎすぎだよ。彼女の運命は彼女自身の選択によって自ずから定められる。そこに僕たちが介入するべきじゃない」


 言ってブラックアイズはさらに術式を追加した。

 それは光でできた鎖。

 白光の戒めがクシャナさんの体を締め上げる空中へと浮かす。

 そして変化が始まった。

 鎖はどんんどんと数を増し量を増し、クシャナさんの足を折りたたむように全身を覆い尽くす。

 やがて1つの繭みたいになったそれは、中を締め上げるようにサイズを小さくしていく。

 ギチギチ。

 ギチギチと。

 いきついたのは、クシャナさんの本体が収まるはずのない大きさ。

 人間の大人一人だって入られないようなところまで圧縮され、そして繭は光を放った。

 亀裂が入るように、そして亀裂は数を増すように、眩い閃光が中からあふれ出した。

 あまりの光量に俺は目を庇った。

 なんだ?

 なにが起こってるるんだ?

 あいつはクシャナさんになにをしたんだ?

 そうしてしばらくして光の爆発が収まった。

 俺はもう一度視線を戻す。

 そこに小さな子供が浮いてた。

 9歳か10歳くらいの、薄紫の髪をした少女。


「クシャナさん……?」


 面影はある。

 目をつぶったまま動かないけど、それはきっとクシャナさんで間違いない。

 そして変わり果てた小さな体は、ゆっくりと降下して地面に横たわった。


「どうやら成功したようだね。あまりに強大な相手だから心配だったけど、これでジュリエッタの憂いは無くなったわけだ」

「お前っ、なにしやがった!?」

「見ての通りだよ。今の彼女は見た目に違わないただの子供になったんだ。だからもう誰にとっても、世界にとっても脅威にはならない。そのうえでこれからどう生きるかは彼女次第だね」

「ふざっ、けんな。今すぐ元に戻せ、じゃないと俺がお前を――」

「言っただろう。もう僕にも戻せない。それにこの方がきっと幸せだよ。クシャーナ=リュールの本性を知らずに生きていけるのだから。君も、彼女自身もね」


 クシャナさんの本性?

 こいつ何を言ってるんだ。

 そんなのは俺が一番よく知ってるんだよ。

 見た目に素っ気なくて、でもほんとはすごく優しくて、いつもそっと手を差し伸べてくれる。

 それがクシャナさんだ。

 俺のたった一人の家族だ。


 俺は軋む体に鞭を打って立ち上がった。

 一歩ずつ前に。

 もう手遅れなのかもしれない。

 結果は何も変わらないのかもしれない。

 それでも俺は立ち向かわないといけない。

 もう何をやっても後の祭りなら、せめてあの相変わらず微笑みを崩さない優男を俺は殴る。


「……」

「いや。大丈夫だよ。手は出さなくていい」


 俺の動きを察知して一歩を踏み出そうとしたジュリエッタをブラックアイズが制した。

 ジュリエッタも今の俺が何か出来ると思ってないのか、それ以上の行動には出ない。

 なめるな。

 手傷を負ってたって攻撃力が無くなったわけじゃない。

 優男の前まで辿り着いたおれは右の拳をゆっくりと振りかぶる。


「レトリック……、ハイパーバリー――」


 俺は避けようともしない相手に今打てる最大の力で拳を振った。

 たとえ素のパンチ力が出なくても、最大増幅すればそれなりの威力にはなるはず。

 でも――


「なん、で……?」


 ブラックアイズが俺の拳を掌で受け止め微笑む。

 直後に反撃。

 拳を止めた掌から衝撃属性の魔力波動を撃ち込まれ、俺は後ろへと吹き飛ばされた。

 どうしてだ。

 ハイパーバリーで威力を増幅したのに、どうしてあんなに軽く止められた?


「一つ忠告しよう。たしかにレトリックは強力だけど、あまり過信はしないことだ。容易く手に入れた力は、やはり容易く人を裏切る」


 そう言うと、ブラックアイズは踵を返して廃墟と化した館へと向かって行く。

 その後にジュリエッタが続き、俺たちは誰ひとりその背中を止めることが出来なかった。


 辛うじて残った館の玄関に辿り着いたブラックアイズが扉に手をかける。

 イベントホライゾンのおかげでジュリエッタに破壊されずにそこだけ壊されずに残ってたやつだ。

 扉がゆっくりと開かれる。

 その向こうにはやっぱりどこかの図書館が広がってた。


「それではさようならだ。運命が扉を叩いたらまた会おう」


 そう言い残して2人は扉を閉める。

 その衝撃で、持ちこたえていた玄関の最後の一部が扉ごと倒れた。

 壁が崩れた向こうには館の瓦礫が一面に広がってるだけ。

 2人の姿も古風な図書館もどこにもない。

 世界転移能力。

 静寂だけを残して、2人はどこかの異世界へと去った。


 結局俺は、クシャナさんのために何をしてあげることも出来なかった。

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