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60話「女王失墜」

 館から飛び出したクシャナさんとジュリエッタは、表の庭に戦場を移してた。

 2人は愛理の罠をものともせず庭を駆け回る。

 地面から突き出てくる鉄杭。

 いきなり空中に錬成されて落ちてくるギロチン。

 そんな全部が2人には当たる気配すら無い。

 超高速戦闘をしながら完全に見切ってる。

 クシャナさんはともかく、ジュリエッタも立ち回りは今のところ互角ってことだ。


 だけどな、クシャナさんはまだこんなもんじゃないぜ?


 そんな解説キャラの煽りみたいなことを俺が思ってると、案の定クシャナさんが狭間を使った攻撃に切り替えた。

 上位魔族のレーベントーレでさえしのぎきれなかったクシャナさんの得意戦法。

 全方位が死角と化すこの攻撃ならさすがのジュリエッタも防ぎきれないだろう。

 当然だ。

 実際、ジュリエッタは後手に回るようになった。

 突然襲って来るクシャナさんの鉤爪を必死に防御してる。

 反応出来るだけ大したもんだけど防戦一方。

 これで決着ありか。

 そう思った時、2人が戦ってる庭に入って行く人影があった。

 それはあの目を閉じたままの優男だった。


「おい。お前なにしてんだ。見えてないのか知らないけど、それ以上近づいたら死ぬぞ?」


 我ながらお人よしだな。

 でもこのままほっといてほんとに死なれても胸糞悪いだろ。

 ジュリエッタの仲間だから敵ってことになるんだろうけど、目が見えない奴がまずいことになりそうだったら普通止めるよな?

 まぁ、少なくとも俺はそう思ったんだけど、


「大丈夫だよ。ちゃんと見えているからね」


 優男はそう言って止まることなく歩いていく。

 ほんとかよ?

 だったらあそこに近づこうなんて普通思わないだろ。

 やっぱり盲目だからか?

 これは引っ張ってでも止めた方がいいんじゃないか?

 俺の困惑をよそに、優男はついにジュリエッタのすぐ傍に立った。


「だから言ったじゃないか。いくら君でもなんの準備も無しに戦うには厳しい相手だよ。あの女王陛下はね」


 優男は戦いのすぐ近くに居るってのに、全然危機感を感じさせない態度でそう言った。

 それはまるでリングの外、ロープ一本で仕切られた安全地帯からものを言うようなのん気さだ。

 優男があんまりにも場違いだからか、クシャナさんの攻撃もちょっと止まってる。


「居場所さえ分かれば勝てる。姿さえ見えれば……」


 そう言ってジュリエッタは優男を強く見つめる。

 一方、優男は少し困ったような顔をしながら、最後にはため息をついて微笑んだ。


「それじゃあ仕方ない。僕が少しだけ君の目になろう。2対1なんてフェアじゃないけれど、女王陛下が相手ならこれくらいのハンデは許されるだろうからね」


 優男のその言葉でジュリエッタの立ち回りが変わった。

 さっきまでの立ち回りは、全方位に神経を研ぎ澄ませてクシャナさんの出方を探るやり方だった。

 でも今は優男の視線の先にだけ集中して周りなんか見ない。

 どういうつもりだ?

 さっき優男は自分が目になるみたいに言ってたけど……。

 そう、実際優男はまぶたを閉じたまま顔を動かして何かを追いかけてる。

 なんだ?

 こいついったいなにを追いかけてるんだよ?


「おっと」


 優男が突然何かに反応して身を引いた。

 それに合わせてジュリエッタがハルバードを突き出した。 

 それは優男の顔が見ていた方向。

 その何もない空間に向かって、ジュリエッタは攻撃を仕掛けた。


「あれは、どういうことだ……?」


 獅子雄中佐が戸惑いの声を上げた。

 それももっともだ。

 空中を突いたはずのハルバードの先端、槍と斧が一緒になった部分が消えてる。

 直前までたしかに有ったはず。

 でも突きが伸びきる瞬間にフレームアウトするように消えて無くなった。

 今ジュリエッタが握ってるのは先端の無いただの棒。

 でもその認識が間違いだったことが、直後に判明した。

 突きを放ってから一拍。

 ジュリエッタが柄を引き戻すと、まるで手品みたいにハルバードの先端が姿を現した。

 無くなったんじゃなくて、見えなくなってただけ。

 その証拠に斧槍の部分は今はたしかに存在してる。

 しかも槍の穂先からは紫の液体を滴らせてる。

 ちょっとまて。

 あれはまさかクシャナさんの血か?

 ジュリエッタは狭間に居るクシャナさんを攻撃した?


 そのあともジュリエッタは優男の顔の動きを頼りに攻撃を続けた。

 突けば先端が消えて、戻せばクシャナさんの血が飛び散る。

 淡々と。

 延々と。

 まるで機械みたいに繰り返される攻防。

 そしてついにクシャナさんが音を上げた。

 空間を切り裂いてクシャナさんが俺たちの前方に現れる。

 その体にはいくつもの刺し傷。

 そこから流れる血が容赦なく地面を濡らす。


「やっと出て来た。これでちゃんととどめが刺せる」


 ジュリエッタが構えた。

 足を大きく広げ、ハルバードをロケットランチャーみたいに担ぐ。

 そして放たれた閃光。

 館の中で撃ったのより明らかに強力な魔力波動。

 クシャナさんは避けなかった。

 ジュリエッタの攻撃を魔力障壁で受け止める。


「白夜! イベントホライゾン!」

「分かってるわよ!」


 ジュリエッタの攻撃は、クシャナさんの魔力障壁に当たって拡散するように枝分かれした。

 元は真っすぐの極大ビーム砲みたいだったのが分裂してうねるように荒れ狂ってる。

 たまらないのはクシャナさんの後ろに居る俺たちだ。

 この状況じゃ逃げるに逃げられないし、イベントホライゾンの陰に隠れるくらいしか出来ない。

 周囲じゃ魔力波動が手当たり次第に破壊しまくってる。

 主に愛理の館を。


「あぁ! ボクの工房がぁ!」

「諦めろ。クシャナさんが守ってくれてなきゃ俺たちもああなってたぞ!」


 イベントホライゾンの後ろで身を寄せ合いながら叫ぶ。

 そうだ。

 クシャナさんは俺たちが居るからあえて逃げずに受け止めることを選んだ。

 それはつまり、俺たちがクシャナさんから回避って選択肢を奪ったってことだ。


 ジュリエッタの攻撃が止んで、辺りは急に静かになった。

 せいぜい瓦礫になった愛理の館の一部がいまだにガラガラ言ってる程度。

 クシャナさんも体から煙を上げて動かない。

 死んではないと思うけど、かなりのダメージを受けてるのは間違いない。

 魔力障壁でも魔力波動を遮断しきれなかったんだ。


「ふう。なんとか勝てたみたいだね。状況的にはこちらに有利だったとは言え、さすがに生きた心地がしなかったよ」

「まだ。ちゃんと殺してからでないと安心出来ない」


 この状況でものん気な態度の優男と、それを諫めるようなジュリエッタ。

 うそだろ。

 クシャナさんが負ける?

 あり得ない。

 こんなこと、絶対にあり得ない。


「穏やかじゃないね。何も殺す必要はないと思うのだけれど?」

「必要はある。生かしておけば、次こそあなたや世界の脅威になる。これはそういう害虫。この個体は、特に強い」

「大丈夫だよ。殺さなくても羽をもぐことは出来る。あとは僕任せていいよ」


 殺す?

 羽をもぐ?

 ふざっけんなよ。

 そんなこと、俺がさせるかよ!

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