58話「謎めいた来訪者」
「やぁ、はじめまして。急な訪問で失礼するよ。何せ僕たちとしても予定外だったものだから、アポイントメントを取る暇が無くてね」
幼女が閉めたドアを背に、男の方がそう言った。
こいつは俺より少し年上くらいだ。
男にしてはちょっとだけ髪が長めの美形。
でも両目をずっと閉じたままなのが気になるな。
とにかく、はじめましてってことは愛理の知り合いじゃなさそうだ。
もちろん俺だってはじめましてだし記憶にもない。
まったく知らない男だ。
「誰だよ、お前。何しに来た?」
俺は一歩前に出て男と向き合う。
なんか俺が代表者みたいだけど仕方ない。
愛理にこんな得体の知れない奴の相手はさせられないしな。
獅子雄中佐とかだって事情が呑み込めずに戸惑ってるし。
消去法的に言って俺しか居ないだろ。
「そう警戒しないで欲しいな。僕たちはただ、そこの可愛い錬金術師さんを悪者から守りにきただけだよ。もっとも、その必要はもう無くなったみたいだけれど」
錬金術師ってことは愛理のことか。
まぁ、ここは愛理の工房だし、用があるとすれば当然愛理だろうけど。
「修司。この人悪い人じゃないかも」
「バカ。ちょっと可愛いって言われたくらいで油断すんな」
「えー、だって本当のことだよ? 本当のことを言うってことは、正直でいい人ってことじゃない?」
「お前、相変わらず自信たっぷりだな」
愛理はなんて言うか、かなりの自信家だ。
見た目にしろ頭の出来にしろ、こいつの自己評価はかなり高い。
まぁ、あながち間違ってないんだけど、すぐ調子にのるからな。
「だってボクは超絶美少女スーパー錬金術師愛理ちゃんだよ? 修司ももっと褒めてくれていいんだよ?」
「何が超絶だよ。自分でよく言うな」
「むむー。修司はボクのこと可愛いって言ってくれないの?」
「はいはい。分かったから後ろに下がってろって」
案の定わけが分からないこと言い出した愛理を引っ込める。
今はこいつとじゃれ合ってる場合じゃない。
「ふふ。彼女が元気そうでなによりだよ。それもこれも君が守ってくれたから、なのかな?」
「守るって、さっきの黒い奴のことか? お前あれがなんだったのか知ってるのか? つか愛理が狙われてるって知ってたのか?」
「もちろん知っていたから来たんだよ。あれは、そうだね、いずれ君たちの敵になる相手の手先と言ったところかな」
「いずれ、だ? 愛理はもう襲われたんだぞ。喧嘩ならとっくに始まってるだろうが」
「いや。向こうはまだきっと本気じゃないさ。単に不確定要素として探りを入れに来ただけだろうね」
「そりゃずいぶんすかした奴だな。で、どこの誰なんだよ。そいつは?」
「それはいずれ分かるよ。今、僕の口から教えることじゃない」
「なんだそりゃ。ずいぶん自分勝手なんだな」
「時が来ればいやでも知ることになるよ。そう。運命は君たちを待っているんだからね」
優男はそう言って微笑んだ。
なんなんだろうな。
こいつはいったい何を知ってて、何を黙ってるんだ?
不可解過ぎてイヤな感じだ。
「それよりも今はもっと大事な話をしよう。僕はむしろそのために来たんだ」
「そーかよ。さっきのより大事な話があるなら聞きたいね」
「あるとも。それは君たちの研究している太古の英知、古代錬金遺物についてだよ」
古代錬金遺物、つまりレトリックのことか?
おいおい、どうなってんだよ。
これについてはどこにも公表なんてしてない秘密のアイテムだぞ。
そりゃ多少何人かには話してるけどさ。
それにしたってこいつはどこから情報を仕入れたんだよ。
「端的に言うとね、君と錬金術師さんの2人に一緒に来て欲しい。君たちの研究しているそれはね、とても重要なものなんだ。だからそれを僕と一緒に世界のために役立てて欲しい」
「世界のためにって、そりゃあれか? 正義の味方になってさっき言ってた悪い奴と戦えってことか?」
「いや、そういう単純な話しではないよ。レトリックはね、君たちの世界が置かれている状況に対して打開策になり得る数少ない可能性なんだ」
「レトリックが? それっていったいどういう……。いや、それより――」
「待ってくれ。君は僕たちの世界に何が起こっているのか知ってるのか?」
俺が聞こうとしてた疑問を、話しに割り込んで来た獅子雄中佐が代わりに言った。
まぁこの人からしたら黙ってはいられない話題だよな。
「状況そのものは把握しているつもりだよ。原因については、色々可能性は考えられる、と言ったところかな」
「なるほど。では君は事態の解決するために諸神君たちを必要としているのか? だったら――」
「いや。悪いけどあなたの言う解決を僕は目指していないと思うよ」
優男は獅子雄中佐の言葉が終わるより先に答えを言った。
「あなたが考えているのは原因の究明とその打開策の立案だと思うけれど、最終的にどうなれば事態は解決されたことになるのかな?」
「それはもちろん、変化してしまったものが元に戻ったら、だ」
「だとすれば、やはり僕はあなたの思っているような人間ではないよ。何故なら僕は、変わってしまったものを元に戻そうなんて考えていないのだからね」
優男は中佐に向かってそう言った。
「僕はね、あの状況は決して悪いものとは思っていないよ。むしろ可能性に満ち溢れた好ましい在り方だと思っている」
「好ましい? 世界が本当の姿からかけ離れてしまっているのに、それの何が好ましいんだ?」
「かけ離れているからこそ、だよ。あなたたちはきっと覚えていないだろうけど、あの世界の元の姿なんてひどくつまらない世界さ。人間にしてもそう。夢見ることを忘れて、ただ回り続けるだけの歯車のような哀れな存在」
言ってること自体は分からなくもない。
俺のイメージだと元の世界の大人ってのは、つまらなそうな顔をしたサラリーマンだ。
それに比べると今のアナザー東京じゃみんな割と生き生きしてる。
冒険者にしてもそう。猫人やオーク、駅員のリョウスケだって社会の歯車って感じは全然しなかった。
だからそういう意味でなら前よりはいいのかもしれない。
「なら何をどうするつもりだ? 元に戻すつもりが無いなら、諸神君たちに何を協力させるつもりだ?」
「コントロールするんだよ。今はまだ好ましくとも、いずれどうなるかは分からない。だから今の内に打てる手は打っておく。都合が悪くならない内にね」
「コントロール? どういうことだ? 僕たちの世界はあの状態になってしまった、というだけの話しじゃないのか?」
「それもいずれ分かるよ。とにかく話しはここまでだ。何しろ怖い人が戻って来たみたいだからね」
その言葉と同時に、見計らったみたいに俺のすぐ側の頭上で空間が裂ける。
落ちて来たのは人間に化身したクシャナさんだった。
「遅くなりました。無事ですか、シュウジ?」
そう言ってクシャナさんは真っ先に俺を心配してくれるのだった。




