54話「衛兵隊の弁明」
王都は中心に向かうほど雰囲気がピリピリしてた。
つまり妖魔たちが居るところに近づいてるってことだな。
どうも街全体が襲われてるってわけじゃないみたい。
なんでだろ。
魔物が襲ってきたら普通もっと全体的に荒らされるもんなんだけどな。
変な感じ。
とにかく俺たちは全員でひと固まりになって大通りを歩いてる。
でも人通りは少ないな。
店もどこも閉まってる。開いてる店なんかどこにも無い。
そりゃのんきに商売やってる場合じゃないだろうからね。
家の窓とかも全部閉められてて、みんな中に閉じこもってるのが分かる。
まぁ、妖魔がその気になれば窓とか扉なんて意味無いけどさ。
どうしてあいつらもっと街を襲わないんだ?
いや、これじゃ俺が悪人みたいだな。
襲われないなら襲われないでいいよ。うん。
それは本当。
ただなんか引っかかるんだよ。
妖魔があんまり悪さしない理由がさ。
「クシャナさん、どう? あいつらいっぱい居る?」
「いえ。数は思ったほどでもないようです。ですが妖魔だけではありませんね。他にも何か大きいのが居ます」
「大きいの?」
「遠いので種族までは分かりませんが、地上に気配を感じます。それもよくないことに、魔物はアイリの近くに集まっているみたいですね」
「え!?」
どういうことだよ、それ。
まさかあいつが戦ってるのか?
でもなんで?
そりゃ愛理だって全然戦えないってわけじゃない。
でも基本的には研究者を気取ってるやつだ。
だから自分から争いごとになんて首は突っ込まないはず。
それにここは王都の中だぞ。
たまたま運悪く魔物に出くわして、って話も普通じゃ考えにくい
「なんかよく分かんないけど急ごうよ。愛理が戦ってるなら助けないとさ?」
「ええ。もちろんそのつもりですが、その前に彼らに話を聞きましょう」
「ああ、あれってたしかこの国の……」
クシャナさんが見つけたのは、王都で警察兼守備隊みたいなことをしてる人たちだった。
ほらあれだ。
たしか衛兵隊とか言ったっけ。
その人たちがこの王都で一番でっかい聖堂のとこに集まってる。
なんだろ。
妖魔に対処するためだろうけど、あんまり雰囲気よくなさそうだな。
「あ、これはクシャーナ様。少々お待ちください。すぐに隊長たちを呼んでまいります」
クシャナさんに気付いた隊員の一人が慌てて聖堂の中に駆け込んで行った。
他にもイスを持って来る人。水を持って来る人。槍と布で即席の日除けの天幕作ったりする人たち。
みんな色々気を使ってくれる。
クシャナさんはそんな人たちを手で制してそんなの必要無いって意思表示をした。
この国じゃ愛理は要人扱いだけど、見ての通りクシャナさんだって負けてない。
もっとも愛理とは事情が違って、絶対に怒らせちゃいけないって知ってるからだけど。
「クシャーナ様! これは、急なお越しで……」
聖堂の中から出てきたのは、髭モジャの衛兵隊長さんと部下の皆さんだった。
その人たちはクシャナさんの前まで来ると、片膝をついて騎士みたいなポーズになった。
別に前もって連絡したことなんか今までも無かったけどな。
なんかばつが悪そうなのはやっぱり愛理のせいかも。
「挨拶は要りません。それよりもこの状況はどうしました?」
「ハ! それが昨夜のこと、妖魔に突然の襲来を受け、我ら衛兵隊一丸となって対抗するも戦力差甚だしく――」
「……それでアイリはどうしています? 魔物はあの子のところに集まっていますね?」
「ご、ご心配なく。アイリーン師はいまだ健在であられます。たしかに工房は妖魔どもに囲まれておりますが、錬金の技にて接近を防いでおいでです」
アイリーンっていうのは愛理のことな。
なんか知らないけどこの人たち、愛理をそう呼ぶんだよ。
間違えてるっていうか、アイリって発音がアイリーンのニックネームだと思い込んでるみたい。
「それにしても一晩もですか? あなたたちはそのあいだ何をしていたのです?」
クシャナさんのその一言で衛兵隊長の顔が一気に青くなった。
なんて言うか、この状況の責任を取らされないか心配してるっぽい。
いや、そんなにビビらなくても大丈夫だから。
「無論救出には向かいました。我が隊だけでなく、新兵器を携えたゴルドアの援軍と共に。ですが妖魔のほかにグリフォンが現れゴルドア軍は壊滅。我らも何とか逃げ延びて次の作戦を練っていたところです」
「作戦ですか。ゴルドアが敗れた以上、あなたたちだけではグリフォンの相手は難しいでしょう。それとも他に援軍が見込めますか?」
「いえ、正直なところこれ以上ゴルドアには期待できません。然らば決死の覚悟で陽動作戦を行い、さらに少数精鋭で館に潜入。アイリーン師を連れて密かに脱出を図る、とそういう算段をいたしていた次第で……」
ほんとかよ。
それってただの限界までがんばってましたアピールじゃね?
まぁ、どっちにしてもクシャナさんがここに居る以上、この人たちに無理に助けに行かせる必要は無い。
「分かりました。アイリのことは私が引き受けます。あなたたちは休んでいて構いませんよ」
「いえ。クシャーナ様のお手を煩わせておきながら休んでいたとあっては我らの恥。せめてお供だけでもさせていただけませんか?」
あ。さてはこいつら、クシャナさんの後ろなら安全だと踏んでるな?
そのうえで自分たちも協力したって恰好にしたいんだろ。
でも結局後ろに居るだけだったら意味無いぞ。
「心遣いは無用です。あなたたちはここで待っていてください」
よかったね、隊長さん。
クシャナさんがそういうつまらない打算に興味無くて。
まぁ、そんなわけで俺たちは愛理の館に向かった。




