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幕間その5「とある異世界にて」

 とある世界、とある大陸にセルヴェール王国と言う国がある。

 豊かな緑に囲まれ、勾配の少ない国土を流れる河はどれも穏やかで澄んでいる。

 気候は一年を通して麗らか。

 暖かい日差しと柔らかい風。時には雨が適度に降り、雨露に濡れた草木は宙に溶け出すように匂いを放つ。

 そんな終わらない春のような日々の中で、人々は耕作や酪農を営んで暮らしていた。

 自然と共にある、満ち足りた生活。

 ただそんなセルヴェールには強い軍隊が欠けていた。

 その理由は単純だ。

 大陸屈指の強国、ゴルドア帝国の庇護下にあるこの国には、強大な軍備を備える必要も権利も無いのだ。

 ゴルドアはセルヴェールの国防の大部分を肩代わりしている。

 代わりにセルヴェールは毎年秋には大量の農作物を献上しなければならない。

 言ってみれば属国と宗主国の間柄だ。

 それでも、控えめに見ても両国の仲は悪くなかった。

 元々セルヴェールの初代国王は、当時のゴルドア王の第三王女を妻に迎えた人物だった。

 前王朝の傲慢さに耐えかねた外様貴族のクーデター。

 それを支援したゴルドアは、新生セルヴェールに王女を嫁がせた。

 後々の国益を見越した政略結婚。

 しかし政略結婚とは言え身内は身内。

 ゴルドアはセルヴェールに圧政を敷くこともなく、律儀に宗主国としての務めを果たしてきた。


 ただ、今回ばかりはゴルドアの庇護は後手に回っていた。

 是非も無い。事態があまりに唐突だったのだ。

 セルヴェールの王都ウィシュタルを妖魔の群れが襲ったのは、収穫祭を半月ほど過ぎたとある日の宵の口のことだった。

 夕食を終えた市民のいつもの歓談。

 そこへ東の空から翼を持った妖魔の一軍が襲い掛かってきたのだ。

 セルヴェールの大半の国民は武術にも魔術にも馴染みが薄い。

 突然の妖魔の襲撃に自衛できるはずもなかった。

 頼みのゴルドア軍も、戦時でもない今、国境警備隊が辺境で隣国に睨みを利かせている程度だ。

 結果として、この襲撃に対処できたのは王都の治安を預かる衛兵隊だけだった。


「隊長。マーサム地区とセルセド地区の避難は完了したようです。隣接する地区に関しては各班が誘導に当たっています」

「……そうか。出来るだけ急がせろ。この状況がいつまで持つか分からんぞ」


 事態の対処に当たる衛兵隊が陣を張った王都随一の大聖堂。

 幹部たちの集まる臨時指揮所は不穏なほどの静けさに包まれていた。


「それにしても、思ったより犠牲者は少なくて済むかもしれませんな」


 大テーブルを囲む幹部の一人が誰にともなく言った。

 集まっているのは騎士装束に身を包み長剣を腰に下げた男たち。

 彼らの前には王都ウィシュタル全域が記された大判の地図が広げられている。


「ええ。妖魔が一か所に集まってくれているうちに市民を逃がせれば、犠牲者の数はかなり減るでしょう」

「何を悠長な。そのために誰を囮にしているのか分かっているのか!?」


 激高した一人が地図ごとテーブルを叩く。

 その拍子に地図の上に置かれた敵と味方を表す駒が揺れた。


 青く塗られた味方の駒は数が少なく、ウィシュタルの各所にまばらに配置されている。

 それは、ただでさえさほど規模の大きくない衛兵隊が分散して市民の避難誘導を行っているからだった。


 対して敵(今この時においては妖魔)を表す駒は多い。

 実際に妖魔の数を数えたわけではない。

 駒の多さは狂暴な妖魔が大挙して押し寄せた恐怖を表しているのだ。

 そして今問題にされているのは、その妖魔たちがある人物のところに集中して押し寄せていることだった。


「それは理解しているが、しかしあのお方は自ら工房へ残られたのだ。妖魔の狙いがご自分だと分かられたうえで、市民を巻き添えにしないようにと、ことを図ってくだされたのではないか」

「左様。さすがは希代の錬金術師と謳われるほどのお方。お一人であの数の妖魔と渡り合うとは頼もしい」

「何を言っているのだ。あの方は本来自ら戦いをなさるような方ではない。今もって妖魔に対抗出来ているのは、錬金の研究成果がずば抜けているから武器になり得ているだけのこと。それも消耗戦となればいつまで持つことか」

「もし錬金術師殿に万が一のことがあれば、我々は妖魔より恐ろしい神の怒りを買うことになるでしょうね」


 幹部の一人が言ったその言葉で、場の雰囲気が変わった。

 それはある種の緊張感で、背筋が冷たくなるような緊迫感だ。

 何故ならその錬金術師は、この世で最も恐ろしい部類の存在と関わり合いがあるのだから。


「たしかにそれこそ最悪の事態。やはり今すぐ錬金術師殿を救出に向かうべきでは?」

「しかしどうやって? 我々では今さら妖魔の群れを突破することなど出来ないでしょう?」

「まぁまぁ、お忘れか。もう少しすればゴルドアの援軍が来るではないですか。そうすれば錬金術師殿を助けることもあながち――。む、ちょうど来たようですな」


 大聖堂の外から響いてくる騒音に、紛糾していた幹部たちのざわめきが収まった。

 全員が我先にと出口に向かい、ゴルドア軍の到着を出迎える。


「おお。壮観ですな。数はともかくさすがは帝国の精鋭。実に頼もしい雄姿だ」

「それに見てください。あれがゴルドア軍の虎の子、獣砲車ですよ」


 獣砲車とはゴルドアの生み出した砲の付いた特殊な荷車である。

 荷車と言っても普通のものとは比較も出来ない。

 それは鉄でできた巨大な車体に細長い大砲が備え付けられている。

 帯状の特殊な車輪はどんな地形でも走り抜け、たった1台で一個騎士団さえ蹂躙するとさえ言われる魔物のような兵器だ。


「あれさえ居てくれれば怖いものなぞありません。早速我らも出陣しようではないですか」


 そうして衛兵隊は弓矢槍を手に馬へと騎乗する。

 あまりに場違いな鋼鉄の怪物は、それでも誰に訝しまれることはなかった。

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