４８話「それぞれの誤算」
「行くぞ、白夜！」
俺はそう叫ぶと同時にイベントホライゾンの影から飛び出した。
同時に右手に握った火属性の破片をレーヴェントーレに向かってぶちまける。
メテオスラッグ。
極小のメテオをまき散らす拡散型の攻撃スキルだ。
思いっきり広がるように投げたから完全に回避するのはさすがに無理だろ。
実際、レーヴェントーレは逃げるより魔力障壁で防御することを選んだ。
たぶん数が多いだけで威力は大したことないって見抜いたんだろうな。
あいつは物事を見抜く目がずば抜けてるからそうだろう。
でもそれは今は裏目だ。
こっちにしてみれば、足さえ止めてくれればダメージなんて入れようとか思ってない。
そういう意味でこの状況は思惑通り。
動かないレーヴェントーレに向かって白夜がイベントホライゾンを前進させる。
さぁ、どうする？
まさかイベントホライゾンを過小評価してるわけじゃないだろ。
回避するタイミングを計ってるのか？
それとも受け止めれる秘策でもあるのか？
回避と防御。
レーヴェントーレがどっちを選択するかで俺の対処も決まる。
反応する猶予は一瞬だ。
少しでも送れると勝ち目は無い。
「粗末な挟撃だ。想定が甘いぞ！」
レーヴェントーレの一喝するような声。
同時に両腕を横に突き出して魔力弾を撃った。
それは魔力障壁を避けるように横に飛んで行く。
何やってんだ？ 暴発か？
一瞬そう思ったけど全然違った。
一回壁に当たった魔力弾が反射してこっちに向かってくる。
「跳弾攻撃かよ！」
くそ。手馴れてやがる。
跳ね返った魔力弾は正確に俺を打ち抜く軌道だ。
俺は魔力障壁なんて防御技は出来ない。
だからどうしても魔力弾を回避しないとダメだ。
それはつまりレーヴェントーレを追い詰める連携に参加出来ないってこと。
「チッ――」
俺は仕方なく後ろに下がって魔力弾の軌道から逃げた。
やってくれるよ、ほんと。
レーヴェントーレの奴、防御でも回避でもなく攻撃に出てくるとはな。
あいつの言う通り、たしかに想定が甘かった。
昔から攻撃は最大の防御って言うくらいだ。
おかげでこっちは完全に作戦を潰された。
なんとかもう一回チャンスを作らないと――
「まだだ！ 甘いと言っているだろう！」
左右から一発ずつ迫って来る魔力弾を避けた瞬間、レーヴェントーレが叫んだ。
そして両手から次々に打ち出される魔力弾。
今度は横だけじゃなくて、上とか後ろの壁とかにも反射させてきた。
しかも何回も跳弾して全方位から襲ってくる。
卑怯だろ、こんなの！
「修司！ こっち！」
白夜の声で俺はイベントホライゾンに向かって走った。
たしかにあれの近くに居れば背中くらいは守れる。
それにぶつかった魔力弾も消去してくれるだろうから一石二鳥だ。
でもそれで問題が解決するとか思ったら大間違い。
魔力弾の数が多すぎて弾幕系のシューティングゲーム状態だ。
イベントホライゾンを背に、あちこちから飛んでくる魔力弾を右へ避けたり左へ避けたりしゃがんで避けたり。
とにかく白夜と二人で必死に避け続ける。
「ははは。これはいつまでもつか見物だな」
そんな俺たちをレーヴェントーレが魔力障壁の向こうで嘲笑う。
「あっぶね！ チクショウ、ふざっけんなよ！ おい、コラ！ そんなとこで高みの見物キメてられんのも今の内だぞ！」
「いいから喋ってないでちゃんと避けなさいよ！ あんたがやられたらその時点で私たちの負けなんだからね！？」
「分かってるっつーの。分かってるけど、アイツ腹立つんだよ！」
「おやおや。そんなことを言われるとさらに弾を増やしたくなる、なッ！」
「ちょっと！ あんたのせいで余計につらくなったじゃない！ どうしてくれるのよ！？」
くそ。本気でキリがねーよ。
このままじゃその内こっちの体力が尽きて終わりだぞ。
「白夜。イベントホライゾン前に動かせ。こうなったらこのままあいつのとこに行ってやる」
こうなりゃ特攻だ。
とにかく距離を詰めれば何か出来るかもしれないからな。
俺たちは、少しずつ進むイベントホライゾンにくっついてレーヴェントーレのところに向かう。
もちろん魔力弾を避け続けながらだ。
「ほう。器用なものだな。傍から見ている分には滑稽極まりないぞ」
「うっせーよ、バカ！」
そりゃそうだろーよ。
あっちへこっちへ弾避けながらジリジリ移動してるんだ。
ヴィジュアル的にはバカみたいなのは分かってるっつーの。
「それではこういうのはどうだ？」
言ってレーヴェントーレは片足で床を踏み鳴らした。
その振動に乗せた衝撃性の魔力波動が俺たちの足元を襲う。
「うおッ」
突然床がスライドしたような感覚に襲われて体勢が崩れる。
とっさに手をついて耐えたけどピンチだ。
ここぞとばかりに襲って来る魔力弾。
それを俺はブレイクダンスみたくなってギリギリで回避を続ける。
ところが白夜の方は上手くいかなかったらしい。
「きゃあ――」
はっきりとした悲鳴。
白夜はバランスを崩した時に一発被弾したらしい。
床に膝をついて完全に死に体だ。
チクショウ。
俺はすぐに体勢を戻して白夜に駆け寄る。
イベントホライゾンとの間に白夜を挟んで魔力弾を素手で迎撃する。
「修、司……」
やべぇ。めっちゃ痛い。
なんの対策も無しだとマジで泣ける。
だけど逃げるわけにもいかない。
俺は全身を盾に白夜を守り続けた。
動けない俺を魔力弾が次々に滅多撃ちにする。
手加減されてるのは分かるけど、ちょっとマジでヤバい。
と、不意に魔力弾の嵐が止んだ。
不思議に思ってレーヴェントーレを見る。
そしたらあいつはあいつで攻撃をやめて違う方を見てた。
それは講堂の唯一の入り口、開いたままになってた観音扉だ。
そこには誰も居ない。
ただその外から一人分の足音が聞こえる。
硬い廊下を踏みしめて一歩一歩こっちに近づいてくる。
そして姿を現したのは、薄く紫がかった長い髪を持つ絶世の美女。
「クシャナ、さん……」
姿を現したその人は無言のまま講堂の中に入って来る。
そして俺たちが一望出来る位置で止まった。
辺りはただただ静かだった。
さっきまでこの場を支配してたレーヴェントーレが沈黙してるんだ。
他に動く奴も喋るやつも居るはずがない。
そんな中でクシャナさんは俺をじっと見つめる。
それは困ったような悲しんでるような無表情だった。
それから今度はレーヴェントーレに視線を向ける。
今度はっきりとした冷たい視線。
クシャナさんが感情を表に出すのは本当に珍しい。
「あなた、私の修司に手を出しましたね？」
ああ。
こんなタイミングで来てくれるんだから、クシャナさんはやっぱりイカしてる。
