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4話「話せば分かる?」

 止まれ。

 その俺のセリフにリザードマンはその場で足を止めて俺たちと向き合った。

 一応、言葉は通じるらしい。

 よかった。とりあえずクシャナさんによる開幕ジェノサイドだけは回避できたっぽい。

 

「何だぁ、お前ら。その女の仲間か?」


 返ってきたのはちゃんとした日本語だった。リザードマンらしいガラガラした声だけど下手な外国人なんかよりよっぽど喋れてる。


「クシャナさん。こいつ日本語が通じる。意外と頭いいっぽいよ」

「本当ですね。いかにも頭の悪そうな服を着たトカゲにしては大したものです」

「……。お前ら俺を舐めてんのか?」


 俺とクシャナさんの会話にリザードマンの声が不機嫌になった。やっぱりこいつは人間並みの頭の良さを持ってるってことで間違いないな。

 リザードマンに限った話しじゃないけど、同じ魔物でも住んでる世界が違えば習性だとか性質だとかに違いがある。たとえば世界全体が火山みたいに燃え盛ってる世界じゃ全部の魔物が基本火耐性持ちだった。他にも魔王が居る世界じゃ魔物界も完全な縦社会だったけど、そうじゃなけりゃただのサバンナ状態ってことも珍しくない。つまりどういう世界に住んでるかで魔物の在り方も変わってくんの。環境が人を作るってやつだな。今は魔物の話しだけど。

 そんなわけで魔物がどれくらいの知能を持つかってのも周りの環境に依存してるところがあるらしいんだよ。魔物の他に頭のいい種族、たとえば人間とかエルフが居ればリザードマンとかゴブリンとかもある程度知能が高い。上位の魔物になったらむしろ人間なんかよりずっと賢かったりもするし。ほら、魔物とか悪魔とかって人間を騙したり悪知恵を教えてくれたりするだろ? するんだよ。俺も前にいっぺん担がれそうになったからな。あの時飲まされた煮え湯は忘れないよ? まぁ、そいつはそいつでクシャナさんに丸呑みにされたけどな。

 それはともかく、ローブの女を追いかけてきたリザードマンの話しだ。

 日本語を喋れるってことは、言葉を覚えられるだけの時間を人間と一緒に過ごしてる証拠だ。アロハシャツを着てる時点で野生っぽくないけど、それだけなら盗んだり奪ったりした可能性もあるしな。いくら言葉を覚えれるだけの知能があっても覚える機会がなきゃ喋れるようにはならない。つまり、こいつはこの世界で言葉を覚えられるだけの時間を人間と一緒に過ごしてるはずだ。

 考えてみりゃすげーな。誰だよ、そいつ。現代日本でリザードマンを匿うとかまともじゃないだろ。

 

「なぁ、お前。この世界にはいつ来たんだ? 誰に日本語教わった? 普段どこに住んでる? つかここがどこだか教えてくんない?」

「この世界、だ? 何言ってやがる。いや、そういう話しをするってことは、やっぱりお前らもそうなんだな?」


 リザードマンは一瞬戸惑ったけど、すぐに自己解決して勝手に納得してくれちゃった。

 俺たちがどうだって言うんだよ、まったく。


「よし、お前らも俺と一緒に来い。大人しくすりゃ悪いようにはしねぇ」


 何言ってんだ、こいつ。俺たちをどうするとかしないとか、クシャナさんの前でよくそんなセリフが言えたな。感のいい魔物ならクシャナさんを見ただけで逃げ出すけど、こいつは知能が発達してるだけあって野生の本能は逆に退化してんのか?


「残念。俺たちはお前の言いなりになるつもりなんてないんだよ。どうしても連れていきたきゃ力づくでやってみろ」


 俺はそう啖呵を切って一歩前に出る。たかがリザードマンにクシャナさんの手をわずらわせるまでもない。一発殴れば大人しくなるだろ。


「言うじゃねぇか、ボウズ。そのデカい口に見合った実力があるか、ちょいと見させてもらうぜ」


 売り言葉に買い言葉の契約成立。毎度ありがとうございましたー、と思ったらリザードマンは両手の親指と人指し指で輪っかを作って顔の前に掲げた。それからカメラのフレームに収めるように俺を輪っかの中に捉えると、「むんっ」って感じで気合を入れて魔力を解放する。それをきっかけに両手の輪っかの中、一対の親指と人差し指で作った円に沿うように極小の魔法陣が構築された。そしてその中央には俺には読めない文字列が浮かび上がっている。

 よく分かんないけど、クシャナさんが無反応だから危険はなさそうだ。俺は自分で相手するつもりだけど、実際攻撃魔法が飛んでくるようならクシャナさんが黙ってないと思う。過保護なんだよ、この人は。


「なるほど、なるほど。魔法スキルはファイヤーLv7とウィンドLv6か。戦技スキルも二つ持ってんな。斬波Lv6に陣足Lv8。どっかの剣術流派か? その歳で術者と戦士の二足の草鞋を履いてるにしちゃそこそこだな。だけどよ、レベルが一ケタのうちは初級者に過ぎねぇんだぜ。器用貧乏なお前の練度じゃ俺の相手にゃまだ早ぇよ」


 何か知らないけどリザードマンは知った風なことをペラペラと喋ってくれる。まぁ、スキル云々に関しては当たってんだけど、よく分かったな。


「次は姐さんの方だ。あんた師匠か何かだろ。ならちょっとは使えるんだろ、――え?」


 俺を捉えてた輪っかをスライドさせ、今度はクシャナさんをフレームに収めたリザードマンがそこでビクっと動きを止めた。

 何だ、こいつ。急に体中から汗みたいな汁出し始めたぞ。いや、汗かなのかあれ。リザードマンが汗かいてるの初めて見た。爬虫類系は汗出ないんだと思ってたけど、何かすっごいあふれ出てる。他のやつらは出し惜しみしてたのか?

 リザードマンの新しい一面を発見しちゃった俺だけど、当の本人はさっきまでのお喋りっぷりがうそみたいに黙り込んじゃってる。口だけはパクパクさせるんだけど、声が出てねーよ、声が。

 でも困った。一戦ぶちかましてやるつもりだったのに、相手がこれじゃ何か俺も動けない。どうしようかなー、ってクシャナさんの方をちらっと見ると、リザードマンを見据えたその無表情な顔の唇だけがニヤリと吊り上がった。


「あなた、見ましたね?」

「ひぃ、お助けーー!」


 突然悲鳴を上げたリザードマンは、アロハシャツの懐から野球のボールくらいの黒い玉を取り出すとそのまま思いっきり地面に叩きつけた。次の瞬間、くぐもった破裂音がしたかと思うと黒い玉から真っ白い煙が噴き出した。


「逃がしません!」


 煙が爆発的に広がる中、踵を返したリザードの尻尾の先をクシャナさんが素早く飛び出して捕まえる。


「なにこれ、全然見えない!」


 一方、突然視界を奪われた俺は思わずバカみたいな声を上げた。駆け出し冒険者じゃないんだから狼狽えるなっての。


「シュウジ。ただの目くらましです。大丈夫ですから落ち着きなさい」


 ほら、クシャナさんが心配しちゃった。

 手探りで声のする方に数歩進むと、俺の両手がものすごくむにゅむにゅしたものを掴んだ。このビッグサイズ、間違いなくクシャナさん。うん。これは不幸な事故だ。まさか計算されたラッキースケベであるはずがない。


「……。あなたも年頃なのは分かりますが、だからと言って私に手を出してもしかたないでしょう。だいたい、こんな時にそんないたずらをしていると、いつか痛い目に遭いますよ?」


 そう言ってクシャナさんが俺の頬っぺたを片手でむにゅむにゅする。

 いや、ほんと半分は事故なんだよ。触ったとこまでは、な。そのあとのことは、まぁ、流れ? ってのがあるじゃん。俺はそれに乗ったんだよ。欲望って名前のビックウェーブにな。

 ともかく俺たちはお互いに手を放して束の間のスキンシップを終えた。するとちょうどそれを見計らったように一面を覆っていた煙が風に流されてクリアな視界が復活する。


「あ、リザードが居ない」


 その状況に気が付いた俺は、またしてもバカみたいな声を上げた。

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