45話「追い詰めて藪蛇」
「うわぁぁぁぁぁ!」
ラフレシアの樹液を浴びた俺は何のメンツも無く叫んだ。
「しゅ、修司……」
「白夜ぁ、だずげでぇー」
全身ドロドロになった俺はゾンビみたくよろよろと手を伸ばす。
そしたら白夜は一歩後ずさって顔を引きつらせた。
「逃げんなぁ。なんとかじろぉ。これすっごいベタベタするんだからなぁ」
「は? 何それ? ベタベタするだけ?」
「ぞれだけっで、ずげー気持ち悪いんだぞ、ごれ」
俺に降り注いだのは樹液的な粘々したエキスだ。
それを体中に浴びせられて俺はドロドロになってる。
ドロドロなのは樹液が、な。
「ほんとだわ。ベタベタするだけで全然酸じゃないわね」
白夜は俺を指先でちょっとだけ触って樹液の様子を確かめる。
そんな汚物みたいなチェックのし方やめろよ。
「ちょっと。デイドリーム! これはいったいどういうことよ?」
たしかラフレシアの樹液は強酸だって言ってたよな。
その割には俺は全然大丈夫なんだけどどーした?
もちろん酸耐性とか持ってねーよ?
「ようやく気付いたようね、お馬鹿さんたち。この魔物を傷つけたら酸の樹液を出すなんて嘘よ」
「お前、だましたな!」
俺は顔を拭ったり手足を振り回したりして樹液を出来るだけ掃う。
つーか完全にやられた。
ラフレシア本体の見た目がアレだったからつい信じちゃった。
デイドリームの奴、こんなブラフ使ってくるとか意外とせこいぞ。
でもそうと分かればこっちのもんだ。
「おい、白夜。酸が出ないならビビることねーし、お前に任せるぞ?」
「ええ。こんな奴きれいさっぱり消してあげるわよ」
怖っ。
でもまぁ、相手は植物だしスプラッタにはならないだろ。
そんなことより今は猪武者の連中だ。
急に触手が切れたもんだから、勢い余って壁に激突しちゃったらしい。
今は全員壁際の床に団子になって目を回してる。
こいつらこういうパターン多いな。
「おい。お前ら大丈夫かよ?」
「あ、ああ。なんとか生きてるよ」
と言いつつ田中はちょっと苦しそうだ。
でも見たとこ大けがしてないのはさすが頑丈なオークだな。
人間ならただじゃ済んでなかったと思う。
つってもすぐに動くのは無理そうだ。
こいつらはこのままここで休ませよう。
どうせラフレシアは白夜の敵じゃない。
消去能力なんて反則じみたもんに触手お化けなんかが勝てるわけねーよ。
実際、ラフレシアはすでにイベントホライゾンで穴だらけにされてる。
抵抗しようにも本体は動けないし、反撃の触手くらいしか無いからな。
イベントホライゾン相手に物理攻撃なんてただの自殺だ。
「デイドリーム! いつまでも隠れてるとあんたまで危ないわよ。命まではとらないから大人しく出てきなさい!」
なんかちょっと前に言われたようなこと言い返してる。
ほんと気の強い女だな。
これでローブの下は少女趣味なんだからわけわかんねーよ。
それはともかく、形勢は圧倒的にこっち有利だ。
ラフレシアはもう生きてるのか死んでるのかも分かんない。
あとは人質になってるラーズたちだけだな。
あいつらを助け出せばもう勝ったようなもんだ。
問題はあの高さからどうやって下ろすかなんだけど――
「助けに行くんだろ、モロちん。俺が手伝うよ」
考えてたら、俺の思考を読んだ田中が自主的に名乗りを挙げた。
昔から空気の読める奴だったけど、ちょっといい男過ぎるだろ。
「俺も行こう。部下だけには任せていたとあっては示しがつかん」
なんかリーダー格さんも起きてきた。
そんな無理しなくてもいいのに。
「我らが総長も助けなければいかんからな。これしきで値を上げてはいられん」
そう言えばそうだったな。
捕まってるのはラーズとマーブル、それにオークが一人。
こいつが総長ってことか。
つかリーダー格さんは猪武者全体でみたらリーダーじゃないんだよな。
そのあたりちょっとややこしくなってきた。
「でさ、あんた名前なんて言うんだ? そろそろ教えてくれない?」
「俺か? 俺の名はギュスタフ。神州猪武者の特攻隊長である」
さいですか。
まぁ、適材適所だと思うよ。
特攻だけにね。
「よし。じゃあ俺たち3人でやるぞ。俺がツタを斬るから、捕まってる連中のことは任せたぞ?」
「分かった」
「任せい」
そして俺たちは行動を開始した。
白夜が戦ってる、つか蹂躙してる間にラフレシアの後ろに回り込む。
それでウツボカズラの本体、ってほどの部分は無いけど、とにかくその根っこのあたりに接近した。
んでフライングユニットで飛び上がった田中とギュスタフ。
それぞれウツボカズラのツボの部分を捕まえて待機。
そこを俺が斬波でツタを斬って床まで下ろさせる。
そんな感じで捕まってた3人が入ったウツボカズラを床に並べる。
とりあえずここから出してやらないとな。
するとギュスタフが懐から折り畳みナイフを取り出した。
それを使ってウツボカズラのツボを切り裂く。
あとは中から引きずり出して揺さぶると3人はすぐに目を覚ました。
「ボウズか。よく分からねぇが、助けてもらったみてぇだな。すまねぇ、恩に着るぜ」
「にゃ。オークと一緒かにゃ。何がどうなってるにゃ?」
二人とも状況が飲み込めなくて戸惑ってるな。
でも今はそれを説明してる暇は無い。
とりあえず無事ならじっとしててもらおう。
「おお、総長。無事でしたか」
「……んん。ギュスタフ。何がどうなってるの?」
目を覚ましたオークの総長が辺りの様子を覗う。
まんま寝ぼけっぽい感じだ。
ウツボカズラに睡眠の状態異常にされてたんだっけ。
それにしても総長は小さいな。
オークってのは基本かなり体のデカい種族だ。
それが総長の場合は見るからに子豚ちゃん。
どう見ても小学生くらいなんじゃねーの?
「安心してくだされ。ここに居る同志モロちんの仲間がデイドリームを追い詰めているところです」
白夜の方も順調だな。
ラフレシアはもう完全に沈黙してる。
つか死んでるわ、あれ。
こうなったらいよいよデイドリームにも後が無い。
さっさと出て来て降参しないとイほんとにベントホライゾンの餌食だぞ。
と思ったら突然床が光り出した。
見れば巨大な魔法陣。
デイドリームが発動させたな。
でもこれは召喚じゃない。送還だ。
息絶えたラフレシアとかウツボカズラの残骸とか、講堂いっぱいのジャングルが消えて無くなった。
残されたのは俺たちと窓際に立つデイドリーム。
ついに観念したか?
「どうやら遊びはここまでのようね」
言うなりデイドリームは送還の大魔法陣に代えて別の召喚魔法陣を起動させた。
今度のは小さめ。
直径2メートルくらいだ。
デイドリームの目の前で展開された魔法陣が盛大に光る。
その魔法陣に現れた奴を一目見て俺は思わず舌打ちをした。
出て来たのは人型の魔物。
身長は180センチよりちょっと高いくらい。
黒みがかった細マッチョに上等そうな白スーツ姿。
顔つきはダンディー。でも人間で言うと25歳くらいか。
一見するとどこか紳士的だけどこいつはヤバい。
あふれ出る魔力はそこらの魔物の比じゃないからな。
「さぁ、レーヴェントーレ。あなたの出番よ。上位魔族の力、思う存分見せてちょうだい」
上位魔族。
最悪だな。
俺たちはここに来てとんでもない大物と出くわしたみたいだ。




