43話「飛んで火に入る――」
「猫小判の、『縁』?」
そう漏らした俺に、デイドリームはどこか鋭い目線を送ってくる。
一回は引っ込んだ敵意がまた戻って来た感じ。
「いや、俺は別に『縁』目当てでここに来たわけじゃないけどな?」
そうだよ。
そんな話しは今初めて聞いたんだから、それを奪い合う敵同士ってのは違う。
「そう? なら猫小判は要らないのね?」
「いや、やっぱそれは要るわ」
くそ。めんどくせー。
『縁』がどうとかはいいんだよ。
でも猫小判を取り戻すって約束しちゃったからな。
今さら手ぶらじゃ帰れない。
どうしても取り返す必要がある。
「ならやっぱり私たちは敵ね?」
「まぁ、そうなるか……」
とりあえず向こうに捕まってるラーズたちも助けなきゃだしな。
せめてあいつらだけでも先に返してくれねーかな?
「おい。猫小判はともかくそっちの人質はいいだろ。そいつらは『縁』とかとは関係ないんだから放してやれよ」
「それは無理な相談ね。だって彼らにはまだ秘宝の在処を教えてもらっていないもの」
あれ?
そうなのか?
デイドリームはとっくに手に入れたんだと思ってたんだけど。
ていうかこれはあれか。
デイドリームの罠は特別俺たちを待ってたんじゃなくて、猫小判を探す時間稼ぎのためだったのか。
「最初の契約通り素直に渡せばいいのに、オークたちが出し渋ったのよ。なんでも追っ手がかかったからその分割り増しで報酬が欲しい、ですって。その追っ手って言うのはあなたたちのことでしょう? ずいぶん迷惑なことをしてくれたわね」
いや、こっち的にはファインプレーだったみたいだけどな。
あとちょっとでも行動が遅れてたら、取引成立で猫小判の行方を追えなくなってたわけだし。
とにかくデイドリームがまだ目的を果たしてないなら好都合だ。
このまま逃げられる心配は無いし、人質だって今はまだ安全だ。
あとはこっからどうやって逆転するかだな。
なんとかこの触手から脱出して、ってなんか来た!
「そう言うわけで、あなたたちにも大人しくしておいてもらうわ」
その言葉でラフレシアの後ろからウツボカズラが伸びてきた。
ヤバい、ヤバい。
俺たちまであれに掴まったら最悪だ。
「シュウジ。どうするのよ!?」
「どうするって、どうにかするんだよ!」
俺は腹筋を使って上体を起こす。
それから足に巻き付いてる触手を手で掴んだ。
そのまま綱登りの要領で体を持ち上げて逆さ吊り状態からとりあえずの復活。
足は掴まれたままだけど、触手に手でぶら下がってる状態だ。
そんな俺をウツボカズラが飲み込もうとする。
もちろんじっとなんてしてられない。
自由な左足でウツボカズラを押し返す。
つってもこっちも触手にぶら下がってる状態だから力が入らない。
どっちかって言うと俺の方が押されてる感じだ。
「ちょっと、やめなさいってば!」
見れば白夜も頑張って抵抗してる。
俺と同じように触手を手で掴んで態勢を戻してるけどかなりキツそうだ。
「二人とも大人しくしていれば命までは取らないわよ? それに掴まっても最初は催眠の状態異常を受けるだけ。秘宝さえ見つかれば出しておいてあげるから観念なさい」
「生憎これくらいで降参するほどヤワじゃねーよ。お前の相手はあとでしてやるからちょっと待ってろ」
とりあえず強がり完了。
正直キビシイけどこんなところで負けてらんない。
いっかい距離さえ取れればなんとかしようもあると思うんだよ。
でも触手を解きたいのにウツボカズラが邪魔だ。
俺をツボの中に入れようとすげーグイグイ来る。
「あ、ダメ。お願い待って!」
ヤバい。白夜が限界っぽい。
もう今にもウツボカズラに飲み込まれそう。
くそ。なんとかしねーと。
でも攻撃できねーし、どうすんだよこれ。
「白夜! もうちょっと耐えろ。何とかするから!」
「無理よ、無理! 今すぐ助けてくれないと私無理!」
「そうよ。諦めなさい。あなたたちに勝ち目は無いわ」
言ってくれるぜ。
でもがっつり捕まった状態じゃ何も言い返せない。
マジ最悪。
まさかこんなのにやられるのか、俺たち。
俺がちょっとだけそう思った時だった。
突然、講堂の窓ガラスが何枚も割れて何かが勢いよく飛び込んで来た。
それは、っていうかそいつらは転がるように一か所に集合。
全員そろってどっかの特選隊みたいなポーズをキメた。
「飛んで火に入る夏の豚!神州猪武者、参上!」
ダメだろ。火に入っちゃ。
チャーシューだぞ、それじゃ。
「ええぇい、召喚術士デイドリーム。ここであったが百年目。我らが総長は返してもらうぞ!」
竹下の裏道で伸したのに、リーダー格さんは相変わらず元気だな。
他の連中もたいして怪我してなさそうだし、やっぱオークは頑丈だわ。
「それから同志モロちん! 話しは田中から聞いた。お互い遺恨はあるが、ここは共通の敵を倒すことが先決。一つ共同戦線と洒落込もうではないか!」
「モロちん言うな! とりあえず今は協力してくれるなら助かるけど気をつけろよ。このラフレシア、傷つけると酸出すぞ!」
「委細承知。まずは同志モロちんとその相棒殿をそこから救出してくれる。いざ!」
「おい。その言い方は助けるって感じじゃねーだろ!」
もっともオークの連中、そんな俺の言い分なんか聞いちゃいない。
背中のフライングユニットの出力を最大にして一気に突っ込んでくる。
「飛ばねぇオークはただのオーク――」
聞こえない聞こえない。
どうせ猪突猛進なんだからもう好きにしてって感じ。
とは言え、危ないところで俺たちに救援が現れたのだった。




