40話「罠の塔」
俺が踏んだ魔法陣は召喚を終えると光を失った。
残ったのはインクで書かれた図形としての魔法陣の上に立つ甲冑だけ。
薄暗いビルの中でこの光景は怖い。
2メートル以上あるフルプレートの甲冑が剣と盾もって仁王立ちだぞ。どんなホラーだよ。
しかも実際こいつは人間じゃないしな。
ほんとなら頭を守るはずの兜の中が空っぽだ。
バカって意味じゃないぞ。
兜の中に頭そのものが無いって意味だ。
それからまず間違いなく胴体や手足の部分も同じ。中に人間なんか入っちゃいない。
リビングメイル。
それがこいつの名前。
リビングメイルってのは、実体を持たない妖魔だとか妖精だとかが乗り移った甲冑のことだ。
その実態は、取り付いた霊体が甲冑を動かして襲い掛かってくるってシロモノ。迷惑な話しだろ?
ちなみになんで襲ってくるのかはぶっちゃけ謎だ。
生きてる人間が恨めしいだとか、ただの闘争本能だとか言われてる。
はっきりしたことは分からないけど、とにかく人間に気付いたら襲ってくるのが基本。
例に漏れず、俺たちの前に現れたリビングメイルも盾と剣を構えて戦闘態勢を取った。
「さっそく出て来たわね」
ほんと、ビルの中に入ったばっかでもうかよ、って感じ。
こっそり忍び込むとか意味無かったな。
え? 俺のせい?
いやいや、ただの偶然だよ?
とにかくリビングメイルが突進してくる。
盾を突き出してのチャージだ。
俺は右手を袈裟に振って斬波を放つ。
間合いは近い。
こっちの攻撃が届くまで一瞬だ。
でもその一瞬でリビングメイルは完璧に反応した。
突進中なのに膝を落としてのニースライディング。
そこから盾を傾げて外に打ち払うように俺の斬波を受け流した。
代わりに胴ががら空きになる。
そう思ったのは一瞬。
リビングメイルは受け流しと同時に、腰溜めに構えてあった剣を一直線に突き出してきた。
やっべ。こいつ素人じゃない。
この鎧に憑依してんのは間違いなく心得のある剣士の霊だ。
「修司。離れて!」
刺突を横に避けたところで白夜の指示。
俺は反撃を中止して後ろに飛び退く。
このリビングメイルは俺にとっては相性が良くない。
何しろ斬撃系の攻撃は向こうの得意分野だ。
それにどうせ炎も風圧もたいして効かないと思う。鎧だしな。
そういう訳でこの場は白夜に任せてみることにした。
白夜のスキルなら相性は良さそうだし、どういう戦いをするのか見ておきたかったからだ。
別に逃げたわけじゃないよ?
とにかく俺が後ろに下がったことで自然と白夜が前衛になる。
リビングメイルは追って来ない。
接近戦主体の魔物だけに距離の近い白夜にターゲットを変えたみたいだ。
「来なさい!」
そこの言葉がリビングメイルに届いてるのかは分からない。
それでも反応はあった。
言われるまでもないと主張するような薙ぎ払いの斬撃。
身幅のある鈍器みたいな剣の一撃だ。
当たりゃ白夜みたいな華奢な体は真っ二つ間違いなし。
それでも白夜は回避しなかった。
「事象の、地平――」
白夜とリビングメイルの間の空間に何かが生まれた。
いや、もしかしたら何も無くなったのかもしれない。
何故ならそこに現れたのは黒い『まる』。正体は多分だけど空間に開いた『穴』だったからだ。
直径にして人間大もある大きな黒点が、空中に浮かぶように出現した。
これか。これが白夜の消去スキルか。
俺はそう直感した。
そしてそれは直後に証明される。
リビングメイルは突然正面に出現した黒点を意に介さなかった。
剣戟を止めることなく攻撃を続行。
黒点の陰に隠れるように回避した白夜を追って、薙ぎ払いが振りぬかれる。
障害物にはならないと判断したんだろう。
だけどそれは大間違いだった。
白夜は今までいろんな物を消去してきた。
鉄柵。ゴミ箱。立て看板。レンガ塀。そして鉄の扉。etc.etc。
俺が知らないずっと昔からありとあらゆる物を消し飛ばし、そしてつけられた呼び名が二つ。
『滅びの魔女』。あるいは『進撃する終端』。
その冠をもって所有するのは『終わり』の力。
スキル名<イベントホライゾン>
そう。それは――
「――それは決して到達してはならないこの世すべての果てだった!」
「あんた何実況してんのよッ!!」
めっちゃ怒られた。
なんだよ、ちくしょう。
俺は胸の高さで握りしめた拳を下ろして状況を再確認する。
本当なら真っ二つに両断されてておかしくないはずの白夜は今も健在だ。
完全に剣の間合いの中だったんだけどな。
ところがと言うかやっぱりというか、黒点に触れた瞬間、リビングメイルの剣は接触した部分を失ってた。
折れたんじゃなくて消失。
きれいさっぱり無くなった。
予想通り、白夜のスキル<イベントホライゾン>こそが物体を消去するスキルだった。
触れたものを消去する黒点。
最悪にこえーな。
とにかく、白夜はイベントホライゾンを盾にすることで剣戟から逃れた。
一方で剣の大部分を失ったリビングメイルは警戒もあらわに後退だ。
そりゃまぁ、ああもあっさり得物をダメにされちゃ危機感かんじるわな。
ところがそれを追ってイベントホライゾンの黒点が前進するもんだからタチが悪い。
白夜本人もその後ろから悠遊と追従だ。
襲い掛かるでもなくジリジリ追い詰めるでもなく、ただ自信満々に歩いて行く。
なんつーか、イベントホライゾンありきの戦法だな。
一方で、リビングメイルは接近を阻もうと剣の残骸を投げる。
堂に入った投擲だ。
でたらめに投げつけるんじゃなくて、ちゃんと訓練した投げ方。
スローイングは難しいよ。
ターゲットとの距離を即座に計算して、ちゃんと刺さるように回転を調整しないといけないからな。
そういうとこから見ても、やっぱりこのリビングメイルにはかなりの手練れが憑依してるんだろう。
でも今回は相手が悪かったな。
投げた剣はイベントホライゾンに飲み込まれるように消えた。
せっかく自分の獲物を犠牲にしたのに全然意味無し。
単純に武器を失って終わりだ。
イベントホライゾンがヤバ過ぎる。
触るだけで消滅とかどういうことだよ。
リビングメイルだって手出し出来ずにさらに後ろに下がるしかない。
『進撃する終端』ね。
こりゃ思った以上にチートくさいぞ。
ともあれ白夜の勝ちはほぼ確定だ。
手助けすることも無いだろうと思って、俺は近くの壁に寄り掛かった。
なんだろうな。今日の俺は厄日なのかくじ運があるのかどっちかだ。
何故なら俺が寄り掛かった壁にも魔法陣が出現したんだから。
俺は慌てて飛び退いて全体を確認する。
今度のはかなりデカい。
天井まで3メートル以上ある壁に真円の魔法陣。
そこから雪崩出て来くるアンデットの団体さん。
ゾンビにスケルトンが10体以上。1体だけワイトも居る。
ただそれは今のところ、だ。
魔法陣はまだまだ後続を吐き出してる。
「白夜。後ろ後ろ。俺の後ろ!」
とりあえず急を知らせる。
報連相はチームワークの基本!
「なにやってるのよ。自分でなんとかしなさいよ!」
自己責任は冒険者の基本!
そんな言葉を思い出すくらいの放置プレイ。
いいさいいさ。こんな奴らどうってことないさ。
俺はとりあえず斬波を何発か撃って先手を取る。
千切れる手足。飛び散る骨。
俺の斬波は下位アンデット程度ぶった斬りだ。
何体だ? 5か? それくらい斬ったところでワイトが動いた。
怨念じみた呪文を唱え魔力を放出。
少しだけ空間が揺らいだ。
何しやがった?
ワイトを中心に何がが広がったように見えたけど、詳細は不明ってやつだ。
ならやることに変わりは無い。
俺はさらに斬波を撃つ。
狙いは一番先頭に立ってこっちに向かってくるスケルトン。
そいつ目がけて斬波が突き進み、命中する直前に何かに弾かれて軌道が逸れる。
そして明後日に向かって行った斬波。
その一発はアンデット軍団の斜め後ろの壁にぶつかると深い傷を残して消滅した。
「結界かよ。めんどくせー」
さすがワイトは魔法使いのアンデットだ。
魔力障壁を張って地上の仲間を守ってる。
斬波が戦技スキルっても正体は斬撃属性の『魔力波動』だからな。
結界張られると通らない。
どうするかな。
とりあえず単純に力押ししてみるか?
そういうわけで得意の連続斬波だ。
芸が無いって思うかもしれないけどさ、単純な技ってのは実戦じゃ頼り甲斐あるのよ?
なんてね。
ただそうは言ってもこの状況はちょっと不利だ。
撃ったら撃っただけ弾かれて流れ弾になってる。
ワイトの結界が固くて手数じゃ破れそうもないな。
さすがに本職だけあってワイトの方が魔力が上だ。
となると打開策は二つに一つ。
向こうより魔力を高めて強引に突破するか、魔術戦に付き合わずに物理攻撃で仕留めるか、だ。
個人的には正直どっちでもいい。ここは手っ取り早くシンプルに行こうか。
俺は前方に向かって盛大にファイヤーをぶっ放す。
ただし威力は求めず、あくまで拡散重視の範囲攻撃。
結果的に、たいして広くも無い廊下を埋め尽くすような炎が生まれる。
そしてそれを目くらましに俺は飛んだ。
空中のワイトに向かって一直線。炎の壁を突き破っての強襲だ。
さすがに意表を突いたらしく、ワイトの反応は遅れた。
まぬけ。
「レトリック。ハイパーバリー!」
その言葉に乗せてワイトに拳を叩き込む。
顎先を刈り取るようなフック。
それも秘密のイカサマで増強された一撃だ。
完璧にキマって意識ぶっ飛びだろ。と思ったら顎の骨そのものがぶっ飛びだった。
殴った反動で横の壁にぶつかるワイト。その顔の下半分がバラッバラだ。
しかもそのまま地面に墜落して二度と動かなかった。
その後はもう楽勝だった。
廊下に着地した俺は片っ端からアンデットをぶっ飛ばした。
それから壁の魔法陣も斬波でダメにしてやって終了。
ま、下級アンデットなんかこんなもんだ。
それでも俺は割といい気で白夜の方に視線を向けた。
そんな俺を待ってたのは、とっくにリビングメイルを倒した白夜だった。
「さ、行きましょう」
その背後には胴体を失った甲冑の手足の残骸。
さらにその奥には二階に続く階段がある。
聞いたとこ、オークの連中は最上階を使ってたらしい。
そこ以外はほとんどカギが閉まってるから誰かが居る可能性は低い。
だから奴らとその雇い主が居るとすれば一番上が怪しい。
そういうわけで、俺たちは一気に駆け上がる。




