39話「侵入者ふたり」
猪武者の連中が本拠地に使ってるのは、竹下通りからそう離れてない場所にある今は閉鎖されたビルの中だった。
なんでもリーダーの実家の持ち物らしくて、色々あって遊ばせてる物件らしい。
金持ちの息子でギャングのリーダーか。
そういうやんちゃなドラ息子ってのはどこの世界にも居るもんだな。
ともかく俺と白夜は田中から聞き出した情報をもとにここにたどり着いた。
その田中本人は、俺が倒した連中の介抱のために残してきてる。
状況的に言って連れて来ても護り切れるか分からないからな。
それに安全な場所にこっちの動向を知ってる奴が控えてるってのは重要だ。
獅子雄中佐には連絡は入れたし、あの緒方って大尉をすぐに来させるって言ってたけどどうせ時間がかかる。
なんか軍隊の中でも裏方だから大々的に動けないってさ。
ラーズも雇い主に恵まれてないんじゃねーの?
でもまぁ、俺としてはそこまで当てにしてたわけじゃないから別にいい。
問題なのはクシャナさんの方だ。
「ダメだ。やっぱりつながらない。どっか地下にでも入ったのか?」
俺は、「お客様のおかけになった電話は――」って自動音声で繰り返すスマホの通話を終了させてポケットに戻す。
困ったことに、今現在クシャナさんが音信不通だった。
つってもクシャナさんに何かあったわけじゃないのは確実だ。
ドラゴンさえあんまり居ないこの世界じゃ、クシャナさんをどうこう出来る奴なんていないだろうしな。
普通に考えて、単純に電波が届かないとこに入ってるだけだと思う。
クシャナさんには電波とかアンテナとかの説明はしてない。
だから本人もスマホが受信できなくなってるのに気づいてない可能性大だ。
これは俺の失敗だったな。
もっとちゃんと言っとけばよかった。
けど今となっては後の祭りだ。
そんなわけで廃ビルに乗り込むのは俺と白夜だけだ。
戦力として2人って数は心もとないって気もするけど、俺だって伊達にクシャナさんの後ろをついて歩いてたわけじゃない。
クシャナさんに守られてれば絶対に安全だと思ったらそれはちょっと違うからな。
クシャナさんがいくら強くても、クシャナさんと戦おうなんて奴も人間からすればめちゃ強い。
流れ弾でも掠っただけで即死級っていう攻撃してくる奴らだから一瞬も油断出来ない。
それに相手が一匹とは限らないし、ある程度自分の身は自分で守ってきたさ。
実際、この世界に帰って来てからだってヒュドラ倒したじゃん?
まぁ、完全に自分一人でってわけでもなかったけど、俺だってちょっとはやれるってことだ。
それと、あとは白夜がどれだけ戦えるのかってのと、猪武者を裏切った雇い主がどんな奴か、だな。
敵も味方も両方実力が分からないんだから困ったもんだ。
でもまぁ、結局世の中ってのはなんでも出たとこ勝負だ。
グダグダ考えて時間を無駄にするよりさっさとラーズたちを助けに行くべきなんだよ。
「それで、作戦はあるのか聞いてもいい?」
ビルの入り口に立ったところで白夜はそう言った。
作戦。作戦、ねぇ。
「逆に作戦が有るように見えるか聞いていいか?」
これは愚問だったな。
白夜は呆れ顔で首を傾げやがった。
ちょっと可愛いのが逆にムカつく。
「それじゃとにかく中に入りましょう。作戦が無いなら行動有るのみよ」
おーおー、豪気、豪気。
敵陣に突っ込むってのにいい度胸してる。
こいつのこういうところはほんとにいい女だと思うね。
俺たちはビルの側面へと回る。
田中によれば正面の入り口はいつもカギがかかっているらしい。
開いているとすれば側面の通用口。
いつもそこから出入りしてるって話しだ。
側面の通路は隣のビルとの隙間だけあってお世辞にも広くはない。
人一人通るのがやっとって感じだ。
それに設置された機械類で余計に狭くなってる。
エアコンの室外機とか配電盤か何かの鉄の箱。そんなだ。
まぁ、この程度問題無い。
狭いと言ってもオークが通れるくらいだ。
それに今日はキャットストリートで鍛えられたからな。
今だったら壁ニンジャウォークだって出来そうな気がする。
いや、やらないけどな。
隙間を移動すること、ものの1分。目当ての通用口に辿り着いた。
扉は不愛想な鉄製だ。
如何にも丈夫で頑丈そうなやつ。
体育館にでも付いてそうだ。
ノブに手を伸ばして引く。
素直に開くと思ったら残念。ガチャリって音を立ててカギが引っかかった。
田中め。話しが違うじゃねーか。
「仕方ねーな。ちょっと一周回ってみようぜ。全部ダメだったらどこかガラスでも割るか」
そうなりゃ強硬突入だ。
ガラスを割れば当然音が出るからな。侵入は速攻相手にバレるだろ。
かと言ってガムテなんか買いに行ってる時間も惜しい。
ほんとなら出来るだけ静かに入りたいんだけど、今は時間の方が大切だ。
まぁ、それでもほんのちょっとだけ別のドアのカギが開いてる可能性もある。
せめてそれだけでも先に確認しとこう。
そう思ってビルの隙間をもっと奥に行こうとした俺の背中に白夜の声がかかった。
「開いたわよ」
うそぉん?
さっき確実にカギかかってたぞ。
こいついったいどんな解錠スキルもってんだよ、って穴開いてんじゃねーか!
見てみりゃそれはあんまりなやり口だった。
さっきの鉄の扉にいつの間にか丸い穴が開いてる。それも人間が十分に通れるやつ。
そういや白夜は物体を消滅させられるスキルを持ってるっぽかったな。
詳しいことは分からないけど、それを使ったのは確実だ。
切り抜かれた部分はどこにも見当たらないしな。
今日追いかけっこした時と同じでやっぱり完全消滅だ。
いったいどうなってんだか。
「お前、結構無茶するのな」
いや、まさかいきなりこんな強硬手段にでるとはな。
人は見た目によらないってほんとだな。
「あんただってガラス割るつもりだったんでしょ。だったらたいして変わらないじゃない」
「そんなわけあるか! ガラス割るのと鉄に穴開けるのじゃ不法侵入に対する執念が違うだろ!」
別にガラスなら壊してもいいとは言わないけどさ。
鉄の部分ぶち抜くとか無しじゃね?
「私には同じなのよ。ガラスでも鉄でも、素材は関係ないわ」
そりゃつまりあれか?
白夜のスキルは、素材とか強度に関係なしに消滅させられるってことか。
それってよく考えたら怖くないか?
だってさ、そのスキルを人間に使ったらどうなるって話しだよ。
確かこいつは『滅びの魔女』だか『進撃する終端』だか呼ばれてたって言ってたな。
どう考えても戦いに勝った人の呼ばれ方だよ、これは。
対人戦の勝者ですよ。
「さ、行きましょ」
白夜は自分の開けた穴からビルの中に入っていく。
もち俺も続いて侵入する。
ビルの中は電気が消えてて薄暗い。
なんかの店ってよりかは会社のオフィスビルって雰囲気だ。
でも今は誰も居なくて静まり返ってるから不気味。
そしてこの奥にはたぶん敵が待ってる。
敵か。
白夜は割と敵に容赦しなさそうだ。
それはまぁ、戦いなら別にいいんだけどさ、ちょっとした手違いで俺まで巻き込まれないよな?
「白夜」
「なによ?」
「戦う時は周りに気を付けような?」
「分かってるわよ」
「やり過ぎてビル倒すなよ?」
「するわけないじゃない、そんなこと」
「スプラッタはあんまりやり過ぎるなよ?」
「さっきから何よ。あんた私のこと全然信用してないわね?」
白夜は立ち止まって俺を振り返った。
ヤバい。ちょっと怒ってる?
「いや、そういうわけじゃないって。ほんとほんと、俺はただ――」
一歩。
白夜の視線から逃れたくて、一歩左に寄ったのがきっかけだった。
突然足元の廊下が赤い光を放った。
ぼんやりとかってもんじゃない。あふれ出すとか花を咲かすとかそのくらいの弾けっぷり。
しかもよく見りゃ床に赤い魔法陣が浮かび上がってる。
「罠よ!」
叫ぶなり白夜は俺を引っ張った。
強引に引き寄せられてバランスを崩しかけたけどなんとか耐える。
それから速攻で魔法陣を確認した。
「召喚魔法陣……」
白夜はそうつぶやいた。
ああ、そうだ。
間違いない。
魔法陣の中にはあまり友好的っぽくないのが姿を現してる。
カイト型のシールドと身幅のある両刃の剣を持ったフルプレートの甲冑だ。
それが赤い光の中を地面からせり上がって来た。
だけどもちろん地中に埋まってたわけじゃないさ。
どこからか転送されてるんだ。
つまりは召喚。
離れた場所の物や人をワープさせて出現させる魔法だ。
どうやらやっちまったみたいだな。
たぶんさっき俺が横に踏み出した左足が魔法陣を踏んだんだろう。
それをきっかけにして、あらかじめ設定されていたように自動で陣が発動してあの鎧を呼び出した、だな。
ああ、そうさ。
詰まるところ、俺たちはまんまと敵の罠にかかったってわけだ。




