37話「昔語り」
俺と白夜が話している間に田中は立ち上がって俺たちの様子を眺めていた。
見ても楽しくないだろ。
「仲いいんだな。もしかして彼女?」
そう言って田中はチラチラと白夜に視線を送る。
まぁ、そりゃ気になるだろうな。
ぶっちゃけ白夜のヴィジュアルはかなりのもんだ。
それこそ『学校一の美少女』くらいじゃ足りないくらいに。
ほんと、クシャナさんが居なきゃ俺だって惚れてたかもな。
「いや、今日捕まえただけ。別にそういうのじゃねーよ」
俺がそう言うと田中は少し納得したような顔をした。
けど白夜はちょっと不満そうだ。
「捕まえたってなによ。人を虫みたいに」
「別に変な意味じゃねーどさ、そんな感じだったろ。追いかけっこしたりさ」
なにせ白夜はむちゃくちゃ足早かったしな。
あれだけ本気で逃げたのに追いついたんだから、そりゃもう『捕まえた』で間違いないだろ。
「はは。知り合ったばっかりでそんなに仲良くなれんだから、やっぱモロちんはすごいよな」
聞いたか?
俺はすごいモロちんだってさ。
もちろん出してないよ?
「でも今までどこに居たんだ? モロちんは3年の時に急に居なくなったろ。おじさんとかおばさんも何回も警察に呼ばれてたらしいし、あれって何があったんだ?」
「ああ、あれな。実はちょっと異世界に迷い込んでて大変だったんだよ。魔王倒したり、大陸の覇権戦争に介入してみたり、邪神とかって崇められてみたり、色々な」
ちなみに全部実話な。
やったのはクシャナさんだけどウソは言ってない。
ところがそんな正直な俺を白夜が何か言いたげな目で見て来た。
こいつには同じ帰還者として、俺の経歴って言うか、どういう事情で異世界に飛んでどういう風に戻って来たのかは大まかに話してある。
ただそれは同じ帰還者だから話せることだ。普通に考えて他人に簡単に喋っていいことじゃない。
獅子雄中佐たちだって一般人には知らせない極秘作戦として動いてるしな。
だから白夜は俺がそれを簡単に口走ったことに一言あるんだろう。
でも、だ。
「モロちんは相変わらずそういう冗談が好きなんだな。昔と変わってなくてなんか安心した」
ほらな。田中は俺の言うことを与太話だと思って信じてない。
だって昔の俺は言いにくいことは全部バレバレのウソをわざと言ってごまかしてきたからな。
今だって田中は俺が答えたくないんだと思って空気を読んでくれてるつもりなんだ。
そういう俺たちの昔の付き合い方もあって、ほんとのことを言っても問題ないし、その方が色々詮索されずに済むってことだ。
「ところでモロちんは今どこに住んでるんだ? おじさんとおばさんは引っ越したと思うけど、一緒に東京に帰ってきた、とか?」
この質問だって俺が昔のことをはっきり言わないから地雷を踏まないように探り探りって感じだ。
田中は俺の親がどんな人間だったかある程度知ってるし、だから最悪俺が『可哀そうな息子』だった可能性まで考えてるんだろうな。
「いや。今は新しい家族と一緒。まだ住むとこ決めてないからホテル暮らしだけどな。前の親は、どうしてるんだろうな。ずっと会ってないし、探してもねーよ」
田中は「そうか」って小さく頷いた。
たぶんある程度予想してたんだと思う。
だから、
「え?」
そう反応したのは白夜の方だった。
「あんた、家族のこと心配じゃないの?」
どこか信じられないものを見たような顔で白夜は俺を見る。
こいつに話してあるのは俺が異世界漂流してた時の話しだけだ。
その前にこの世界で普通に生活してた時のことは話してない。
だから白夜はこういう態度なんだろうな。
ただそれでも話したくないし、話す必要があるとも思ってない。
俺にはクシャナさんさえ居てくれればいいんだし、だからただそれだけの話しでしかない。
「こっちに帰って来てから色々あって忙しかったのは分かるけど、家族なんだからちゃんと考えてあげなきゃだめよ。向こうだってあんたのこと心配してるはずだし、帰ったら絶対喜んでくれるわ。そうだ。一段落したらあんたの家族を探しましょうよ。私も手伝うし、ラーズたちだってきっと、……修、司?」
俺はただ白夜の言うことを聞き流してただけだ。
何も言わず、何も考えず、右から左に。
獅子雄中佐の時は思わず反応しちゃったけど、今度は何も言い返さなかった。
何も。何もだ。
それなのに。
「モロちん、顔怖いぞ」
それって忠告か?
たぶん白夜が戸惑っているのを察してのことだなんだろう。
つまり、俺は怒ってると思われてるってことか。
バカ言うなって。
俺は普通だ。大して気にもしてないさ。
「うるっせーよ。この顔は元々生まれつきだっての」
俺はごまかしに冗談パンチで田中を小突き、田中もカウンターを俺に返す。
田中は変わってない。
見た目はオークになってるけど、中身は気の利くいい奴のままだ。
それがなんだって神州猪武者だかギャングのチームなんかに入ってんだ?
「俺の顔のことよりお前はどうしてたんだよ。今はあいつらとつるんでんのか?」
田中の仲間、猪武者の連中はまだのびてる。
なんか情けない奴らだけど、あれでも荒くれぞろいのアウトローらしいからな。
正直言って田中のイメージに合わない。
こいつはどっちかって言うと大人しい方だったし、今喋ってみてもそう思う。
「俺にもいろいろあったんだよ。それにウチのチームは周りが思ってるほど野蛮じゃないし」
「ウソつけって。野蛮じゃないのに人の物盗ったりするかよ。あ、そうだよ。お前ら猫人から小判盗んだろ。それどこにあるか教えろよ」
そうだよ。俺たちはこんなとこで雑談してる場合じゃねーっての。
「……。そうだよな。モロちんはあれを取り返しに来たんだよな。でもどうしてモロちんが?」
田中はさっきまで落ち着いた雰囲気から一転してばつの悪そうな顔になった。
仕方ないよな。
田中は盗んだ側で、俺は取り返しに来た側だ。
久しぶりの再会が台無しだな。
「頼まれたんだよ、猫人に。なんかあいつらにとってはすげー大切なもんらしいじゃん。何で盗ったりしたんだよ?」
「さぁ。俺も詳しいことは聞いてないけど、ウチのチームも頼まれただけらしいし……」
「頼まれた?」
「ほんと、俺も分からないんだけど、依頼者に渡せばいい報酬がもらえるって上の人たちが、さ」
どういうことだ?
小判ってのはそもそも金の塊だろ。
つまりそれ自体にすごい価値があるってことだ。
だったら別に依頼者に渡さなくてもどこかで売ればもっと金になるんじゃないか?
それとも依頼者の方が高く買ってくれるってことなのか、もしくはそもそも猫小判は金じゃないのか……。
ていうかあれだな。
まじめに考えてるのに猫小判って単語を思い浮かべるだけでやっぱり気が抜けるな。




