3話「その異物感、リザーどん!」
「あれはどこからどう見ても正真正銘のリザードマンのようですね」
追っ手の姿をその目で確認したクシャナさんはあくまでも冷静にそう言った。
うん。クシャナさんの言う通りだ。こっちに向かって走ってくるそいつは着ぐるみでもCGでもない、本物のリザードマンで間違いない。ただなぜかアロハシャツを着てるのは気になるけど。
リザードマンってのは名前の通り、トカゲ型かつ亜人系の魔物だ。基本は水辺に棲んでるもんなんだけど、山とか森に棲んでる亜種も居るし、世界によっては人間の街で普通に暮らしてることもある。こいつらはかなりポピュラーな存在でいろんな世界で嫌というほど出くわしてきた。
とは言え、だ。俺の生まれたこの世界には一匹たりとも居なかったのは間違いない。リザードマンもゴブリンもドラゴンも居ない平和な世界。それが懐かしのマイ故郷のはずだ。
俺はローブの女に聞こえないように小声でクシャナさんに耳打ちした。
「おかしいよ、クシャナさん。こっちの世界にあんなのが居るなんて、絶対何かおかしい」
そうだ。こんなことあり得ない。あり得ないのに、何で居るんだよ、あいつ。リザードマンだぞ、リザードマン。何で巨大トカゲが真昼間から二足歩行してんだよ。この世界じゃそれは怪奇現象の部類だ。そういう妖怪じみたことはせめて夜中の墓場でこっそりやれって。
「そうは言っても実際居るものは居るんです。子供の頃のあなたが知らなかっただけで、元々存在していたのではないですか?」
「いや、それはないって。TVでも一回も見たことないし、こんな昼間から堂々と人間襲ってるのに、たまたま知らなかったってのは無理があるよ」
俺がそう言い切ると、クシャナさんは少し困った無表情で考えてから後ろの女を振り返った。
「あなた、あれとはどういう関係です? あれがどういうものか知っていますか? 前に見たことは? 他にも仲間が居なかったですか?」
「ちょっと、そっちこそさっきからコソコソ喋って、あなたたちこそ何なの?」
女はあからさまに俺たちを不審がってるけど、仕方ないっちゃ仕方ない。リザードマンを前にして冷静でいられるってのはこの世界の人間じゃちょっとありえないだろうからな。
「俺たちのことは今はいいだろ。それよりお前だよ、お前。あんなのに追いかけられてるお前はいったい何者なんだよ?」
「わ、私は見ての通り……、ただの一般人よ」
見ての通りなら魔法使いだろ、そのローブは。それとも何か? 俺が知らないうちにそれが今の最先端のファッションなのか? もうそれ一周回ってとかの次元じゃねーんだけど?
「ではその一般人のあなたが何故あれに追われているんです? あんな魔物でもちゃんとした意思があります。あなたが追いかけられているのですから、あなたに追われる理由があるのではないですか?」
「し、知らないわ。あいつはいきなり襲ってきたのよ。詳しいことなんて分かるわけないじゃない」
ローブの女は突っぱねるようにそう言った。何か喋りたくなさそうにも見えるけど、それならそれで別にいい。
と言うか、やっぱり今はこの女のことよりリザードマンの方だ。俺やクシャナさんにとって、この女の素性だとかリザードマンに追われてる理由なんて関係ない。魔物だけに単に餌としての獲物を追ってるだけかもしれないしな。
それよりも重要なのはあのリザードマンがどうしてこの世界に居るのかってことだ。パニックホラー映画なんかだとよく科学工場の廃棄物とか軍の秘密実験なんかで巨大モンスターが生まれたりするけど、さすがにリザードマンはそんな簡単には生まれないだろ。
となると、俺の心当たりは一つだけだ。
それを伝えるためにもう一度クシャナさんに耳打ちする。
「ねぇ、クシャナさん。あいつ強制転移で飛ばされてきたんじゃない? まさか俺たちみたいな能力持ちってことはないと思うけど、本人に直接確かめてみようよ?」
強制転移っていうのは自分以外の強制力で世界転移させられることだ。召喚魔法で呼び出されることもあるし、ただの自然現象ってこともあるらしい。というか世界転移ってのは普通そういうもんで、自分の意思でなかなかできることじゃないって話しだ。実際、強制転移させられたってやつには他の世界で会ったことあるけど、俺やクシャナさんみたいな転移能力持ちは一人も居なかった。
そもそも俺が今まで出会った転移者はそう多くない。その内一人だけが俺と同じ世界、それも日本生まれのやつだったけど、あとの全員は違う世界の住人だった。
つまり、だ。あっちこっちの世界で相互に転移が起こってるなら、この世界にも転移者が来てたって不思議じゃない。そして元々この世界に居ないはずのリザードマンが居るなら、それはどう考えたって転移者だろ。
まぁ、実際のところはあのリザードマンを直接問い詰めれば全部分かることだ。
「一理ありますね。仮に転移能力持ちでなかったとしても、転移者というだけで興味深いさんぷるには違いありません。できる限り殺さないように捕まえましょう」
クシャナさんはそう言ってリザードマンに向き直って歩きだした。当然俺も遅れることなくそのとなりに並んでついて行く。
それにしてもリザードマンの転移者か。話しが通じりゃいいけどな。いや、別にコミュニケーションが取れない種族ってわけじゃないんだけど、こんな昼間から人襲ってるようなやつだし、問答無用で襲ってきてクシャナさんに木っ端微塵にされたりして。
うん。そうならないように先手を打つか。
「おい。そこのリザードマン、ちょっと止まれよ」
いよいよ距離がなくなってきた頃合いに俺はあえて強気でそう言った。
さて、どうなることやら。