34話「追いかけて竹下通り」
オークっていうのは尾行するのにはちょろい相手だ。
なまじ体がデカいだけあって見失う可能性が低い。
さらに言えば、動きがもっさりしてるからこっちを振り向く時も余裕を持って対応出来る。
そんな訳で今のところ俺たちの尾行は順調に滑り出した。
猪武者の連中はレストランを出て一団になったまま雑踏の中を歩いていく。
明治通りを千駄ヶ谷方向に進んでるから、キャットストリートとは並行に移動してる感じかな。
「あいつら、これからどこに行くのかしらね?」
「さぁな。でも結局あいつらこの辺が縄張りなんだろ? じゃあやっぱりねぐらに戻るんじゃねーの?」
白夜の疑問に俺はそう適当に答えた。
行動を予想しようにも、そもそも普段のあいつらを知らないからな。答えなんて分かりっこない。
でも奴らの縄張りはそう遠くないって話しだ。だから本拠地も近くにあるんだろう。
それにさっきまで居たレストランにしょっちゅう通ってるらしいし、そんなに遠くじゃないと思う。
そう考えれば単に飯を食いに出て来てすぐ戻るって可能性だって十分にあるわけだ。
むしろそうだったら楽なんだけどな。
頼むから戻ってくれねーかな。
「おい、連中が二手に別れるぜ」
あら。言ってるそばから別行動かよ。
猪武者の連中は3人ずつの2グループに分かれ、片方はそのまま直進、もう片方は左に曲がって路地に入っていく。
やっぱそう上手くはいかないか。
「で、どうすんの?」
この場合、問題は誰がどっちを追うかだ。
向こうは人数的には均等に二手に別れた。
だからそういう観点じゃどっちのグループを重視すべきかは決められない。
それに引き換えこっちには尾行のプロは一人だけだ。
極力ならその一人が本命のグループに着いて行くべきなんだけど、
「俺ぁ真っすぐ行くぜ。マーブルも来い。ガキどもと姐さんは左に行ってくれ」
追跡の達人ことラーズはそう判断した。
つまり本命は真っすぐ行った方のグループってことだ。
「それでいいのか? 隠れ家なんだから曲がった方の連中のが怪しくないか?」
何せ俺たちが歩いてんのは明治通りっていう立派な大通りだ。
猪武者みたいなストリートギャングが根城を作るなら、当然大通りからどこか中に入った場所だと思う。
だから俺的には路地に入った連中の方が本拠地に戻るような気がする。
「良く見てみろ。奴らが入ってったのは竹下だぜ。あそこにゃ連中みてぇなのが根を張れる場所は無ねぇ。もっと奥に行っても住宅ばっかだ。可能性は薄しぃさ」
ほんとだ。よく見てみれば路地の入口に『竹下通り』って書いたアーチがある。
俺がその名前を聞いて想像するのは、賑やかな商店街って漠然としたイメージだけだ。
それは俺が元の状態の竹下通りに来たことがほぼ無くて、通りの外からチラッと見たことがあるくらいだからだ。
もちろん今のこのアナザー東京の竹下通りはまた別物だろう。
まぁ、どっちにしろラーズがああ言うからには、ここは本命にはならないと思った方がいいわけか。
「分かった。じゃあそっちは任せるからヘマするなよな」
「ハッ。誰にもの言ってやがる。そっちこそ本命じゃねぇからって手ぇ抜くなよ」
俺とラーズはお互いにそう牽制し合って別れた。
向こうにはマーブル、こっちには白夜とクシャナさんが一緒だ。
「それでは私たちも行きましょうか」
俺たち3人の中でラーズに変わって尾行を先導するのはクシャナさんだ。
クシャナさんには気配察知の能力があるからな。獲物を逃がすなんてあり得ない。
もっともこっそり後をつけて情報を掴むって意味の尾行者としてはラーズの方が上だろう。
クシャナさんくらい強いとどんな敵だって正面から叩きのめせる。
だから基本的にコソコソとスパイの真似事なんてする必要なかったし、気配察知だって元々はあくまでも捕食のための能力だ。
それでも視界の外に居る相手の居場所を捕捉し続けられるのは尾行者としてかなりデカい。
まぁ、どっちにしろいつでも頼りになるクシャナさんは最高にイカしてるってことだ。
ともかく俺たちは左折組のオーク3人を追って竹下通りに足を進めた。
通りの中は思ってたのより人が少ない。
平日の昼前だからこんなもんなのかもしれないけど、もっと賑わってるのかと思った。
やっぱりキャットストリートが混雑してたのは狭すぎるからだったんだな。
それにしても人が少ないってのは良くない。尾行がやりにくいからな。
そりゃ歩き安いのは歩き安いよ。でもその代わりに人ごみに紛れるってことができないから相手にあんまり近づけない。
つまり、クシャナさんの気配察知がある以上見失うことは無いけど、会話を盗み聞きしたりするチャンスは無いってことだ。
もしかしたらあいつらが猫小判のことをポロっと喋るかもしれないと思ったんだけど残念だ。
3人のオークは何か喋りながらのっそのっそ先へと進んで行く。
と、三人は小さな脇道があるところで立ち止まった。
「どうやらここでさらに別れるようですね」
なんだろうな。
奥は住宅地らしいし、家に帰るのか?
脇道に入ったのは3人の内1人だけだ。
残りの2人はそのまま竹下通りの先に向かって歩き出す。
面倒だな。
こっちも二手に別れるとなると、俺は白夜と一緒に居なきゃいけない。
クシャナさんんは一人でも大丈夫だろうけど、別行動だとこっちが気配察知に頼れない。
「脇道の中はほとんど人通りが無いようです。あなたたち二人でバレずに尾行するのは難しいでしょうから私がこちらに行きます」
「分かった。何かあったら電話してね」
「ええ。シュウジも気を付けて」
クシャナさんはオークが別れた脇道の入り口で立ち止まったまま俺たちを見送った。
相手に気付かれないように時間を置いて脇道に入るつもりだろう。
そんなクシャナさんを残し、俺と白夜は竹下通りに残った二人の後に着いて行く。
「しっかしなんだな、あいつら男のオークだけでこんなとこに来て楽しいのか?」
アナザー東京の竹下通りは所謂『KAWAII』系の店が目立つ。
店構えだってピンクだの花柄だので乙女オーラ満載だ。
とは言え元の状態の日本でもそう変わらなかったらしいけどな。あんまり詳しくないけどなんとなく知ってる。
だから場所の方向性としては変わってないのかもしれない。
ただやっぱりこの竹下通りも『獣人の街原宿』の一部だ。
店だって、キュートでファンシーな首輪専門店とかネイルアートならぬ蹄アートサロンとか獣人の女向けが多い。
どっちにしろあんまり男向きの場所じゃなくね?
「確かに似合わないけど、プレゼントを買いに来たのかもしれないわよ?」
「あいつらが? まさか。だいたいこんなとこに売ってる物を送る相手ってどんな奴だよ」
この辺で売ってるのはどれもかなり攻めた少女趣味だ。
こんなの着けて町歩くってのはかなりハードル高いと思う。
よっぽど自分に自信があるか、周りの目を全然気にしないか。
どっちにしろすげーメンタルだ。
「いいじゃない。可愛いいんだから。ほらあのリボンとかいいと思わない?」
そう言って白夜が指さしたショーウィンドウの中には、フリッフリのロリータファッションで着飾ったマネキンが居た。
そしてそのマネキンのふわふわカールのウィッグにはこれでもかってくらいデカいリボンがくっついてる。
いや。そりゃ可愛いかもしれないけどさ、やり過ぎだろ。
「なにお前。ああいうのが趣味なの?」
「え? ち、違うわよ。可愛かったからちょっと言ってみただけで、私は別に、似合わないし……」
露骨に狼狽えるね、この娘は。
別に好きなら好きでいいと思うけどな。
でもまぁ、こいつの可愛さとは方向性が違うってのには同意かな。
「例えば、例えばよ? 私がああいうの着けてたらどう?」
「ん? そりゃキツイよ? 少なくとも一緒には歩きたくねーな」
いや、だってさ、ロリータファッションなんて守ってあげたくなる系の女の子が着るもんじゃねーの?
白夜の場合、どう考えても背中を任せられる系だからな。
残念ながら似合う似合わないで言えば後者だろ。
「そう……。やっぱりそうよね」
白夜はすごい残念そうだ。
悪いな。俺はウソはつかない派なんだよ。
ましてファッションで勘違いすると悲劇を生むし。
とは言えやり過ぎなきゃいいと思うんだよ。
「おい、白夜。お前はこっちにしとけ、こっち」
俺はとあるショップの店先に出てた屋台にみたいなゴンドラから、人族用の白のカチューシャを取って白夜の頭に乗っけた。
「お。やっぱり似合うな。ちょっとお嬢様っぽくなっていい感じだぞ」
なんつーか、白夜の長い黒髪に白のカチューシャはハマり過ぎだ。
よく似合ってるし、これくらいならそんなに変な目で見られないんじゃないか?
我ながらいいチョイスだ。
「だから私は別に欲しいわけじゃ、って何勝手にお金払ってるのよ!」
ゴンドラの側に居た店員にカチューシャの値段を聞いたら、全然手ごろだったんで思わず買ってしまった。
時間も無いしお釣りも受け取らず、惑う白夜を引っ張ってすぐに尾行に戻る。
いや、ほら。さっき白夜にキツイこと言っちゃったからな。
その分の埋め合わせだと思えば安い買い物だ。
「いいから。着けとけ。こんど猫耳買ってやるからそれまでの代わりな」
「何よ、それ。意味分からないってば」
「とにかく行くぞ」
「あーもう。あんたって一人で突っ走り過ぎ!」
先行して歩き出した俺に小走りで追いついて来た白夜は、ショーウィンドの反射を鏡代わりにしてカチューシャの具合を確認する。
自分でも気に入ってんじゃん。
それから俺たちは再びオークの尾行に戻った。
その後も大した目的もなさそうに歩く連中と距離を保って監視を続ける。
やっぱりオークたちは通りにあるどの店にも興味が無いらしい。
会話も弾んでないみたいだし、何やってんだか。
なんて俺が思ってると2人はそろって路地へと入った。
やっぱりここには用事は無しか。
「なんか解散して家に帰る途中っぽいな」
「私もそんな気がするわ。でも昼間に家に帰ってどうするのかしら?」
「さぁな。まぁ、取り合えず最後まで着いてってみようぜ。家に隠してあるパターンだった時のために一応場所も知っときたいし」
「それはいいけど大丈夫だと思う? クシャーナも私たち二人が裏路地をバレないように追いかけるのは難しいって言ってたわよ?」
言ってたけどな、確かに。
そりゃ俺たちはラーズみたいな追跡のプロでもなけりゃ、クシャナさんみたいに気配察知が出来るわけでもない。
そんな俺たちが人気の無いところでコソコソしてりゃ怪し過ぎて目立つだろう。
だからさっきも俺たちが竹下通りに残るようにクシャナさんが配慮してくれたってのに、結局猪武者の連中はみんな裏路地に入って行った。
まぁ、そもそもギャングの類いなんだから最終的には人気の無いところに行きついただろうけどな。
そう思えば大丈夫か大丈夫じゃないかって言うより、とにかく行かなきゃ仕方ないってことだ。
「まぁ、何とかなるだろ」
結局他に選択肢が無い俺たちは、クシャナさんがしたみたいに少し時間をおいてから路地へと入った。
とにかく可能な限り離れるようにして、相手が曲がり角を曲がったら一気にダッシュ。
建物の影から顔を覗かせてオークの行動を覗う。
そんなことを何度か繰り返して俺が角の向こうを覗き込んだ瞬間だった。
曲がり角の向こう、すぐ目の前に居たオークが特殊警棒か何かを強烈な勢いで俺の頭に打ち下ろして来た。
「ッ――!!」
俺はとっさに建物の壁に手を突いて、その反動を使って間合いの外に逃げる。
幸い不意打ちの一撃は回避したけど、完全に体勢を崩した俺は路上に転がった。
オークはそれを見逃してくれない。
空振った警棒をもう一度振り上げて迫ってくる。
この野郎。俺が大人しく一方的にやられると思うなよ。
反撃手段なんかいくらでもある。
俺は右手に青炎を灯した。
単純かつ確実な攻撃力。
オーク相手には十分過ぎる火力だ。
「修司、ダメよ!」
白夜が叫ぶ。
ダメ?
何がだ?
訳が分からず俺はとっさに逆の手でウィンドを放ってオークに瞬間的な風圧をかける。
よろめくオーク。
その隙に体勢を立て直し距離を取る。
「落ち付いて。殺すのはダメ」
ああ。そうだったな。
いきなりのことでつい本気になりかけてた。
ここは日本だ。
殺るか殺られるかの異世界じゃない。
こいつらもただのギャングで武器も警棒だ。
殺さなきゃいけないほどの脅威じゃない。
俺は白夜の隣まで下がって迎撃態勢を取る。
ほとんど間を置かず、さっきのオークともう一人が角のこっち側に飛び出してきた。
でも今度は警戒して間合いには入って来ない。
どうした? 不意打ちした時の強気はどうした? ビビッてんのか?
と、
「修司。増援が来るわ」
白夜に言われて肩越しに後ろを確認する。
確かに猪武者お揃いの袖なしGジャンを着たオークが5人ほどこっちに走って来くる。
くそ。そう言うことか。増援待ち。他にも仲間が居たか。
でもいつの間にこっちに気付いて呼んだ?
分からないけど確実なことが一つ。
探偵ごっこはここまでってことだ。




