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32話「交換条件」

「さぁ、好きなところに座るにゃ」


 店の奥に案内された俺(とたぶん白夜とクシャナさんも)は、その和室の中を見るなり不覚にもちょっと戸惑ってしまった。

 いや、別に和室なのはいいんだよ。

 でもちゃぶ台の周りに底が浅めの段ボールが口を開いた状態で並べられてるのが怪しすぎる。


「取り合えず話しを聞いてやるから言ってみるにゃ」


 マーブルはそう言って一つの段ボールの中に尻を収めるように座った。

 まさかあれは座布団とか座椅子の代わりか?


「実はちょっと人探しをしてもらいてぇ」


 言いつつラーズも段ボールに尻を、……収めきれずに箱がつぶれちゃった。

 体がデカすぎるんだよ。

 でもラーズもマーブルも全然気にしてない。そういうもんか?


 どっちにしろ立ったままじゃ具合が悪い。

 俺たち残りの3人は顔を見合わせつつも同じようにして段ボールに腰を下ろす。

 クシャナさんは相変わらず無表情だけど、白夜はどことなく楽しそうだ。


「ラーズが自分で探せないような相手かにゃ? いったいどんな奴にゃ?」

「嬢ちゃん。話してやんな」

「え? ええ。その相手っていうのは――」


 ラーズに促されて白夜は件の召喚術士の特徴をマーブルに語った。


 曰く、

 白夜より年下の女のエルフで名前は分からない。

 着ていた服や喋り方から上流階級な印象を受けた。

 性格は高飛車かつ高圧的ではっきり言って嫌な奴。

 原宿のどこかにある地下へと続く階段の扉がそいつの根城の入り口になっている。

 ただし人払いの魔術のせいで場所は全く分からない。


 それが白夜の知るほとんどすべての情報だった。

 いや、思ったより少ないな。

 速攻で喧嘩別れしたって話しだから仕方ないのかもしれないけど、もうちょっとなんか欲しい。


「その召喚術士なら十中八九『デイドリーム』にゃ」


 と思ったらマーブルには十分な判断材料だったみたいだ。


「デイドリーム? 聞かねぇ名前だな。どんな奴だ?」

「割と最近になって原宿に来たにゃ。欺瞞魔術で徹底的に自分の存在を隠してるにゃ。確かに居るはずにゃのに幻みたいに掴みどころの無い奴。だからデイドリームにゃ」

「だってさ。お前は半年間も白昼夢を追いかけてたんだと」

「やめてよ、そういう言い方。医者にも似たようなこと言われたんだから」


 白夜はそう言って心底うんざりしたような顔をした。

 そう言えばこいつはこっちに帰ってきて世の中の変貌っぷりを周りの人間に指摘しちゃったんだったな。

 そりゃダメよ。この世界の皆さんこれが正常だと思ってるからね。


「それでさ、そいつに会うにゃどうすりゃいい?」

「簡単にゃ。ウチの合成マタタビをキメればイッパツにゃ。今なら安くしとくにゃ」

「ぬかせ。それで会えんのはでっけぇカマドウマだって噂になってんだよ。いいから答えろ。お前ならそいつに繋ぎを付ける伝手に心当たりくらいあんだろ」

「そいつは難しいにゃ。ラーズも知っての通り、裏原宿にも派閥があるにゃ。デイドリームはウチとは違う派閥にゃからすんなりとはいかないにゃ」

「そこをなんとかしてくれっつってんじゃねぇか。長げぇ付き合いじゃねぇか」

「脅しておいてよく言うにゃ。それに今はキャットストリートの一大事にゃ。他人の問題に関わってる場合じゃないにゃ」

「一大事?」


 その割には猫人たちに切羽詰まった様子なんてなかったけどな。


「実はまだ公にはされてにゃいんだが、キャットストリートの秘宝『猫小判』が奪われたのにゃ」


 マーブルは迫真の真顔だ。

 でもどう考えても悪いジョークにしか思えない。

 猫小判てお前。


「なんなんだよ、その猫小判って?」

「キャットストリートの守り神『猫大明神さま』のご神体が持ってた黄金の財宝にゃ」

「財宝って、守り神なのに自分の持ち物も守れなかったのかよ」

「あげ足取りはいいにゃ。猫大明神さまは労働の義務から守ってくれる神さまにゃ。防犯も交通安全も無病息災も関係ないにゃ」

「ずいぶんぐうたらな神さまだな。そんなんだから小判盗まれたんじゃねーの?」

「なに言ってるにゃ。犯罪は犯した方の罪にゃ。被害者を非難するのはお門違いにゃ」


 うわ。こいつそんな正論言われるとは思わなかった。

 間違ってはねーよ。間違ってはねーけど。何かこう、心に引っかかるな。


「とにかく今、キャットストリートの重鎮たちが猫小判奪還作戦を練ってるにゃ。そっちの手伝いが忙しいにゃからデイドリームなんかに構ってる暇ないにゃ」

「作戦と言いましたね。と言うことは取り返すべき相手は分かっているのですか?」

「にゃ。犯人は原宿でも一等凶悪なオーク集団『神州猪武者』の連中にゃ」


 誰だよ、それ。

 ってことでラーズに視線を送って解説を求める。


「凶悪、かどうかはともかく、荒くれぞろいで通ってるアウトローチームだ。若ぇオークばっかが集まってるらしいが、具体的に何を目的にしてるってことは無ぇ。言って見りゃストリートギャングの類いだな」

「そうにゃ。悪い奴らにゃ。だから今日中にも猫人界の勇士たちが決死の戦いを挑むにゃ」


 すげーな。

 猫対豚か。

 そこまでして取り返すようなもんなのかね、猫小判は。

 あれか? やっぱ本物の金か?

 まぁ、仮にそうだったとしても、取り返すのは難しいだろうな。

 何故なら、


「お前らオークに勝てんの?」


 問題はそこだ。

 オークってのはそこそこ強い種族だし、猫人はぶっちゃけ弱い部類の種族だ。

 そういうわけで猫人とオークが戦いになった場合、普通はオークの勝ちで間違いない。

 いくら秘宝を奪い返すためでも気合で埋まるような戦力差じゃないし、なんか作戦でもあんのかね?


「ふ。いいこと教えてやるにゃ、少年。この世の中は出来るか出来ないかじゃないにゃ。やるかやらないかにゃ。そして男には無謀と分かっててもやらなきゃいけない時があるにゃ。そういうことにゃ」


 ま、なんて男らしい。

 そういうイカしたセリフ好きよ、俺。

 ただ残念ながらやっぱり無策っぽい。あったとしても成功確率低い奴だなこりゃ。

 だとしたらここは一つ男の見せどころかな。

 こいつらだって無駄な負け戦をしたいわけじゃないだろうし、こっちにもメリットのある話しだ。


「なぁ、取引しようせ。俺たちが猫小判取り返してくるから、上手く行ったらデイドリームに合わせてくれよ。それならお互いに悪くないだろ?」


 猫人たちは猫小判を取り返すためにオークと戦わなきゃいけない。

 でも決死の戦いなんて言うくらいだから旗色は相当悪いだろう。

 そうなると猫小判を取り返すどころか、ボコボコにされたうえでさらに賠償金的に色々要求されるかもしれない。

 と言うか確実にそうなる。どこの世界でも敗者の運命なんてそんなもんだ。


 一方俺たちにとっても猫人たちがオークとの争いで混乱するのはよくない。

 デイドリームとの繋ぎを付けてもらえなくなるからだ。

 デイドリームがこの世界の混乱について何か知っているなら俺たちはどうしても会う必要がある。

 そのために猫人たちの協力が必要なんだったらそれだけでも力を貸す理由にはなる。


「にゃーん? お前らがかにゃ?」


 俺の提案にマーブルは俺たちの面子を右から左へと流すように見た。


「ラーズはともかく、お前らはオークに勝てる自信があるのかにゃ?」

「俺は大丈夫だし、クシャナさんに至ってはやり過ぎる方が怖いから見ててもらいたいくらいだって。あとは、白夜はどうなんだ? ちょっとくらい戦えるんだろ?」


 まぁ、これは俺のちょっとした勘だけど、白夜はたぶんそれなりに場数を踏んでる。

 今日追いかけっこした時の反応の良さは平和ボケとか温室育ちとは思えなかった。


「ええ、心配無用よ。私もあっちじゃ『滅びの魔女』とか『進撃する終端』とか呼ばれてたし、オークなんかに遅れは取らないわ」

「怖ッ。お前なんつーあだ名付けられてんだよ。なんか非人道的なことやったんじゃねーの?」

「失礼ね。私のはちょっと、スキルが特殊なだけよ」

「それが怖いっつーの。『滅び』とか『終端』とかどんなスキルだよ。だいたい『進撃』って自分から殺しに行ってるってことじゃねーか」


 それはあれだよな? 今日使ってた物体を消去する的なスキルだよな?

 よくよく考えたらあれを人間に使った日には……。


「だから違うってば。可哀そうな人たちのために立ち上がったつもりがいつの間にかそう呼ばれてたの!」

「いつの間にか相手が滅んでたって、お前はどこの鬼神だよ! あれっスか? キレると記憶無くなる系ッスか?」

「あんたね、これ以上続けるなら実感させるわよ?」

「あ、ウソですごめんなさい。滅ぼさないでくださいお願いします」


 ここで飛び出す俺の隠し最強スキル『DO☆GE☆ZA』。

 これでいくつものピンチを切り抜けたり切り抜けれなかったりしてきたんだぜ。


「にゃあラーズ。本当にこいつら使えるのかにゃ?」

「あー、少なくとも戦力的にはオークなんざ目じゃねぇぜ? そっちがデイドリームに繋ぎをつけるって約束すんなら獅子雄中佐もバックアップを惜しまねぇだろうし、まぁ、あとはおめぇ次第だな」

「うにゃー。正直かなり不安にゃが背に腹は代えられないにゃ。ダメ元で使ってやるからせいぜいしっかり働くにゃ」

「へっ。こんなのはどだいなるようにしかならねぇよ。おい、ガキども。仕事だ、仕事。先方は俺たちに任せてくれるってよ」


 あれ?

 俺が白夜にSYAZAIしてる間になんか話しがまとまっちゃってる。

 提案者を置いてけぼりとかちょっとひどいんじゃない?


「そういうわけで仲間には話しを通しておくにゃ。オークたちの居場所は教えてやるにゃからさっさと行って来るにゃ」


 そう言ってマーブルは立ち上がり部屋のすみの机に向かう。

 たぶん地図でも描いてくれるつもりなんだろうけどそれは要らない。


「何言ってんだよ。猫小判が本物かどうか確かめないといけないんだからお前も一緒に行くに決まってんじゃん」

「にゃ? でも仲間にこのことを伝えにゃいと……」

「電話か使いでも飛ばせばいいじゃん」

「でもこの体じゃ悪目立ちするにゃん……」

「変装するの手伝ってやるって」

「でも……」

「でも?」

「……」

「……」

「――にゃーん!!」


 こうして俺たちは一致団結してオーク討伐に向かうのだった。

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