31話「嗚呼、原宿猫文化」
猫。
それは群れることのない孤高の存在。
猫。
それはクールで物静かな知的な存在。
猫。
それは無邪気で愛らしい癒しの存在。
ここキャットストリートは、そんな猫への幻想を打ち砕く。
「兄にゃん、兄にゃん。今オレのこと見たにゃろ? 喧嘩売ってんのか、にゃーん?」
「――だからそいつに言ってやったにゃ。おい、お前の尻尾はいつから2本になったにゃ、って。にゃはははは」
「あ゛あ゛、今日もかったりーにゃ。あ、屁が出たにゃ」
キャットストリートの猫人たちは実に生き生きしてる。
それもそのはず。言って見りゃ猫を被ってない猫だ。
ただでさえ自由な生き物が他人の目の届かない場所に行ったらどうなるのか。
キャットストリートってのはそういう場所だ。
と言っても別に無法地帯ってわけじゃない。
単に猫としての外面を忘れてる奴が多いだけだ。
女子高みたいな?
「何が猫の気持ちを理解出来てるか調べる猫クイズだ。意味ねーじゃねーか」
「それにしても人手、いえ、猫手が多いわね。これじゃぶつからずに歩くのは無理だわ」
言ってるそばから白夜は向こうから歩いて来た猫人と肩をぶつけた。
今は平日の午前だけど、キャットストリートは混雑している。
何故かって言うと、キャットストリートは人通りに対して道幅が極端に狭い。
車道なんてもちろん無くって、区画全体が入り組んだ裏路地のような町だ。
左右両側には木造の古い建物がずらっと並んでる。
昼だってのに、ところどころにぶら下がってる赤提灯がぼんやりと光ってるのが分かる。
狭いし暗いしちょっとした隙間にはたいてい猫人が挟まってるし。
そんなとこでじっと様子をうかがってなにしてんだか。
とまぁ、基本的に狭いせいでどっちに向かうにしろ、自然と体をぶつけあいながら歩くことになる。
と言うか、猫人たちにとってはその方が自然なことらしく、ぶつかっても謝るどころかグイグイ押してくる。むしろ体を擦り付けてくるレベルだ。
「つーかどうしてこんなに狭いんだよ。こんなんじゃ喧嘩とか色々問題起こるんじゃないのか?」
キャットストリートを何人かで歩こうと思っても横には並べない。
道が狭すぎて物理的に無理だからまるで小学生の登下校のように縦一列になってないと反対から来た奴とすれ違えない。
だから俺たちも案内のラーズを先頭に、白夜、俺、クシャナさんの順番で縦になってる。
「そういうところも含めて猫の気持ちが分からないとダメだ、ってことなんじゃない? 人間や他種族の価値観のままじゃ戸惑ったり理不尽に思ったりすることもあると思うし。現に私たちだって猫耳付けさせられてるじゃない」
白夜は猫人とすれ違うのに体を横に向けるついでに俺に振り返ってそう言った。
「そりゃそうかもしれないけど、だったら道を広くすればいいだろ。ってかお前猫耳似合うな」
「な、なによ。急に」
「いや、だって可愛かったからつい」
「やめてよ。猫耳なんて似合っても、その、困るじゃない」
そう言いつつもまんざらじゃなさそうな白夜さん。
猫好き少女は猫耳願望があったのかもしれない。
「あ、もちろんクシャナさんも似合ってるよ」
俺は後ろに居る大事な家族にも一言かけておく。
クシャナさんの場合はなんて言うか、貫禄がある。
プロのモデルさん的な「どうだ!」って感じの華だ。
「そうですか? シュウジも子供に戻ったみたいで可愛いですよ」
うーん。
その評価は男としてどうなんだろう。
俺的にはカッコいい男になりたいんだけど、でも今は猫耳だしな。
まぁ、クシャナさんから褒められたら悪い気はしない。
と、白夜が三半眼になってこっちを見てる。
「何よ。女なら誰だっていいんじゃない」
あれ。機嫌が悪くなってる。
白夜以外を褒めたからか?
「いや、クシャナさんは『美人』だから、な? お前の『可愛い』とはまた別の話しなんだよ」
いかんね。
女が二人も居るとヘイト管理が難しい。
俺はプレイボーイじゃないからその辺りはヌーブなんだぞ。
「おい、ガキども。後ろでイチャイチャしてるんじゃねぇ。遊びじゃねぇんだからそういう痴話喧嘩はデートの時にでもやりな」
「い、イチャイチャも痴話喧嘩もしてないわよ!」
「そうだぞ。仲間はずれだからって怒るなって。お前も似合ってるよ、猫耳リザード?」
「やかましい。誰が猫耳リザードだ。いいから着いて来い。この奥の店だ」
え。そこ入るの?
ただでさえ裏路地じみたメインストリートのさらに裏路地となるとそこはもう建物の隙間だ。
それでも目的地がそっちなら着いて行くしかない。
俺たちはラーズに続いてその隙間に入る。
道幅的にはぎりぎりだな。
なまじリザードマンの体は人間よりもデカいもんだから完全に道を塞いじゃってる。
すれ違いとかもう無理。
と思ったら、反対からやって来た猫人が俺たちの頭の上を忍者みたいに器用にすれ違って行く。
だからそこまでするくらいなら都市計画見直せ。
それから連れて行かれたのはこの狭苦しいに道に面した一軒のど派手な店だった。
周りは木の質感むき出しの地味な店ばっかりなのに、ここだけ胡散臭いくらいにカラフルだ。
木造は木造だけど柱とか壁をポップな色彩で塗り分けちゃってる。
あれか? ピンク色のアロハを着てる奴は自然とこういう店に惹かれるのか?
「邪魔するぜ」
とにかく用があるのはこの店らしい。
ラーズは妙にハードボイルドに声をかけながら中に入る。
当然俺たちも是非も無くINだ。
店内は思ったより広い。
縦長の店はやっぱりカラフルに彩られてて、結構な数の猫人で繁盛してるらしい。
連中は店内の棚に置いてある商品を夢中で吟味してる。
なんだろうな。
アイテム屋ってわけじゃなさそうだ。
でも服とか食べ物の店でもない。売ってるのはなんか小物ばっかりだ。
俺は注意深く猫人たちが選んでる商品を観察する。
ある猫人の客はゼンマイで動くネズミの作り物に夢中だ。店の台の上を右へ左を走り回ってるのをじっと目で追ってる。
ほかには、二人組の猫人が手に取った猫じゃらしでお互いの顔をコチョコチョしあってたり、『着る隙間』って書かれた段ボールを試着してたり、色々だ。
「なぁ、この店って……」
「……たぶん、おもちゃ屋ね」
だよな、どう見ても。
少なくとも『着る隙間』以外はおもちゃって言っても間違いじゃないだろ。
つかこんな隙間みたいな町でさらに隙間を買う気か、この猫人。
もうちょっと広い世界を見て来た方がいいよ。異世界とか。
「おい、ラーズ。遊びじゃないって言ったのはそっちだろ。なに仕事中にこんなとこに買い物に寄ってるんだよ」
「バカか。そういうアレじゃねぇ。ここの主人に用があんだよ」
ラーズはそう言って店のカウンターへと向かう。
「マーブル。出てこい、マーブル」
「うるさいにゃ。そんなに怒鳴らなくても聞こえてるにゃんよ」
ラーズに呼ばれて出て来たのは体の毛を極彩色のマダラに染めた猫人だった。
店ともども目に痛い奴だ。
イカしてるって言うか、イカレてるよ。
「にゃーん? ここはリザードが用のある店じゃないにゃ。冷やかしならさっさと帰るにゃ、ラーズ」
「用がなけりゃ誰がこんなとこにくるかよ。ちょいと『ウラハラ』のことで話しがしてぇ。今いいか?」
「全然良くないにゃ。どうせまた面倒な話しにゃ。そんなのに関わるくらいなら昼寝してた方がマシにゃ」
ラーズの言う『ウラハラ』ってのはたぶん裏原宿のことだろう。
それが分かるなら、このど派手な猫人はアンダーグラウンドに通じてるってことだ。
見た目からしてマトモじゃないけど、裏社会の住人にしては悪目立ちするな。
まぁ、案外灯台下暗し的なカモフラージュにでもなるのかも。
「昼寝ならいっつもしてんじゃねぇか。別に時間は取らせねぇ。ちっとばかし話しを通してもらいてぇだけだ。そんくらいの貸しはあんだろうが」
「そんなもの無いにゃ。あっても知らないにゃ。こっちは忙しいにゃからさっさと出て行くにゃ」
「出て行ってもいいが、ほんとにいいのか? 俺が帰ったあとに、でっかいバッチの付いた手帳を持った連中が最近この辺で出回ってる違法な合成マタタビについて聞きに来るかもしれねぇぜ?」
「にゃふ! 声がデカいにゃ。店の中で滅多なこと言われちゃ困るにゃ。とにかく奥に上がるにゃ。話しはそこで聞くにゃ」
なんだよ、合成マタタビって。
分かんないけど、あの慌てようは体に悪い方のクスリっぽい。
つまりこのマーブルって奴は町の薬屋さんならぬ街角のクスリ屋さんでもあるわけか?
とにかくラーズはこいつの弱みを色々握ってるらしい。
今日はそれを使って強引に協力させようってことだな。
ご愁傷さま、マーブル。
そんなわけで、俺たちは裏原宿の入り口的なところまでたどり着いた。




