29話「ラーズの提案」
「で、俺はその召喚術士を探すのを手伝えばいいだな?」
一連の事情を聴き終えたリザードマンのラーズは、そう言って面倒くさそうな顔をした。
ここは原宿の中でも表参道にほど近い、比較的人族向きなオープンカフェの一席だ。
俺が電話で白夜との合流と手がかりの話し伝えると、獅子雄中佐はすぐさまラーズを助っ人として寄こしてくれた。
なんでもラーズは戦闘よりもこういった裏方仕事の方が得意らしく、件の召喚術士の捜索には必ず役に立つだろう、ってことだ。
とは言え、当の本人はそんなにやり手のようには見えない。
相変わらず目に痛いピンクのアロハシャツを着てハワイアンブルーのソーダを飲んでいる姿は、どこからどう見てもこれから競馬場に行く途中のおっさんだ。つか馴染み過ぎ。
「そう言うこと。今話した通り、白夜を呼び戻した召喚術士に聞けば、この世界がどうなってんのか何か分かるかもじゃん? 手がかりとしては悪くないと思うんだよ」
「かもな。だがそこの嬢ちゃんが異世界人じゃなくてボウズと同じ帰還者とはよ。最近の若ぇのは軽々しく異世界に行き過ぎだぜ」
ラーズは白夜を見ながら軽く悪態をついた。
別にみんな行こうと思って行ってるんじゃないと思うけど、実際帰還者ってどれくらい居るんだろうな。
探せば案外まだ出てくるかもしれない。でも取り合えず今は目の前の問題だ。
「そんなことよりあんたなら探せんの? 相手は見つからないように結界張ってるみたいだけどさ?」
俺はラーズに直球で疑問を投げた。
だって問題はそこなんだよ。
がんばって探せば見つかるなら苦労は無いし、別に俺らだけで探しても良かった。
でも、今日までの一か月の間、白夜がどれだけ探しても辿り着けなかったんだから正攻法じゃ無理くさい。
なんたって白夜は召喚術士の本拠地だかの場所を知ってるはずなんだから。
それで辿り着けないなら相応の技能を持った奴が必要だと思うんだけど、このラーズって奴がどれくらい使えるのかすっげー疑問。
だからこそまずそれを聞いたんだけど、
「あ? 俺じゃ無理だぜ?」
これだよ。
さも当然って顔で断言してくれちゃってんの。
じゃあなんで来たんだよってことになるだろ、ふつー。
「じゃあなんで来たのよ!?」
ほら。普通に白夜さんもプチ怒ってるよ。おっきい目が今はちょっと鋭くなってる。
でも庇わない。
今のYOU。ラーメン持って来るの忘れた出前の兄ちゃんとDOKKOIだぜ☆
「まぁ、聞け聞け」
イラッときてる白夜を前に、ラーズはハワイアンソーダの氷をズズっと吸った。
「相手の根城がどういう類いのもんにしろ、外との交流を完全に断つのは無理だ。魔術師ってんなら術具やら触媒やらを調達しなきゃなんねぇし、依頼の一つも受けねぇと金にも困る。これがどういうことか分かるか?」
「はい!」
俺は手を上げて返事をした。
「ボウズ。言ってみろ」
「バカだから分かりません!」
「じゃあ黙ってろ」
反応薄っ。
なに? 最近はこの定番ネタはウケないの?
俺の居ない6年の間にカルチャーはネクストジェネレーションにシフトしちゃったの?
白夜まで残念そうな目で見てくるもんだから、俺は静かに手を下ろすしかなかった。
そんな俺の頭を撫でてくれながら、クシャナさんが代わりにラーズの質問に答える。
「つまり、召喚術士本人は見つけられなくても、召喚術士に繋ぎを付けられる人物なら探し出せるかもしれない、ということですか?」
「……ご名答。さすが姐さんは鋭ぇな」
おいおい、褒めるほかビビるのかどっちかにしろよ。
クシャナさんへの感情を悟られないように無表情になってるのがもうアウトだよ。
「でもその相手だってどうやって見つけるのよ。言っとくけど、私だってこの辺りに召喚術士が居ないかくらいは聞き込みしてみたんだからね?」
そりゃ半年もありゃそれくらいはしてるか。
でもそこまでして見つかってないのに今さらどーする?
「素人の聞き込みなんざたかが知れてんだよ。会話に飢えてる暇なジジイじゃねぇんだ。いきなり行ってそう都合よく情報を引き出せるわきゃ無ぇ」
まぁ、言いたいことは分かる。
誰だって知らない奴には警戒するだろうからな。こういうのは伝手がないと結構厳しい。
ましてや相手は姿を消してるような奴だ。知ってる人間も少ないだろうし、知ってる人間も口は固いだろうな。
「そこまで言うってことはラーズなら聞き出せんの?」
「ま、情報のルートが上手いこと繋がってりゃな」
「ルート?」
「お前ら、裏原宿って知ってるか?」
その質問に俺は首を横に振って答える。白夜も同じようにして、クシャナさんは僅かに首を傾げてた。
「裏原宿ってのはこの辺一帯に広がってるアンダーグラウンドだ。例の召喚術士は人払いを使うような奴だろ。なら表じゃなくて裏を探さなきゃ意味が無ぇ」
なるほどね。そりゃまぁ、確かにそうだ。
「知らなかったわ。そんなのがあったのね」
「ある。つっても場所じゃねぇぞ。あくまでも後ろめたい連中のネットワークだ。俺もその一部分にゃ顔が利くから運が良けりゃ何か引っかかるだろうよ」
そっか。それで獅子雄中佐はラーズをこっちに寄こしたのか。
この手の「話しを通す」ってのはなんと言っても顔の広さが重要だからな。
そういう意味じゃラーズは確かに役に立つわけだ。
「それじゃさっそく行くとするか」
ラーズは立ち上がってアロハの襟を引っ張ってピシッとした。
「行くってどこへ?」
「あ? そりゃいいところに決まってんだろ」
白夜の問いに答えたラーズはニヤケ顔で答えた。
まさか色っぽい町じゃないだろうなと思ったが、ラーズが次に言った言葉でその期待はあっさり打ち砕かれる。
「お前ら、猫好きか?」
その一言で俺は次の行先を悟った。




