28話「雪代白夜の事情」
帰還者。
それは一度異世界に転移しておきながら再転移して元の世界に戻った奴のことだ。
獅子雄中佐たちが探してたこのローブの女は間違いなくそうだろう。
だって話しぶりが実に分かりやすく帰還者然としてる。
他の奴が聞いたら病院へ連れて行くような内容でも、同じく帰還者であるところの俺には容易に理解出来ることだ。
「帰還者って、あんんたたち何を知ってるのよ? そもそもいったい何者?」
「その子はあなたと同じ帰還者で、私は付き添いの異世界人です。もっともこの世界に帰って来てみれば、世の中があるべき姿からは程遠いほど狂っていたので戸惑っていたところです。と言えばあなたは信じますか?」
「……。他人の口から聞くときびしいわね。でもそうね、そこのあんた、帰還者ならこの世界が元々はどんなところか知ってるはずよね?」
女はそう言って俺を見た。
それは試すようでいて、どこか期待した目だ。
「まぁ、俺がここに居たのは6年前までだから、それより昔のことならな」
「じゃあ日本で一番北にある県がどこか分かる?」
「あ? 北って言うと、北海道のことか?」
「そう! 知ってるじゃない!」
なんかすげー喜んでる。
そりゃ北海道くらい誰だって知ってるだろ。
……。
いや、まさかな。無事ですよね、北海道さん?
「他にはそうね、渋谷駅の銅像のハチ公は本当はどんな生き物?」
「いや、待て待て。犬じゃねーのかよ? なんなんだ? ハチ公は今なんなんだ!?」
「当たりね。次はこれを見て。これの名前を当ててみて!」
「答えねーのかよ。ハチ公の第二形態が気になるだろ!」
無視だ。完全に無視されてる。
女は首元からネックレスを引っ張り出しながら俺に近づいて来てそれを見せつけてきた。
「早く答えて。これの名前よ」
「そりゃあれだろ。世界一名前を言っちゃいけないネズミの――」
俺はネックレスがかたどっているシルエットの持ち主の名前を答えた。
え? はっきり言えって?
そりゃ無理だ。だって昔知り合いだった某十字架教の牧師さんに言われたからな。
この世には二人、名前をみだりに呼んじゃいけない相手がいる。それが神とこいつだって。
とにかく俺の答えに女は大満足だ。
まぁ、はしゃいじゃって子供みたい。
「すごいわ。完璧じゃない。あんた本当にこの世界の元の姿を覚えてるのね!」
女は俺の手を取ってブンブンしながら「すごい、すごい」を繰り返す。
あっちはすごい嬉しそうだけど、俺はすごい不安になったよ。
「いいわ。あんたたちのこと信じてあげる。私は雪代白夜。そっちは?」
「諸神修司。んで、後ろに居るのがクシャナさん。でも呼ぶ時はクシャーナさんって言うように」
俺の言葉で後ろを振り返った雪代白夜は、こっそり真後ろまで迫って来てたクシャナさんにびっくりして俺の手を放した。
背後を取られても気付かないとは、名前の後ろに『13』の数字を付けるにはまだ早いな。
そんな未熟者相手にクシャナさんは早速質問返しをする。
「それでは今度はこちらかが聞く番です。今一度確認しますが、あなたは帰還者で間違いありませんね?」
「そうよ。わたしは4年前に異世界に転移して、半年前に戻ってきたの」
「なるほど、そしてこの世界の変貌ぶりに驚いて何がおかしいかを周囲の人間に指摘したものの誰にも聞き入れられなかった、と」
「ええ。変な話しだけど、この世界の人間は誰一人今の状況に疑問なんて持ってないわ」
「誰一人、ということはありません。少なくとも国や軍の一部の人間は漠然とですが異常事態に気付いています。あのリザードマンがあなたのところに現れたのは、まさにそのことで助言を求めてのことだったようですし」
クシャナさんが明かした『ことの真相』に白夜はため息をついた。
誤解が無くなって張り詰めてたものが吐き出されたみたいだ。
「そう。逃げる必要なんてなかったのね……」
まぁ、こいつの場合事情が事情だけに仕方なかったと思うけどな。
異常者扱いされて病院に入れられてしかも軍からのお迎えだろ。どう考えても解剖コースが待ってるとしか思えない。
とは言え、その辺の配慮が足りてなかったにしても、獅子雄中佐はいい相手に目を付けてたわけだ。
帰還者ってのはこの世界の元の姿を知ってるだけに、中佐たちの任務には異世界人よりよっぽど役に立つ。
そういう意味じゃやっぱり白夜と獅子雄中佐は引き合わせた方がいいんだろう。
向こうが今後の方針をどうするのかは分からないけど、協力者は多い方がいいしな。
ただその前に気になることが一つ。
「ところで白夜。お前、どうやってこの世界に帰ってきたんだ?」
「い、いきなり下の名前で呼ぶの?」
「いいんだって。おんなじ帰還者同士仲良くやろうぜ」
「仲良く……。そうね。仲良くするなら名前で呼び合うものよね。修司」
なんかえらくどや顔だぞ、こいつ。すげー満足そう。
「で、どうやって戻って来たんだよ。向こうでなんかしたのか?」
転移者が元の世界に帰るためには、そもそもどうやってその世界に転移してきたかが重要だ。
例えば誰かに異世界召喚された場合はそれ用の術式で送還してもらえばいい。
他には超自然的な力で向こうの世界に引っ張り込まれたなら、その原因を見つけて破壊するなりすれば帰還できるはずだ。引っ張られた輪ゴムが元に戻るみたいにな。
だから俺の質問はそこまでひっくるめた白夜の身の上話についてのものだったんだけど、本人から帰ってきたのはちょっと微妙な答えだった。
「それが、私は召喚されたのよ」
短くそう言い淀んだ白夜の言葉に俺は少し違和感を感じた。
送還ではなく召喚。
どうやって帰って来たのか聞いた質問に対する答えがこれだ。
元々異世界召喚されたから送還されて帰ってきた、って意味にも取れなくはないけど、ちょっと回りくどくないか?
俺が見たとこ、こいつはそんな面倒くさい言い方をする女じゃないし、俺が違和感を感じたのはそこだ。
「召喚ってのはどういう意味だ?」
「だからそのままの意味よ。私はこの世界の術士に召喚されて呼び戻されたのよ」
「この世界の?」
なんだ、そりゃ。
異世界転移した人間を召喚魔法で呼び戻すとか、そんなパターンあるのか?
いや、出来なくはないのかもしれないけど初めて聞いたぞ。
もしその術士が狙ってそれをやったんだとしたらたぶん天才の部類だ。
「そいつはなんでお前を逆召喚なんかしてこっちに戻したんだよ。何か目的があったんだろ?」
じゃなきゃそんなことわざわざしないだろうしな。
異世界から何かを召喚するってのはそれだけでもかなりハイレベルな魔法に分類される。それこそ今まで出会った異世界召喚の使い手は片手で数えられる人数しか居ないくらいだ。
しかも全員が全員狙った相手をピンポイントで召喚するなんて器用さも無かった。せいぜい大雑把な条件を付けてあとは運頼みのおみくじ方式だ。
そんなわけで、術士が白夜を狙って逆召喚したとしたら相当の実力と目的があったはずだ。
「さぁ、詳しいことわ私も知らないわ。だってその召喚術士はすっごいやな奴だったから、すぐに喧嘩別れして逃げて来たんだもの」
「おいおい、せっかく呼び戻してくれたのにそれでいいのかよ。一応は恩人じゃねーか?」
「いいのよ。向こうだって自分のためにやったってはっきり言ってたし。でも今となっては後悔してるわ。あの召喚術士、思い返してみると怪しかったのよ」
「怪しい?」
「ええ。なんとなくこの世界の状況について何かを知ってたような口ぶりだったのよ。はっきりとしたことを聞いたわけじゃないんだけど、少なくとも何かがおかしいことには気づいてたんじゃないかと思うわ」
なるほどな。
この世界で近頃とみに増し増しな異世界感に感づいてる異世界召喚術士か。
そりゃ確かに詳しく話しを聞いてみたいもんだ。
「もう一度話しをしてみれば何か分かるかもしれないって思って何度も探しに来たんだけど、ダメだったわ」
「会えねーのか?」
異世界召喚なんて大魔法を使うには余程の下準備が必要だ。
地脈を利用した魔法陣を敷いたり、精霊以上の霊格の加護を得るために場を整えたり、とにかく大がかりな力場が必要だからそうそう簡単には場所を移せない。
だから白夜が逆召喚された場所はその召喚術士の本拠地のようなところのはずだ。
つまりそこへ行けば術士本人にも簡単に会えそうなもんなんだが――
「それが人払いの術か何かをかけてあったらしくって、どうやっても辿り着けないのよ。原宿のどこかに居るはずだから今日も探してたんだけど、今のところ手がかりは無しね」
ああ、そうか。
そこまでの実力者がなんの侵入者対策もしてないなんてはずもないか。
人払い系の魔術は認識をずらされたり判断能力に干渉されたり、ただやみくもに目的地を目指しても絶対にダメなやつだ。
幻術破りのスキルがあればとりあえず幻惑されずに済むんだけど、そんなに都合よく持ってるはずもない。
だいたいこれもレアな部類のスキルだから持ってる奴を探して協力を取り付けるのも大変だ。
それにこの手の欺瞞はクシャナさんでも苦労するからな。相手の気配を知ってれば何とかなるかもしれないけど、会ったことも無い相手じゃちょっと難しい。
「よし。それじゃとりあえずその召喚術士を探すとして、ちょっと手伝いを呼ぶか」
たぶん俺たちだけでなんとかしようとしても無駄に空回る可能性大だからな。
使える手は使っていかないと。
「手伝い? 誰のことよ?」
白夜はそう言って不思議そうな顔をした。
「まぁ、ちょっと待ってろって」
俺は腰につけたアイテムバッグからスマートフォンを取り出した。
これは昨日の内に獅子雄中佐から連絡用にと渡されてたものだ。
そして悲しいかな、このスマホに登録されている連絡先は極めて限られている。
俺は、その中の一つを躊躇なくコールした。
数回の呼び出し音が鳴ったあと、回線が通話状態になる。
「僕だ。今日の会合まではまだ時間があると思うが、どうかしたのか?」
電話の相手、獅子雄中佐は実に軽い感じだった。
たぶん大して重要な用事だとは思ってないんだろう。
まぁ、まさか昨日の今日でこんな手がかりを掴んでるとは思わないだろうからな。
「実は今ちょっと面白いことになってるんだけど、聞きたい?」
俺はあえてもったいぶってそう言った。
だってこれは話し甲斐のある話題だったんだから。




