27話「白昼の追跡劇」
「シュウジ!」
突然逃げ出した女に反応してクシャナさんが叫んだ。
その声と同時にスタートを切って、俺は全速力で女の後を追う。
後ろからはクシャナさんもぴったりついて来てるけど、化身のままじゃそれが限界だ。遅くはないけど、俺以上ってこともない。
「てめ、待てコラ」
逃げる女に追う俺ら。
つかはえーのなんの。
俺だって足にはちょっと自信あったけどぶっちゃけ負けてるわ、これ。
女は道行く獣人たちをひらひらと避けてどんどん逃げて行く。
このままじゃ捕まえるどころかすぐに見失って終わりだ。
いくらなんでもそれはあんまりなんで、俺は高機動スキルの陣足を使って追跡のスピードアップを図る。
ここまでしないと追いつけないってちょっとヤバくない?
「っと、悪いね」
陣足のフットワークを活かし通行人の間を次々に縫う。
状況で言えばまさしく陣足を使うのにもってこいの場面だ。さすがにどんどん距離が縮まってきた。
「おい、止まれって。別に、何も、しねーって」
そもそもなんで逃げるんだよ。確実に俺のこと分かってたろ。
別に貸した借りを返せってんじゃないんだし、話しくらい聞いてくれてもいいだろ。
その辺の逃げる理由はともかく、あっちはとにかくマジで逃げようとしてるらしい。俺が背後に迫ってるのを感じ取ったのか、急に進路を変えて人気の少ない裏路地に飛び込んだ。
大通りの雑踏の中で逃げ切れないなら障害物の無い直線的な場所で振り切ろうってか?
でも残念だったな。見ればこの路地の先には防犯用の鉄柵が待ち構えてる。所謂袋のねずみだ。
さぁ、もう逃げ場はないぜ。大人しく観念するんだな。
完全に詰んだことを確信した俺は早々に減速を開始する。あんまりグイグイ迫ると怯えさせるばっかだしな。
この状況で紳士的な配慮があればあっちだって大人しくすると思ったわけよ。
ところが女はそのまま鉄柵に向かって走って行く。
無理だぞ。その鉄柵には扉なんて付いてない完全に道を塞ぐタイプだ。高さだってかなりのもんだし、よじ登れるような足がかりも無い。
それでも女はお構いなしだ。全速力のまま右手を突き出し――
「何だ?」
女の手の先で空間が歪んだ。
何をやったのかはさっぱり分からない。
でも女はそのたった1アクションで鉄柵に大穴を穿った。歪めたとか切断したとかじゃない。一瞬で何本も鉄柱が消失して、直径にして人間大の穴が空いた。まるでレーザー光線で打ち抜かれたみたいにきれいさっぱり無くなってる。残骸なんて一つも転がってない。完全消滅だ。何しやがった?
とにかく行き止まりに穴を開けた女はそこを通り抜け逃走を続ける。
「んにゃろ!」
これで逃がしたらバカらしい。俺はすぐさま再加速して追跡を続行した。
女はその後も障害物を消去しながら走り続ける。
ゴミ箱。立て看板。レンガ塀。穴開けたり一部分だけ消し飛ばしたりもうやりたい放題。
おいおい、このまま追い回したらそのうち建物にまで穴開けるんじゃねーの?
それはちょっと問題だし、いつまでも追いかけっこなんてしてらんない。そろそろこの辺で終わりにさせてもらうか。
俺は全速力のまま前方に大ジャンプ。女を飛び越え進路の先に着地した。
「止まれっつってんだろうが!」
低い体勢で振り向きながらも叩きつけるように地面に手をついて魔力を解放する。途端に俺と女の間にある路面が高熱を帯びて赤く染まった。
道いっぱいに広がる熱の絨毯は女にそれ以上の前進を許さない。
路上に落ちてたペットボトルが熱で引火して煙を上げる。
それを見た女がとっさに後ろに飛んで熱圏から距離を取る。さらに後方を振り返って確認してるけどそこにはすでにクシャナさんが居る。今度こそ袋のねずみだ。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
女は上がった息を整えながら被っていたフードを上げた。
こいつくらい整った顔が上気してると色っぽいもんだけど、相変わらず気の強そうな目がまだ抵抗の意思を示してることの方が俺的にはグッと来るね。
いい根性だ。イカしてるよ、この女。
でも今はちょっと落ち着いて欲しい。
俺は路面への熱伝導を解除して立ち上がる。
とりあえず会話に持ち込んで平和的な解決を目指すってやつだ。
「あのな、戦ってもいいけどお勧めはしないぜ? 俺はまぁともかく、クシャナさんは敵に回すとマジで怖いから。つかそもそも何逃げてんだよ。お前を追いかけてたのはリザードマンで俺たちじゃないだろ」
「……。悪いけど、関わり合いたくないからよ。この世界じゃ私は異常者扱いでしかないわ。だから私はここの人間に付き合ってる暇は無いの」
すげー言い分だな、おい。普通の人が聞いたらそりゃ完全にイッちゃってる系だと思われるだろ。
俺だって獅子雄中佐から話しを聞いてなきゃ頭の具合を心配してたかもしれないぞ。
でもつまりアレだ。やっぱりそういうことなんだろ?
「なぁ。一つ聞くけど、お前ってほんとに異世界人?」
獅子雄中佐はこいつが異世界人かその関係者だって疑ってるって言ってた。
俺は、見た目からして日本人だからどっちかって言うと関係者の方だろって思ってたけど、この様子じゃまんま異世界人だったっぽい?
「あんた、それリザードマンから聞いたの?」
「リザードマンって言うか、リザードマンの雇い主から、な」
「それで手先になって私を捕まえに来た、ってこと?」
「別に。見つけたのはたまたまだっての。それに確かに手伝ってくれって言われたけどそれも別件だし、お前が嫌なら無理に連れてきゃしねーよ」
もともと特別頼まれてたわけじゃないしな。本人が拒否ってのを無理強いしてまで連れてくのは気が引ける。
「だけどもっとちゃんと話しくらいしてみた方がいいんじゃねーか? あいつらそんな悪い奴でもなさそうだし、お前だってなんかされたわけじゃねーんだろ?」
「知らないわよ。私は病院に連れて行かれて、そうしたらあのリザードマンが来て軍に連れ行くって言いだしたから逃げたのよ」
「病院?」
「どうせあんたに言っても無駄だけど、この世界は狂ってるのよ。本当は人間以外の種族なんて居ないし、剣も魔法も無し。平和で退屈で、でもそれなりに幸せな世界。この世界は本当はそう言う世界だって言ったら信じる? 少なくとも他の人は誰も信じてくれなかったわ。両親でさえ、ね」
「いや、そりゃたしかにそうなんだけど……」
こいつの言ってることが間違ってないってことは分かる。つか俺自身こっちに帰って来てからそのことで戸惑いっぱなしだからな。
でもこいつはどうしてそれを知ってる? 異世界人だからってこの世界の元の姿なんて知ってるはずもないんじゃないか?
「私はしばらくこの世界に居なかったから、いつの間にこんなことになったのかは分からないわ。でもおかしいのよ。この世界は、絶対におかしいのよ」
女はそう言って表情に影を落とした。
よっぽどこの世界の有様がショックなんだろう。
だけどそれで俺はピンときた。
ちょっとした確信を持ってクシャナさんに視線を送る。
もしかしたら思ってた以上にこの女は俺たちと関係あるのかもしれない。
そしてやっぱりクシャナさんも同じ考えだったらしく、確信的な一言を発した。
「あなた、異世界からの帰還者ですね?」
その言葉で、ローブの女は警戒心もあらわにゆっくりとクシャナさんに振り返った。
いいよ。いい反応よ。
どうやら俺たちは似た者同士らしいな。




