24話「アナザー東京、2日目」
「ふぁ~あ。ぐっどもーにんぐ、TOKYO JAPA~N」
俺は思いっきり伸びをしながら朝っぱらから仕事熱心な太陽に挨拶した。
いや、何だかんだで昨日はヒュドラなんかと戦っちゃったから結構疲れてたらしくてよく寝れたわ。それでもクシャナさんに頭を抱きしめられるような腕枕をされつつ一晩休んだから、「今日も諸神君は朝から絶好調だぜ」みたいな感じ。
なんたって人間体が一番、元気が大事ってな。
そうでなくてもこの世界に帰って来てからなんだか慌ただしいことの連続だ。寝る、食う、遊ぶのリフレッシュは欠かしたくないね。
ま、そうは言ってものんびりしてばっかりもしてられないのが悲しいとこだな。
なんたって獅子雄中佐との約束で今日も昨日みたいな話し合いに参加しなきゃならない。話しの内容っていったらたぶん俺の記憶の中の日本のこととかだろうから、今日は俺が一番喋らなきゃならないっぽい。
……サボれねーかな。
うそうそ。クシャナさんの手前そんな無責任なことはしないっての。ていうか一応はお金ももらってることだしその分の義理だけは果たさないとな。じゃないと泥棒になっちゃう。
それに獅子雄中佐が用意してくれたホテルだってなかなか良かった。流石に一流ホテルでもなければスイートルームでもなかったけど、この世界の、特に日本のホテルってのはレベルが高い。
部屋はきれいだしベッドもふかふか。従業員だって親切丁寧で荷物を盗んだりなんてしそうにない。
異世界じゃ下手すりゃ宿屋が奴隷商人とグルってパターンもあるから、そこらへんの安心感だけでもダンチのクオリティだ。
あとよかったのは料理だね。文化のレベルってのはもろ食事に出るからな。何て言うか、こっちの料理は肉一つとっても柔らかいのよ。昨日の晩に出てきたサイコロステーキだって、噛むって言うよりか溶けるってレベルだったしさ。
こんなの味わったら鹿とかイノシシとかもう食べられないかもな。獲物を狩ってから解体するとこまですっかり手馴れちゃったけど、このスキルはもう封印したいね。
あと欲を言えば日本食が食べたかったし、クシャナさんにも食べさせたかったから、今日の昼こそは何とかしたい。
朝も洋食バイキングだったしさ。
で、よ。
本日の諸神君の予定だけど、獅子雄中佐と会うのは午後からだからそれまでは暇と言えば暇なわけで。
そういうことだからアナザー東京の現状調査って名目でクシャナさんとデートしたいと思います。いやいや、意義は認めません。即却下です却下。
「と言うわけで手を繋ごうよ、クシャナさん」
「何が、と言うわけで、なんですか?」
そう言いつつも俺の手を取って恋人繋ぎしてくれるクシャナさんはやっぱり最高だ。
「それはそうと、昼間までの予定は任せて欲しいということでしたが何か考えが?」
正直無いッス。完全に無計画の行き当たりばったりだったりして。
でもそれはクシャナさんには内緒な。あくまでも調査って「てい」でいくからよろしく。
「とりあえず原宿に行ってみようかなって思ってる。距離も近いしにぎやかなとこのはずだから色々参考になると思うよ」
俺たちが泊まってるホテルは新宿で、今はまだ外に出たばっかりだ。午後からの獅子雄中佐たちとの会議もこっちに戻ってきてやるからあんまり遠くには行けない。
それにあんまり若者向けのエリアにクシャナさんを連れて行ってもダメな気がする。いや、歳がどうこうじゃないよ? それ言い出したらとんでもない数字出てくるからね。
問題は単純にクシャナさんの落ち着いた雰囲気に合わないって話し。
大人の女だからね、この人は。
「分かりました。今はあなたの記憶に照らし合わせたうえで、この世界の何が矛盾かを確認するのが先決ですからね。思うように行動してくれれば私はどこにでも着いて行きます」
やったね。説得成功。これはがんばってクシャナさんを楽しませないと。
って言ってもマジでこの世界がどうなってんのかよく分かんないからほんとに原宿で大丈夫なのか自信は無い。
まぁ、思ってたのと違ったら渋谷にでも移動すればいいし、とにかく行ってみるだけ行ってみよう。
ってことで、ひとまず俺はクシャナさんを連れて新宿駅に向かった。
原宿駅は世界一人が集まる駅として有名なだけあって近づくほど人が増えていく。
昨日は獅子雄中佐の車で送ってもらったからアナザー東京の新宿駅に来るのは初めてだ。
ちなみにその時ついでに服も買ってもらったからそっちの方もばっちり。
俺はTシャツとスリムカーゴ。腰のアイテムバッグは付けっぱなし。
クシャナさんもノースリーブにパンツスタイルで夏仕様だ。
つまり今日の俺たちは実に現代日本な恰好で町に溶け込んでるはずだ。
そんなわけで通りを歩いていると駅が見えてきた。どう考えても合理的じゃない形の駅舎が遠目にも自己主張してる。
新宿駅を一言で言うと、地面に斜めに突き刺さった巨大なサイコロって感じだ。全体がガラス張りだから中にたくさんの人が入ってるのが外からでもよく分かる。
でも角の一つだけで地面と接してるから当然入り口は建物の大きさに見合ってないだろ。まったくなんだってこんな形にしたんだか。
ともかく人の流れに乗って駅舎の中へと入る。流石に人が多い。手を繋いでなきゃはぐれるかも。
券売機で切符を買うのにもさんざん待たされようやく改札をくぐる。
この駅のホームは番号ごとに建物の別の階にあるらしい。駅舎を変な形にしたから地面にまとめてホームを作れなかったんだな、建物の床面積的に。
ちなみにこの時間に原宿方面行こうと思ったら3階のホームだって。
俺たちは今まさにそこに居て、電車を待ってる。
今のうちにスマホで原宿情報をゲットしておこう。
俺はクシャナさんと繋いでいた手を放してスマホを操作。原宿をキーワードに検索して適当な情報サイトを開く。
えーと、なになに?
『原宿は古くから獣人の多く集まる宿場町として発展し、今日では通称キャットストリートとも呼ばれるネコ科獣人たちの町がひと際独特の文化を形成している。
また作物の不作に悩まされた住民たちが雨ごいなどの祈祷を多く行った歴史があり、現在でも呪術師が多く住むと同時に多彩な術具専門店が軒を連ねることでも知られる』
あ、ヤバい。俺の知ってる原宿と全然違う。何だよ、ネコ科獣人の町って。何故にそんなとこに集まってきた?
つか猫の町にクシャナさんを連れてくのか、俺は。それはデートプランとしてどうなのよ。
いや、待て。情報だ。もっと情報が要る。もしかしたら原宿には他の素晴らしさがあるかもしれない。
『一方で明治神宮では極めて高度な解呪や魔法医療を施しており、呪いや不治の病に侵された貴人が多く訪れることでも知られる。そのため明治神宮に続く表参道には高級ブティックやレアアイテム専門店が集中し、本物志向のショッピング街として多くの観光客で賑わう』
ギリだ。ギリで許容範囲。そこはかとなく元の表参道感がある。
これならクシャナさんを連れて行っても大丈夫だろう。たぶん。
俺がそう結論すると、その時ちょうど電車が滑り込んで来た。
このアナザー東京じゃ電車の形がちょっとずんぐりしてる。つまり横幅が広いってこと。
たぶん改札なんかと同じで、人間より体のデカい種族も多いからそれで車体もデカくならざるを得なかったんだろうな。
「それじゃ乗ろっか」
俺はクシャナさんに先んじて電車の乗り口へと歩を進めた。




