23話「中華飯店会談<主菜>」
「それで、ミス・クシャーナ」
獅子雄中佐は、会話を続けながら気絶したままラーズの体を上手くバランスが取れるように押し戻した。
すげー。上手いことコロンブスの卵状態になってる。
「クシャーナでかまいません。私もシシオと呼ばせてもらいます」
「ではクシャーナ。もしよければ僕らと協力関係を結んでもらえないだろうか。もちろん相応の見返りは用意させてもらう。僕たちは裏方仕事の秘密任務部隊だが、神託を任されるだけあって予算もコネクションもそれなりに持ってる。報酬は望むままに、とはいかないがある程度の要求には応えられると思う」
秘密任務、ねぇ。胡散臭いっちゃ胡散臭いけど、堂々と打ち明けてくるくらいだから、交渉したい意思は本物ってとこかな。
とすればそれならそれで都合がいい。
こっちだって世間様に隠し事して生きて来た身の上だから、そういう連中にはそれなりに理解があるつもりだ。なんたって役には立つからね、裏の人間は。
「ねぇ、俺たちに身分証を用意してもらうことって出来る?」
俺は向こうの提案に、今一番の悩み事をぶつけてみた。
この問題が解決してくれるなら、それだけでも協力関係になる価値があるからな。
「偽装身分か。そのくらいのことならすぐにでも可能だが、クシャーナはともかく君には元の戸籍があるだろう。ご両親の証明があれば本物の身分証を発行してもらえると思うが、実家には帰ってないのか?」
「……。帰ってないし、帰るつもりもないよ」
獅子雄中佐の言葉に、俺は投げやりにそう答えた。
「何故だ。どうして元の生活に戻らない。6年ぶりにこの世界に帰ってきたんだろう。家族に会いたくないのか?」
「今の俺の家族はクシャナさんだけだよ。前の保護者のことなんてもうどうでもいいね」
「どうでもいい、って。仮にも君の産みの親だろう。向こうだって今頃心配して――」
「だからさ、ほっといて欲しいんだよね。俺の個人的なことだから。お互い事情はあるんだし、余計な干渉は無し。それが基本的なルール。OK?」
俺はそう言い切って中佐をまっすぐ見据える。
こういうことは最初にはっきり言っといた方がいい。だってこの協力関係はあくまで利益のためでしかない。無関係な人間が本人の気持ちを無視して好き勝手にやっても迷惑になるってのはよくあることだ。
この場合もそう。俺にはクシャナさんが居てくれればそれで十分だ。
「シシオ。私の聞いているかぎりこの子の親は上等とは言い難い種類の人間です。家に帰っても幸せが待っているとは限らないのに無理強いはできません。それに今は目の前のもっと大きな問題に取り組むべきではありませんか?」
クシャナさんはそう言っていつものように俺の意思を最大限に尊重してくれる。
だから俺はこの人が大好きなんだよ。
「中佐。任務外の越権行為は無用な軋轢を生むかと……」
クシャナさんに続いて今までずっと黙ってた緒方って部下が獅子雄中佐を嗜めるようにそう言った。
何かすげークール。この手の人間は話しが早くてめっちゃやり安いか、逆に石頭過ぎて相手にしてらんないかの二極なイメージがある。緒方はいったいどっちなんだか。
まぁ、それはともかく部下にまで忠告された獅子雄中佐は、納得しきってない顔でそれでも二、三度小さく頷いた。
「分かった。君の言う通り余計なお世話だったな。ではそのルールに従って交換条件で要求を出し合おう。身分証の件は早急に何とかする。それに金銭的に困ってるようだから当座の資金もいくらか提供させてもらう。他にも何かあれば暫時相談してくれれば可能な限りの便宜を図る。現状何か他に要求は?」
「今は特には。それで、私たちは具体的に何を協力すればいいのでしょう?」
「さしあたってはこの世界に何が起こっているのか現状を把握したい。ひとまず諸神君には自分から見て何が変わってしまっているか教えてほしい。それと高天原からの神託では異世界人との接触がカギになるということだから、他の異世界人を探し出せるならそれも頼めるだろうか?」
「話すのはいいけどさ、異世界人探しとか言われても困るよ。ぶっちゃけこの街自体異世界要素たっぷり過ぎて探す必要あるのかって感じ。俺からすればそこのリザードマンだって異世界人そのものだし」
「ラーズが、か?」
俺の言葉に獅子雄中佐はとなりのリザードマンをちらりと見た。
どうにも信じられないって感じだな。まぁ、いきなり知り合いが異世界人だとか言われてもそういう反応になって当然だ。
「おい。ラーズ。起きてくれ、ラーズ」
獅子雄中佐が揺さぶるとラーズは苦し気に喉を鳴らして目を覚ました。
「あ? 今どうなってんだ。何がどうした?」
寝ぼけてる、寝ぼけてる。
「話しはだいたいまとまった。彼らは快く力を貸してくれるそうだ。それより聞きたいんだが、君は異世界人だったのか?」
「は? 何言ってやがる。俺の家は先祖代々浅草の江戸っ子だぜ。それを捕まえてよそ者呼ばわりするにも異世界人たぁ何の言いがかりだ?」
マジかよ、このリザード。
歴史が歪んでる時点で「元からこの世界の住人だ」って主張すること自体は予想の範囲内だったけど、にしても江戸っ子気取りのリザードマンってなんなのよ。
もういっそのこと体に唐草模様でも入れてアサクサリザードって種族でも名乗ろうぜ。
「や、やっぱりそうか。諸神君。ラーズが異世界人なんて、脅かさないでくれ」
「いや。ていうかさ、この世界の常識じゃ人間以外の種族っていつから居ることになってんの? 俺の知ってる限り、亜人も魔物も存在しないはずなんだけど」
「そういう意味か。だがそんなバカな。むしろ人間の方が新しい種族で、亜人も魔物ももっと古い歴史を持ってるぞ」
「その歴史が歪んでいるのですから、その話しに信憑性があるかも同様に疑わしいのではないですか?」
「まいったな。いったい何がどうなってるのかよく分からない。神託じゃこの世界がこの世界じゃなくなりつつあるということだったが、そもそも何故過去にまで矛盾が生じてるんだ?」
「待てよ。何の話しだ。お前らなんの話しをしてやがる?」
約一匹話に着いてこれてないのはともかく、確かに妙な話しなんだよな。亜人とか魔物が居たり魔法が普通に使われてたりするのはともかく、過去が変わってるってのは他の変化とはちょっと違う気もするし、その辺をどうなってんのかはっきりとさせないといけないのか。
「あなた方の任務は、この世界の現状の解明とその対処法を見つけること、でしたね。そしてその答えを異世界人に求めている、とも。私たちは無関係ですが、目黒公園で追いかけていた相手も神託に関係していたのでしょう?」
「神託の解釈は難しい。上層部が勘違いしている可能性もあるが、とにかくこの案件を解決しようとすれば異世界人を避けては通れないのは間違いないと思う。目黒公園の少女はようやく見つけた手がかりだったが、そうか、君たちの仲間じゃなかったのか」
「それでしたらひとまずこの状況に説明をつけてくれそうな人物に意見を求めましょう。私やシュウジだけでは現状を明らかにすることはできても原因や対処法を見つけることは出来そうにありませんから」
クシャナさんの言う通り、俺には何が何だかさっぱりだ。ここは頭脳派に協力を求めようってのには大賛成だ。
「それが可能なら大いに助かるところだが、そんな相手に心当たりが?」
「ええ。ちょうど一人適任者を知っています。優れた錬金術師であらゆる知識に精通していますから、この状況に対しても何らかの意見をくれると思います。ただ別の世界に住んでいるので今すぐには会えませんが」
「それはつまり、異世界人ということか?」
「いえ。住んでいるのは別の世界ですが、元はこの世界の人間ですよ。予期しない世界転移で向こうに渡り、そこで錬金の才覚に目覚めたとか。私とシュウジは色々な世界を旅する途中でその錬金術師と出会い、以降は何かと協力し合っている仲です」
あ、クシャナさんが誰のとこに話しを持って行くつもりなのか分かっちゃった。
そいつは適任と言えば適任なんだけど、ちょっと癖のあるやつだからこの話しにどう反応するかが問題だ。もしかしたら手伝ってくれない可能性もあるし。
「諸神君と同じ転移者か。それなら事情の説明もし易そうだ。それで、その錬金術師にはいつ引き合わせてもらえるだろうか?」
「3日後です。シュウジには他人を連れて世界間を渡れる能力があります。ですが使用に関して条件があるのでしばらく待ってもらわなければいけません」
条件ってのは俺の転移能力のインターバルのことだ。今日使った時の負荷から考えて、最短でも再使用まで3日だ。
「それは大丈夫だ。元々さし迫った期限のある任務じゃない。むしろあと3日で進展があるなら早いくらいだ」
まぁ、進展があるかどうかは分からないけど、とりあえず足がかりは出来るかな。
「それじゃ今日のところはこれくらいにしてまた明日詳しい話しをしよう。とりあえず連絡用のスマートフォンと当座の金を渡しておくから好きに使ってくれ」
明日もか。こっちに帰って来て早々予定が詰まっちゃったな。この世界じゃのんびりスローライフがテーマだったのにしばらくは休めそうにないな。
「それとホテルの方もこちらで用意させてもらおうと思うが、何か要望はあるか?」
「特にはありませんが、強いて言うなら部屋は一つで構いませんからベットの大きい部屋を」
「分かった。ダブルベッドだな」
言って獅子雄中佐はスマートフォンを操作し、その途中でふと顔を上げた。
「……。いっしょに寝てるのか?」
あ、変な想像しちゃだめよ?
ウチはすんごい仲がいい家族ってだけだから。
「どんな生き物でも寝ている時が一番無防備ですからね。この子は私が守ります」
言ってクシャナさんは俺を半分抱き寄せながら無表情にも頼もしい顔をした。
そうそう。夜中に寂しさとか襲ってきたら大変だからね。
ともあれ、こうして俺たちはこの世界での新しい生活の一歩を踏み出したのだった。




