22話「中華飯店会談<副菜>」
「ありえねぇぇええ!」
一回目の「ありえねぇぇええ!」でみんなの注目が集まってから、俺はもう一回同じ言葉を叫んだ。
何でそんなことしたかって? 勢いだよ。重要だから覚えとけな。
「シュウジ。急に叫んだりしていったいどうしました?」
クシャナさんはそう言って奇行でも目の当たりにしたみたいな目を俺に向けてくる。
じょぶじょぶ。あくまでも「みたいな」、だから。俺は正常だからクシャナさんだってそれほど変には思ってないって。
思ってないよね?
「俺がどうしたって言うか、やっぱりこの世界どうかしちゃってるよ。クシャナさん!」
「それは分かっています。だから『何が変わってしまったか』を探してみようと話し合ったじゃないですか」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ。『変わっちゃった』だけじゃなくて、『最初から間違ってる』こともあるんだよ!」
「……。何が言いたいのか分かりません。最初からとは何のことです?」
「歴史だよ。俺の知ってるこの国の歴史と今聞いたのじゃ違ってるんだよ」
「歴史が?」
「そう。俺の記憶じゃ維新志士は戦いに勝って幕府を倒したんだ。だからこの国に政府が二つあったことなんてなかったし、高天原とか神様なんて御伽話の中でしかきいたことないよ」
「それはつまり、あなたが異世界に転移する以前のことまで変わってしまっている、ということですか?」
「そうだよ。そうなんだって!」
俺は力強く頷いてクシャナさんの確認に肯定した。
俺が異世界に飛ばされる前とは色々変わっちゃってた今のこの世界だけど、それでも帰って来るまでの6年の間に何かあったならそれはそれで理解もできた。
例えば大規模な世界転移が起きて、亜人とか魔物が大量になだれ込んできたから今のこの世の中になったんだ、とかさ。
でも問題はそれだけじゃなかった。
歴史が違う。それはつまり過去の事実が塗り替わってるってことだ。
幕末っていうのはもちろん俺が生まれるずっと昔のことだけど、その時点で違うなら俺が生まれてからの歴史もも当然違ってるだろうし、下手したら幕末よりもっと前の歴史だって違うのかもしれない。
「ああ。何なんだよ、これ。ここまで変なことになってるなんて、ちょっと冗談きついんじゃない?」
「あなたの言うことが本当なら、思った以上に面倒なことになっているようですが……」
何かもう色々思いやられるもんだから椅子の背もたれにぐでっとした俺の頭をクシャナさんが撫でてくれた。
もうこのまま何も考えずにクシャナさんに慰められてたい。
「ということのようですが、どう思いますか、シシオ中佐。そちらが異世界人を探していたのはこういう話しを聞きたかったからなのでしょう?」
あ、そうだったの?
つか勝手に喋っちゃってごめんね、クシャナさん。
あんまりびっくりしたもんだからついテンション上がっちゃった。
「そ、そうだな。正直なところ予想以上の内容で驚いてる」
そう言って獅子雄中佐が仲間の二人に目配せすると、緒方とラーズは両方とも何とも言えない顔をした。
「察しの通り、僕たちが異世界人を探してたのは高天原からの神託で『この世界がこの世界でなくなりつつある』、と警告されたからだ。実際何が起こってて、どう対処すべきなのか助言をもらいたくて答えてくれそうな異世界人を探してたんだ」
それで異世界人?
なんか飛躍してんな。異世界からの転移者全員が何でも悟ってるチート野郎だとか思ってんのか?
「神様がそう言ったの? 『者ども、異世界人を探してたもれ』って?」
「そういう言い方はしてないはずだが、少なくとも僕たちが上層部から受けた命令はそうだ。神託は解釈の問題もあるから現場には直接伝えられない。僕たちは単純に命令を実行するだけのユニットさ」
なんか切ないね、軍隊で働くって。
俺も就職する時はどこにするかよく考えよっと。
「それでどうなんだろう。こっちとしては君たちが異世界人だと半ば確信してたんだが、今の話しを聞く限りじゃ君の方は少し違うみたいだな?」
「まぁね」
視線と一緒に投げかけられた言葉を、俺は軽く受け止める。
ここまで来たらしらばっくれる意味も無いしな。クシャナさんもこいつらと情報交換する気みたいだ。
「あなたの言う通り、私は異世界の生まれですが、この子はもともとこの世界の生まれのはずです。もっとも6年ほど異世界を旅している間にすっかり様変わりしてしまったらしく、本当に元の世界に帰ってきたのか疑問に思っていたところですが」
「単なる転移者ならぬ帰還者、か。それはそれで話しを聞く価値は大きいだろうな。君、名前を教えてもらえるか?」
「諸神修司。東京生まれの異世界育ちだよ」
「……なるほど。それでそちらは、ミス・クシャナでよかったかな?」
あ、初対面のくせに馴れ馴れしく呼んじゃダメよ?
「ちょいちょい、中佐さん。クシャナさんをクシャナさんって呼んでいいのは俺だけだから、そこんとこ自重してくんない?」
「ん? すまない。君がそう呼んでたから本名かと思ったが、いけなかったか?」
「私は別にかまいませんが、その愛称はその子が決めたものですからこだわりがあるみたいです」
「そうか。では何と呼べばせてもらおうか。本当の名前は何と?」
「そもそも私に名前などありません。クシャナというのもシュウジと出会った世界の人間たちが私を指して読んでいた言葉を縮めただけのものですし」
なつかしいね、あの世界。
俺が異世界に飛ばされた最初の世界にクシャナさんが居てくれてほんとよかった。出会ってなかったら俺は絶対すぐに死んでたろうしな。
「二つ名か、あるいは『号』と言ったところか。その世界の人間はあなたを何と呼んでいた?」
「イグナ・ディ・ア・ウーレ・クシャーナ=リュール。彼らの言葉で『魂貪る冥界の女王』という意味です」
「魂を、貪る……」
クシャナさんの言葉を聞いて、リザードマンのラーズが獅子雄中佐の方を向いて喉をガラガラと鳴らした。
これたぶん仲間に危険を知らせる時のやつな。
「言っとくけど、クシャナさんは魂なんて変なもん食べないから。豪快な食べっぷりでよく勘違いされるけど、クシャナさんが食べるのはあくまでも肉と骨だけってのはちゃんと理解しといてよ?」
つかそもそも冥界とかとも何の関係もないしね。完全な濡れ衣、って言うか誤解だよね。
「でもそりゃつまり、体の方は食べるって意味じゃねぇのか……?」
大事なところに気が付いたラーズが汗を垂れ流しながら獅子雄中佐の腕をつかんだ。
いい歳したトカゲのくせにハートは若鳥だな。
「……尻尾、美味しかったですよ?」
「ひッーー」
珍しくクシャナさんが茶目っ気をだしてニヤリとほほ笑むと、ラーズが白目を剥いて獅子雄中佐の方に崩れ落ちた。
自分で中目黒公園に残してきた体の一部がどうなったかを聞いたくらいで気絶とか何なんだよ。捕食者の前で死んだふりとか最低の悪手なんだぞ。
俺たちはみんなでため息をついた。




