幕間その4「決意の交差点」
「ありえねぇ。あのガキいったい何なんだ。まともじゃねぇ、まともじゃねぇよ」
少年の中で起こったスキルの変貌に、ラーズは混乱の渦中に叩き込まれていた。
「ラーズ。どうした。何が起こってる? 説明してくれ」
獅子雄が何かを言っている。だが今はそれどころではない。目の前で起こっていること以外に構っている余裕がラーズには無い。見なければならない。
少年はさらにスキルを使った。斬波Lv60。これも他のスキルが元に戻ると同時に使用の瞬間にレベルが十倍になったものだ。
その威力は絶大で、斬撃耐性を獲得しているヒュドラの首を何本もまとめて両断した。
当然だろう。なにせレベル60だ。
一般論で言えばスキルレベル10ならひよっこ。20で一人前。30なら一流。40でようやく歴史に名が残るかも、という具合だ。60ともなればもはや伝説の勇者と肩を並べるレベルと考えて差し支えない。もしかすると上位竜にさえダメージを与えられるかもしれない。
実に驚くべきことだ。同時に恐るべきことだ。
だがそれさえどうでもよくなるようなことが起こった。
首を失ったヒュドラ本体の切断面に取りついた少年が掌底を押し付けると、ヒュドラのパッシブスキルに『可燃物』というものが出現した。見たことも聞いたこともないスキルだった。
少年はすぐさま飛び退り、その際にまたもや新たなスキルを使用した。
ファイヤーストームLv65。
今度も勇者級のスキルレベルだった。
その攻撃はまさしく炎の嵐となってヒュドラを襲った。灼熱の業火に焼かれたヒュドラはそのまま恐るべき末路をたどった。それは実際ヒュドラ自身が可燃物にでもなったかのような自己燃焼だった。
燃焼。そうヒュドラは燃焼したのだ。
それを見て、ラーズは少年のスキルの変化に法則があることに気付き、ふと我に返った。
彼は変化したスキルを同時に複数は使わない。いや、おそらく使えない。陣足Lv80という高速移動スキルを持ちながら攻撃の際には必ずスキルの使用をやめている。何らかの制約があるのだ。そのうえでヒュドラに抵抗を許さず完璧に詰めた。本人にしてみれば間違いなく計算通りだろう。
つまるところ――
「中佐。あのガキ、スキルを変化させられるらしいぜ。それも自分だけじゃなくて他人のも、な」
「スキルを、変化させるだって?」
その言葉に獅子雄の顔がこちらを向いた。
ラーズも視線を返し、自分の見たもの考えたことをそのまま伝える。
「ああ、それがどんなもんかは分からねぇが、手段を持ってること自体は間違いねぇ。スキルレベルを上げたり、持ってねぇはずのスキルを生み出したり、あまつさえ相手にネガティブなスキルを押し付けやがった」
ラーズの見たところ、あのヒュドラには元々火耐性のパッシブスキルがあった。本来であれば火はヒュドラにとって弱点のはずだが、それに耐性を持っていたとすれば通常の何倍もやっかいだ。
そこでおそらく少年は『可燃物』というパッシプスキルを付加したのだろう。効果は火属性に対する弱化。それも自分自身が実際に可燃物になってしまうほどの強烈なバッドステータスだ。
方法はともかく、少年がスキルを操作しているとすればそれらすべてに説明がつき、そしてその説明を獅子雄は黙って聞いていた。
「そんなこと本当にできるのか? まるで神様みたいな力だぞ?」
ラーズの見立てに対し獅子雄は懐疑的だ。無理もない。唐突なスキルの獲得や強化など伝説上の神々の所業でしか聞いたことがない。ラーズ自身確証と呼べるものはなにも掴んでいないのだ。
それでもラーズは鑑定者の感として、その意見を曲げることはしなかった。
「たしかに前代未聞の能力かもしれねぇが、何せ相手は異世界人だ。こっちの常識じゃ測れねぇさ」
どちらにしても相手の能力そのものがスキルスコープで捉えられないものなら、ラーズからはスキルが変化するという観測結果から間接的に予想を述べることしかできない。
あとは獅子雄がそれをどう判断するかだが――
「中佐。ターゲットが移動を開始するようです」
緒方の言葉に、話し込んでいたラーズと獅子雄は同時に視線を戻した。
ヒュドラを葬った少年は他に何をするでもなくこの場を立ち去るつもりらしい。
女と二人並んでこちらの方に向かって歩いてくる。
「それで、どうするんだ。中佐。ガキの方まであんなに無茶苦茶じゃいざとなりゃ間違いなく俺らの命は無ぇぜ?」
ラーズは獅子雄に判断を迫った。今なら隠れればやり過ごすことも出来る。相手が一方的に優位な状況での接触は極めて危険だ。いったん仕切り直してこちらも相応の戦力をバックに従えて会合を設ける方がはるかに常識的だろう。
だが――
「……接触しよう。二人ともついて来てくれ」
そうだろうぜ、とラーズは獅子雄の言葉にすんなりと従った。
相手は未知の能力を持つ極めて危険な相手だ。だがラーズはそのスキルを変化させる能力の真相に、何と言えない魅力を感じていた。それはおそらくスキル鑑定者として性だ。自分の目で確かめずにはいられない。
だからラーズは獅子雄と緒方と共に問題の二人の進路上に立った。
いくばくもなく女がこちらに気付き、少年も不快そうに表情を歪めている。
「少し、話しを聞いてもらえないだろうか」
そして獅子雄の後戻りのできない一歩に、ラーズもまた自分の運命を委ねた。




