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20話「それは冗談のような不死殺し」

「よし。ちょっと素材が悪いけど十分つかえるな」


 俺は拾い上げた鉄パイプ軽く上下に揺さぶって重みを確認した。長さが140センチくらいあるだけにズシリと手に来る。少なくとも俺が欲しかった以上の質量があるのは間違いない。

 この鉄パイプはさっき足を挟まれてた男を助ける時に俺がガードレールを斬って作ったものだ。要らないと思って使い捨てにしといたけど、ちょうどいいところに転がっててくれたな。再利用、再利用。


「お、おい。まさかそれでヒュドラをどうにかしようってんじゃねーだろうな?」


 そう言ったパンク兄ちゃんの表情は不安げと言うか懐疑的と言うか、とんでもなく胡散臭いものを見るような顔だった。

 どうも鈍器のようなものを片手にご満悦だった俺の姿が何か誤解をさせたらしい。

 いや、俺も鉄パイプでヒュドラに殴りかかるほどバカじゃないよ?


「まぁ、必要な道具の一つではあるな。これだけじゃもちろん足りないけど……。クシャナさん、頼んどいたものは?」


 そうそう。重要なのはむしろクシャナさんに任せた不死対策の方だ。鉄パイプはむしろをそれを有効にするための布石だな。


「ええ。ちゃんと用意してありますよ。ちょうどいいものを手に入れるのに苦労しましたが、これならあのヒュドラの火耐性を突破できるでしょう」


 言ってクシャナさんは右手を差し出し俺に小さな紙の箱を手渡してきた。


「それは、マッチ……か?」


 おっさん大正解。そしてクシャナさんナイスチョイス。

 確かにこれならあのヒュドラには有効だろ。


「え、まさかそれでヒュドラに火を着けるんですか?」

「いい作戦だ。お嬢さん。君にはこの諸神君の骨を拾う権利を上げよう」


 だってそれ、ヒュドラさんは絶対冗談じゃ済ませてくれないからね。むしろ鉄パイプの方がまだ可能性あるわ。


「まぁ、何て言うかちょっとした裏技があるのよ。真似できるようなことじゃないけど、今から起こることは秘密にしといてくれ」


 一応軽く言い含めといて、俺は踵を返してヒュドラに向かって歩き出す。

 さて、さっきは手こずらせてくれたけど、準備さえ整えばこっちのもんだ。

 右手に握った鉄パイプに意識を集中。同時にさんざん見慣れたとある武器のイメージを思い浮かべる。


「レトリック。パロディー、ロングソード」


 自然とつぶやきが漏れ、右手の鉄パイプが変貌を遂げるのを掌で感じた。単純な真円のストレートパイプだったものが、手になじむような楕円の握り心地に変わる。重心の位置も手元に下がり、武器としての操作性も格段に上がったはず。

 OK。直接目で確認するまでもない。今、俺の手に握られてるのは一般的な両刃の長剣だ。


「ど、どうやって……」


 背後に3人のざわめきが聞こえる。

 ちょっとした手品くらいには驚いたみたいだな。まぁ、鉄パイプがロングソードに生まれ変わる瞬間なんてそうそう見れないだろうからな。ウケが取れたなら俺はそれだけでちょっと満足よ。

 とは言えこんなのは余興みたいなもんだ。お楽しみはこれからってな。

 そして俺は改めてヒュドラと対峙した。

 今やこのヒュドラは首の増殖し過ぎた不格好な怪物だ。同時にそれだけのダメージを乗り越えて強大化した難敵でもある。

 どんな傷もすぐさま修復する不死じみた回復力。

 攻撃を受けるたびにより強靭になっていく耐性獲得性。

 不死神に不死を放棄させるほどの凶悪毒。

 そして唯一の弱点を克服する火耐性。

 どれを取っても厄介極まりない理不尽の塊だ。

 それでも俺は勝つ。

 確かにこいつは俺よりはるかに強い生き物だけど、この場において俺はすでに勝利条件を満たしている。


「さぁて、それじゃそろそろ決着といくか。ルールは簡単。殺しきった方が勝者だぜッ――」


 先手を取ったのは俺。

 ロングソードを片手に陣足で駆ける。

 こんどは囮になる必要は無い。相手ののど元に食らいつくべく攻めの立ち回り。標的である中央の首目がけて最速で突入する。

 そこに立ちふさがる無数の首。首。首。

 俺を食い殺そうと矢継ぎ早に繰り出される噛み付きを回避。かわした頭を踏み台にして上に上にと飛び移る。

 嫌がったヒュドラが俺を振り落とそうと首を揺すった。俺は体勢を崩される前に大きく跳躍して上空に逃れる。

 あるいは初めから足場を奪い回避運動を封じるのが狙いだったのか、俺を追尾するように無数の首が一斉に下から襲い掛かってくる。

 だがヒュドラにとって袋の鼠に見えるだろうこの位置関係は、俺にとっても一網打尽の攻撃チャンスだ。

 俺は両腕を鶴翼のように広げ魔力障壁で自分の安全地帯を確保する。

 次の瞬間、俺を中心に斬撃属性を孕んだ竜巻が巻き起こり、襲い来る首と言う首を容赦無くなますに切り裂いていく。

 ブレイズトルネード。

 本来俺が所有しているはずのない攻撃スキル。

 脚色し、修飾し、改変された仮初の力。

 それでもここに引き起こされた現象だけは本物だ。

 俺を八つ裂きにすべく殺到した首は、さながら巨大なミキサーに頭を突っ込んだみたく血肉をまき散らして全滅。それと相打ちになったかのように竜巻が消滅し、俺の体も重力に引かれ自然降下を開始した。

 落ちる。落ちながら俺はロングソードをサイドバックに振りかぶった。

 もちろんここは剣の間合いじゃない。だから使うのはあくまでも斬波だ。

 ヒュドラもそれを察したのか、ブレイズトルネードを免れた数本の首が、本体である中央の首のを庇うように前に出る。盾にする気だ。強力な再生力を持っているからこそ出来る捨て身の戦術。

 ざまぁない。それはこっちの攻撃力を見誤った完全な失策。

 確かに中央の首は耐性を得て、俺の斬波の威力を半減させるまでになった。でもそれはあくまでも手刀での話し。

 斬波は元々剣術スキルだ。つまり本来なら剣を持たなければ使えない。俺はとある手段でそれを無理やり手刀で発動してるが、代償としてスキルレベルが半減してる。

 だからこそのロングソードだ。たとえ鉄パイプから作った急造の粗悪品でも、本来の威力の斬波を撃ち出すための射撃装置としては十分に機能する。

 つまり、これでヒュドラが身に着けた斬撃耐性は帳消しだ。下手に戦いを長引かせればさらに耐性を上げるだろうが、この期に及んでそんなヘマはもうしない。


「ぶった斬れろぉ――」 


 まさに一閃。

 真正の威力を発揮した魔力波動はどんな抵抗もものともしない。肉の壁を切り裂き斬撃耐性を容易く凌駕し、本体を含めたすべての首を一撃のもとに貫通。

 決定打。攻撃の成功を確信した俺は地面へと着地。遅れてヒュドラの生首も次々に音を立て地に落ちた。

 それでも本体は、赤い血を滴らせながらも再生を始める。

 ――させない。

 俺はロングソードを捨てて再度跳躍し首の切断面に取りつく。即座にマッチ箱を取り出し掌底で圧入するようにヒュドラの肉に押し付ける。


「オクシモロン!」


 ゆっくりと。

 掌の中でマッチ箱が存在を失う。ヒュドラの中へと、溶け込むように消えていく。

 それは冗談のような不死殺し。

 この瞬間、怪物の火耐性は無効化された。


「とどめだッ。ファイヤーストーム!」


 後方に飛び退きつつ灼熱を嵐を見舞う。

 これもまた存在しないはずのスキル。

 ありがたく思え。出し惜しみせず、確実に仕留められる手段できっちりと殺しきってやる。二度と復活なんてさせてやるか。

 そしてヒュドラの首が燃え上がる。延焼ではなく燃焼。さながらマッチのように燃え尽きていく。

 その奇怪な末路は、それでも確かに不死の怪物の終焉を意味した。


「終わったよ。クシャナさん」


 地面へと着地した俺は、見るも無残な塵灰と化したヒュドラの亡骸に背を向け、すべてを見届けたその人の名を呼ぶ。


「上出来です。相性が良かったとは言えこれだけ圧倒できれば大したものです。今のあなたなら少なくとも他の人間相手にはそうそう遅れは取らないでしょうね」


 そう褒められると悪い気はしないけど、それでもクシャナさんに比べればまだまだだ。仮に戦ったのが俺じゃなくてクシャナさんなら、それは戦いじゃなくて最初から一方的な狩りになってたはずだ。

 追いつけるとは思ってないけど、せめてクシャナさんの弱みにならない程度には強くならないとな。


「それでは人が増える前に行きましょうか。ずいぶん目立ってしまいましたし、面倒なことになるまえに立ち去りましょう」


 言って歩き出したクシャナさんを追おうとして、俺はパーティーを組んだ3人を振り返った。


「それじゃ手伝ってくれてありがとな」


 カカシみたいに立ち尽くす3人に手短に別れを告げて、俺はクシャナさんの隣に並んだ。


「えっと、それで次は何するんだっけ?」


 思いがけずヒュドラなんかと戦っちゃったからその前に何してたのか忘れちゃった。


「お金の工面です。身分証がありませんから、それを考慮した方法で、です」


 そうだった、そうだった。

 サイクロプスの店長と管理社会の理不尽さにアイテム換金を阻まれたんだった。

 とりあえず指輪でもポーションでも通行人に売りつけて金を手に入れないとな。


「一回場所変える? 他の繁華街もあるっちゃあるよ?」


 そう提案をしつつも、俺はどう答えが返って来るかは予想できていた。これだけの騒ぎを起こしておいて、代官山に残ってたんじゃ現場を離れた意味が無い。せめて渋谷かどこかまで足を延ばすべきだろう。

 当然クシャナさんもそういう方針だろうと思ってたけど、返ってきた言葉はあんまりうれしくないものだった。


「いえ。どうやら面倒なことからは逃げられなかったみたいですよ」


 前方を見据えたまま足を止めたクシャナさんにならって、俺も同じように立ち止まってその視線を追う。

 すると正面に見覚えのあるアロハシャツを着たリザードマンの姿があった。他に軍隊っぽい制服を着たマッチョと俺よりちょっと年上くらいの男の姿もある。

 どう見ても連中は俺たちに用があるらしい。こっちの進路に立ちふさがって視線を交差させてきてる。

 それを証明するように、軍服のマッチョが語りかけてきた。


「少し、話しを聞いてもらえないだろうか」


 ああ、まずい。

 これはたしかに面倒なことになりそうだ。

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