19話「待ち焦がれた救援」
「負傷者の救助を最優先。速やかに後方に移送しろ!」
隊長らしき男の指示で負傷者が次々と運ばれて行く。
それを確認した俺はいったん後退してクシャナさんの隣に立った。
「待たせたみたいですみません。あんなになるまでヒュドラを斬って……。少し無理をさせてしまいましたか?」
「ああ。だいじょぶ、だいじょぶ。ちょっとどこまで増えるか試してみただけだよ」
俺の軽口にクシャナさんは少し困ったような微笑を無表情に浮かべた。
まぁ、それも仕方ないさ。俺たちの視線の先にいるヒュドラは首が増えすぎてメデューサ感出ちゃってるもの。
こんなになっちゃうってことはそれだけ無様な戦い方をしたってことがまる分かりだ。実際あとちょっとクシャナさんが戻ってくるのが遅かったらまずかった。でもそのことで責任なんて感じて欲しくなかったから、俺は努めて何でもなかった風に振る舞う。
一方でヒュドラはさっきまでの強気な押せ押せモードから一転、慎重な守りの態勢に入って動きを止めてる。
さすがにこのクラスの魔物になると敵の強さを測る能力が高い。こいつはクシャナさんがここに居る限り攻めてはこない。賢明だな。
「それで頼まれていた件ですが――」
「お兄さん。大丈夫ですか?」
その声に振り向くとパーティーの仲間3人が駆け寄って来てた。負傷者の救助は兵士たちが引き継いだみたいだから手が空いたらしい。
みんな今までがんばってくれたんだし、もう交代してもばちは当たらないだろ。その証拠に3人とも服は汚れてるし息は上がって汗まみれになってる。
お世辞にもきれいな恰好じゃないけど、それでもそのやるべきことをやり遂げたって顔は格好いい。
こいつらが居なけりゃここまで上手く被害を食い止めることはできなかった。俺みたいなわけの分からない奴に最後まで付き合ってくれたんだから、ほんといい連中だよ。
「よぉ。みんな何とか無傷で済んだな」
俺の前に集まったところでそう声をかけると、3人はそれぞれお互いの顔を見合わせた。
何て言うか、そう言えばそうだな、みたいな? 正直全員が無事で済むとは誰も思ってなかったのかもな。
「は、はい。お兄さんがすごく頑張ってくれたおかげで何とか無事です」
うはは。もっと褒めてくれてもいいのよ、お嬢さん?
どうせパンク兄ちゃんからは嫌味が飛んでくるだろうし、そのくらいでちょうどいいんだから。
「ま、ここまで見せつけられちゃ俺も褒めるしかねぇ。ヒュドラと一人でやり合うなんざバカげた作戦だったが、実際にあそこまで粘られちゃもうバカには出来ねぇな」
お、パンク兄ちゃん完全にデレた? いやいや、男はそういうの別にいいから普通にしてくれりゃいいと思うんだけど、おっさんもまんざらじゃなさそうに頷いてる。
「確かにな。小僧のおかげでヒュドラの動きが止まってる。今のうちに俺たちもここから離れよう」
いや、それは俺じゃなくて所謂クシャナさん効果だから。
まぁ、とにかく守りに徹する時間は終わりだ。
「お疲れお疲れ。俺からは何もお礼できないから、もし警察とかが感謝状とか一緒にお金くれるって言ってきたら遠慮なくもらっといてくれよな」
「?? お兄さんは行かないんですか?」
「ああ。俺はこれからちょっとアイツにとどめ刺してから帰るわ」
「え?」
俺の言葉に術士っ子が心底驚いたような顔になった。
ほんとに報奨金がもらえるならそりゃ俺も行きたいさ。でも身分確認の問題がある以上、俺やクシャナさんは警察と関わり合いになることはできない。
残念だけど、ここはこれ以上被害が出ないようにやることやってさっさと立ち去るしかない。
ヒーローってのは昔から何も言わずに立ち去るもんなんだよ。うん。
「いや、お前バカだろ。ヒュドラがほとんど不死身なのは十分実感しただろ。そりゃお前の攻撃スキルは結構効いてたかもしれねぇ。でも結局は回復されちまって最後には押されてただろうが。俺たちゃもう十分よくやった。これ以上無理する必要ねぇ。あとは代官所の連中に任せて俺たちと一緒に下っとけ」
「さっきバカには出来ないとか言ってたくせに、早速バカとか言うなよ。あの人たちに任せられそうならそれでもいいけどさ、あの武器じゃ無理そうじゃん? ほっといたらまただれかやられるかもしれないし、俺が責任持って最後まで殺るって」
「だからってどうやって倒すっつんだよ。火も効かねぇ上にこっちの攻撃に対する耐性もかなり上がってきてる。それをお前一人で殺るだ? カッコつけて死ぬのはバカのやることだぜ。それとも一回死んでそのバカを治してぇのか?」
「言い方はともかく、彼の言う通りだ。確かにお前さんは歳の割には強いみたいだが、一人であのヒュドラを倒そうっていうのはいくらなんでも無謀だぞ」
「わ、私もお兄さんには死んでほしくないです。怪我した人たちももう大丈夫ですし、ここで退いてもいいと思います。でも、それでもまだ戦うんでしたら、さっきも言った通りお兄さんが諦めるまで付き合います、けど……」
「小僧。お前の正義感は立派だが引き際ってのを考えろ。じゃなきゃこのお嬢ちゃんまで道連れになる」
うーん。やっぱりみんな反対してくるか。そりゃ普通に考えてヒュドラはタイマンするにはキツイ相手だからな。俺だって秘密の能力がなきゃ絶対やらないわ。
でもこの状況は俺の能力にとっては相性がいい。インチキくさいけど確実にやれる方法があるんだから逃げる必要は無い。
ただちょっと能力がうわさにならないようにごまかさないといけないけど。
あとはこいつらをどう説得するかだな。何だかんだ言っていいやつらだし、術士っ子が付いてくるつもりなら結局他の二人も残るかもしれない。そりゃちょっとマズイ。
どうしたもんかな。
俺としては3人には離れてて欲しいんだけど、向こうは俺のこと自殺志願者みたいに思ってるからな。どう言ったら俺に任せてくれるかな。
俺が説得の方法になやんでると、どうやら見かねたらしいクシャナさんが口を開いた。
「あなたたちは何か勘違いしているようですが、ウチのシュウジなら足手まといさえ居なければヒュドラの息の根くらい十分に止められます。今までは訳あって全力を出すことを禁じていましたがそれももう終わりです。あなたたちは邪魔にならないように後ろに下がっていなさい」
あ。クシャナさん、そこまではっきり言っちゃう? みんな結構がんばってくれたのよ?
でもまぁ、それが功をせいして3人ともクシャナさんの雰囲気に呑まれちゃってる。唖然としてるって言うか、引いちゃってるって言うか、とにかく今なら無駄に着いて来そうにはない。俺だけで行けそう。
「でもよかったの? クシャナさんなら目立つことも無駄に戦うことも避けろって言うと思ったけど?」
そこだけはちょっと気になったから、3人が黙ってる隙に小声で聞いてみた。
すると返ってきた返事は何とも分かりやすいものだった。
「どうせあなたは一度言い出したら聞きませんからね。それに私が案内してきた代官の手下たちによれば、もうすぐ他の増援も集まってくるそうです。これ以上人目が増えればあなたの能力を問題視する人間もでてくるかもしれませんし、今のうちにヒュドラを片付けて早々にここを立ち去りましょう」
なるほどね。俺の性格を見越した上で適格な判断。さすがクシャナさんは分かってるね。
でもそうか。増援が集まってくるなら確かにもたもたとはしてらんない。3人も固まってるし、今のうちにことを済ませるとするか。
そうして俺はちょうど足元に転がっていた鉄パイプを拾い上げた。




