1話「日本よ、俺は帰ってきた!」
「とーう、着!」
世界転移が無事成功して、でも俺は誰かに歓迎されるわけでもなく6年ぶりに元の世界の土を踏んだ。
……。
何だろ、あんまり感動ねーな。場所が悪いからか?
クシャナさんと一緒に降り立ったのは誰も居ない林か何かの中だった。結構な木の数で空がさえぎられてるから薄暗いけど、時間的にはまだまだ昼の範疇だ。しかも遠くが見通せないからここの正確な場所、例えば東京なのか関東なのか本州のどこかなのかは分からない。とりあえず日本だってのは間違いないはずなんだけど、はたしていったいどこの県なのか。少なくとも俺が転移能力に目覚めたあの山じゃないことだけは確かだ。木が違うよ、木が。
それにしてもほんとに帰ってきたんだな。これって言ってみれば、苦労に苦労を重ねた末の記念べき一歩ってことだよな。あるだろ、そういうの。でも残念。俺の場合、何かちょっと違う。
――これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩である。
地球人で初めて月に降り立ったアームストロング船長の一歩なんかはそりゃ拍手喝采で称えられたらしいけど、それにくらべて俺のこの一歩の寂しいこと寂しいこと。そりゃたしかにアポロ計画みたいにちゃんとした計画があったわけでも支援者が居たわけでもないよ。異世界から帰還した、って言えばすごそうに聞こえるけど、実際には完全にクシャナさんのおかげだし。しかも向こうに行ったのだって、ほとんど、っていうか完全に事故だった。人知れず行方不明になった俺が人知れず帰ってきたんだから、出迎えなんてあるわけない。
まぁ、元の世界に帰ってきたって言っても実家には帰るつもりはないからいいんだけどな。
ぶっちゃけ俺の両親はろくな人間じゃないし、どうしても再会したい友達とかってのも別に居ない。食べ物や娯楽はやっぱこの世界のものが恋しかったけど、それはまた別の話しだしな。
そんな感じで俺が6年ぶりの帰還にあれこれ思ってるあいだにも、クシャナさんは周囲の様子を窺うのに余念がない。無表情だけど興味津々の様子だ。
「ここがシュウジの生まれた世界ですか。少し蒸し暑いのですね」
確かに暑いと言われればちょっと暑い。温度はそうでもないけど湿気が多い。
季節はたぶん夏直前。6月の終わりから7月の頭ってとこか。
この世界を含めて異世界ってのはいっぱいある。でもそれぞれの世界の季節はリンクしてない。こっちの世界が夏でもあっちの世界は冬で、また別の世界は春とかそんなの普通。何だったら一年中季節が変わらない世界だってあるし。だから前居た世界の季節や日付をこの世界に当てはめて考えることはできない。そもそもカレンダーもろくにない世界ばっかりだったから、6年ってのもだいたいそのくらいってだけだし、まずはそのあたり確認しないとな。
「とりあえず街まで出てみようよ。たぶん面白いものいっぱいあるよ」
「そうですね。ここで木を眺めていてもしかたありませんし」
「そう? 俺はそれでも楽しいけど?」
「それはシュウジだけです。普通の人は木を一本一本見比べて吟味する趣味はありません」
「そうは言うけどさ、結構奥が深いんだよ? たぶん今はセミが出始める時期だから根っこのところに穴がって、あ!?」
セミの穴を探して辺りの木の根元を見回していた俺は、それよりも今はもっと気になるものを見つけて思わず駆け寄った。
「すげー。週刊少年ジャンクだ!」
木のそばに落ちていたのは国民的少年漫画の代名詞的な週刊誌だった。それを拾い上げた俺は速攻でページを開いて中身を確認する。
「うわー、なつかしー。この漫画まだ続いてんのかよ。あれ、主人公息子に変わってんの? しかもライバルキャラ仲間になってるし。昔はとがってたのに日和ったな、お前。あれ、でも戦ってる敵は6年前から変わってないのかよ。仕事しろ作者。つかこれ最新号?」
俺はいったん雑誌をひっくり返して裏表紙の発行年数を調べた。そこに書かれていた日付は、俺が異世界に転移した夏休みの8月から約5年10か月後の6月第2週発行分だった。この梅雨時期に捨てられてたにしては雨に濡れていないからまだ新しいんだろうな。ということは今日の日付もほぼ同じと思っていいはずだ。
「6年経っても連載してる漫画はあんまり変わってないんだな。知ってるのが何もなくなってて浦島太郎状態とかだったらやだったけど、これならリアルも大丈夫そうか?」
図らずしも大まかな日付を確認できた俺は、もう一度雑誌を開いて流し読みながら6年の隔たりに思いを馳せてみたりする。
6年。それだけの時間があれば何かが変わってても不思議じゃない。別にこの世界にそんなに執着心があったわけじゃないけど、俺が居ないあいだに様変わりしてたら何か置いて行かれた気分になってそれはそれでブルーになったはずだ。でも意外とそんなことなさそうでちょっと一安心。
「シュウジ。そろそろ行きましょう。せっかくあなたの世界に来たんですから、いろいろと見て回らないと」
おお。クシャナさんがめずらしく積極的だ。基本的に必要のないことはしない人(魔物)だから、俺のことでこんなに興味を示してくれるとうれしくなる。
「分かった。俺の世界だから俺が案内するよ」
ってもここがどこの県かも分からないけどな。それでもクシャナさんの気持ちに応えるために俺が引っ張ってかないとだめだろ。この世界の常識を知ってるってだけでも俺のほうが先導すべきなんだし。
俺は漫画雑誌を小脇に挟むとクシャナさんを連れて林の中を歩きだした。
ちょっと歩いて気が付いたことなんだけど、この林は妙に小奇麗だ。地面は平たんだし、雑草やコケで覆われてるってこともない。普通、自然の山は折れた木の枝がいっぱい落ちてたり倒木で前に進めなかったりするんだけどそういうのもまったくの皆無だ。
「あ、やっぱり道がある」
しばらく適当に進んでいると、明らかに人工的に均された小道を発見した。両端をレンガで縁取っているあたり自然公園か何かの遊歩道なのかもしれない。
そうなるとわりと簡単に街に出られるかもだ。これがほんとに自然の山奥とかだったら厄介だったけど、整備されてるなら最低でも人が通れる道路があるわけで。それにこれは俺の感だけど、ここはたぶん都会からそう離れてない大きな公園だ。雰囲気的には何かそんな気がする。少年ジャンクも落ちてたし。
「シュウジ。誰か来ます」
クシャナさんに先行していた俺は、突然後ろから肩を捕まえられて足を止めさせられた。