18話「意地」
ヒュドラに対して積極的に攻撃する。
不死対策が整ってない今、それはリスクが大きいどころかデメリットしかない。再生を繰り返す度に強くなる相手に、致命傷にならない攻撃を加えるのは火に薪をくべるようなもんだ。
それでも俺はやらざるを得ない。
ヒュドラは、叫び声を上げる負傷者に完全に攻撃目標を定めてる。このまま行かせてしまえば、瓦礫に挟まれて身動きができないアイツはなす術もなく殺される。
だから何としても止めなくちゃいけない。
俺は低威力斬波の連続攻撃を再開して行く手を阻もうと試みる。
それでもヒュドラは進み続ける。もう俺のことなんて眼中に無い。まるで存在そのものを無視されてる気分だ。
いや。実際、時間の無駄だと思われたのかもしれない。ヒュドラみたいな不死の魔物にとっちゃ致命傷以外の傷はあって無いようなもんなんだ。今までの攻防で俺の脅威度を測ったんだとしたら、さぞ逃げ回るだけの小物に見えたことだろうな。
その上で自分の攻撃が当たらない相手は獲物としての魅力は無いんだろう。
ライオンだってチーターだって初動が思わしくなかったらすぐに狩りを諦める。労力に見合わない狩りは狩りじゃない。だから仕留めやすい別の獲物を探すんだ。
今のこの状況はまさにそれと同じだ。回避ばっかの俺にイラついてたところに、身動きが取れずに叫び声を上げる負傷者の姿。ターゲットの変更もやむなし、か。
正直俺の作戦ミスだったかもな。もうちょっと安全マージンを削ってでもあと少しで食べられそうな獲物を演じるべきだった。
それでもヒュドラが動き出した以上、何を言っても後の祭りだ。
今すべきなのは愚痴をこぼすことじゃない。相手を釘づけにする一手を今すぐに打つことだ。
俺はヒュドラの進路から外れて側面にポジションを変更する。目的は胴体の切断だ。さっきみたいに体が短くなればヒュドラは動きを止めて再生せざるを得ない。現状一番確実な時間稼ぎだ。
ただこの手段には大きな問題がある。が、それを気にしていられる状況じゃない。
俺は頭上に振りかぶった手刀を渾身の力で降り下ろす。
「斬波!」
別に叫ぶ必要は無いけど気合だ気合。この一撃には少しでも上乗せが要る。
そうして放たれた魔力波動はヒュドラの長い胴体に直撃。表面の鱗を突破して肉を切り裂く。だが両断には至らない。一度目は胴体を完全に切断出来た斬波が今度は体の半分と少しを斬っただけで消滅した。
俺はすかさず斬波を同じ位置にもう一度叩き込んで今度こそ胴体を切断する。
二発。やっぱり、か。
ヒュドラは再生と増殖の怪物だ。特に胴体と真ん中の頭はほとんど不死と言ってもいい。しかも周りの頭と比べて格段に厄介な特性を持ってる。それは同じ攻撃を受け続けるとその属性への耐性を急速に身に着けるっていうものだ。攻撃が致命傷に満たない場合はすぐさま傷が再生して、次に同じ攻撃をしても同じダメージは負わせられなくなってる。
威力の小さい攻撃の連打じゃすぐには差を実感することは少ないけど、大きいダメージを与えるはずの攻撃をしてみりゃ差は歴然だ。
実際俺の最大威力の斬波はすでにダメージがほぼ半減させられてる。斬撃属性への耐性が強化されてる証拠だ。このまま攻撃し続ければいずれ本当に効かなくなる。
ともあれ、今は胴体の切断に成功してヒュドラは再生のために移動を止めてる。
俺は他の3人と一緒に叫び声を上げる負傷者のもとに駆け付けた。
そいつの足を潰しているのは尻尾の薙ぎ払いで吹き飛ばされてきた街路樹だ。運悪く下敷きにされた左足は完全に破壊されたわけじゃないけど簡単には抜けそうにない。幹の一部に車がのしかかってたからだ。
俺たちは強力して持ち上げようとしたが、男三人でもダメだった。斬波で幹の途中から切断しようかと思ったが、それをすると街路樹そのものをわずかに地面から浮かせている引っかかりを失い足が完全に潰される。
代わりに俺はポールタイプのガードレールの横棒を出来るだけ長く切って運んできた。
それを道路と街路樹の隙間に突っ込んで男総出で押し上げる。てこの原理のおかげでわずかに隙間が広がった。その隙に術士っ子が何とか怪我人を引っ張り出して一応助け出すことができた。
そこでヒュドラを確認するとすでに回復を終えて行動を再開してた。
俺は慌てて持ち場に戻る。おっさんとパンク兄ちゃんもだ。
今のに手間取ったせいでヒュドラは他の負傷者の間近に迫ってる。
ここまで来られちゃ出し惜しみしてる場合じゃない。
俺は減衰無しの斬波で負傷者に襲い掛かってるヒュドラの頭を片っ端から斬り落した。
よし。首ならまだなんとか一撃だ。
そう喜んでみるが、斬られた首は次々に分裂再生してその数を増やす。
くそ。このままじゃ遠からずじり貧だな。
それでももう首を斬ることでしか襲われてる負傷者を守ることができない。そして首は斬られたそばから分裂再生して数を増やす。
もうほとんど限界だ。急速に追い詰めれてるのを感じる。
ヒュドラが迫る。
首を斬る。
それでもヒュドラは前に出る。
頭が来る。頭が来る。
斬る。斬る。
再生、再生増殖増殖増殖増殖。
頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭頭。
くっそ。きりが無い。もう手が回らない。
これ以上は抑えきれない。
いくか? 本気を出すか? 今ならまだ隠し玉で形勢を押し返すことくらいはできる。
でもそれも結局は斬撃属性だ。一度でも使ったらヒュドラの耐性が一気に強化される。今仕掛けたら不死対策が整っても仕留めに行くのが難しくなる。
じゃあどうする? 逃げるのか? 今さらみんなを見捨てるのか?
バカ言え。そんなことができるか。
男を見せろ。死んでも踏みとどまれ。
あ、ヤバい。死神さんが走馬灯無料サービス中のノボリを片手に近づいてくる気配がする。
もう無理だ。もう隠し玉を使うしかない。
そう決断したその時だ。
「シュウジ。遅くなりました」
防波堤として破綻寸前の俺の耳に届いたのは、不死対策の準備を頼んでおいたクシャナさんの声だった。
その後ろにはどこから連れてきたのか代官の手下的な兵士たちの姿もある。
彼らは現れるなり負傷者の救出作業に取り掛かった。
よし。いいぞ。負傷者さえ逃がせれば後退するスペースができる。それにクシャナさんが戻ってきたってことは不死対策の準備が整ったってことだ。
これはあれだね?
もう本気を出してもいいってことだね?
俺は思わず笑みをこぼした。