エピローグ「やっぱり世界は異化してる!」
東京っていう街は交通手段がいろいろあって便利だ。
電車もバスもタクシーもいっぱい走ってるから移動することに関しては困ることはあんまりない。
それはすっかり異化しちゃったこのアナザー東京でも同じことだ。
それどころか、元の東京より乗り物のバリエーションが多いからさらに便利になった感さえある。
それこそファンタジー系からSF系までなんでもあり。
その中でもとくに便利なのが空を飛ぶ系の乗り物だ。
道路の渋滞とは無縁だし、目的地まで一直線だからとにかく速い。
この前の事件で獅子雄中佐にガンシップとかいうのに乗せてもらってから、俺はこの手の乗り物にちょっとハマってる。
だからっていうわけじゃないんだけど――。
「まさか自分がUFOに乗る日が来るとは思わなかったわね」
「だな。バス停で待ってるところをいきなり吸い上げられたときはビビったよな。でも実際乗ってみると中は意外と快適で悪くないな」
今日いっしょにUFO初体験中の白夜に俺は相槌を打った。
そう聞くとなにかさらわれたみたいに思うかもしれないけど大丈夫。
単純に、俺たちを迎えに来た空中バスがUFOだっただけだ。
ほんと、ほんと。
うそじゃないって。
今日は、前に約束したみんなで遊園地に遊びに行く日だから、こうやって目的地まで乗せてもらってる。
そんな中、うららは人一倍そわそわしてた。
「UFOもそうですけど、私、遊園地もはじめてなのでドキドキします」
「へぇー。そうなんだ。ボクもはじめてだし、いっしょだね。白夜ちゃんは?」
「遊園地なら子供のころ親に1回だけ連れて行ってもらったけど、小さかったからあんまり覚えてないわ」
「そっかー。じゃあ今日は思いっきり楽しんじゃおう。おー!」
とかなんとか。
愛理を中心に盛り上がる女性陣。
普通ならバスの中で騒いだらダメだろうけど、このUFOバスの場合はわりとありな雰囲気。
そもそも、UFOバス自体がでっかいせいか、中は乗り物の中って言いうより、ちょっとした待合ロビーみたいな内装が施されてる。
床は円形で、真ん中には人間を吸い上げたり逆に地上に降ろしたりする謎装置な部分がある。
座席はそれを取り囲むように3重の円の形に並んでて、デザインもツルンとした感じで未来感って言うか宇宙感たっぷり。
空中にもテレビ画面とか案内表示がホログラム投影されてたり、その間を深海魚みたいな不思議生物が泳ぐように飛んでるのもUFOならではかも。
そんなUFOバスの100席くらいの座席は結構満員ぎみ。
なおかつみんな結構和気あいあい喋ってるから、俺たちだけが特別騒がしいわけじゃない。
むしろこのバスは遊園地行きだけに、ほかのお客さんもテンション高め。
いいよね、こういう雰囲気。
うちの女性陣のおしゃべりに花が咲くのも仕方ない。(隣に座って黙々と俺の髪の毛を手櫛でとかしてるクシャナさんを除く)
「で、なんでお前らまでちゃっかりそこに座ってるんだよ?」
「ジュリエッタにも色々と経験させてあげようと思ってね。この子は今までがんばってくれたけれど、そろそろ人並みの幸せを知ってもいいはずさ」
俺の言葉に、ちょっと離れたところに座ってるブラックアイズが答えた。
そのすぐ横では、白っぽいワンピース姿のジュリエッタがちょこんとおすまししてる。
「それはそうかもしれないけど、俺が聞いてるのはなんでこのメンバーの中にしれっと混ざってるのかってこと」
俺はこの2人を誘ってないし、白夜たちが声をかけたわけでもない。
それなのに、いざUFOバスに乗り込むタイミングでふらっと現れて、俺達グループのメンバーみたくそこに座ってる。
まったくどうやってこっちの日程に合わせたんだよって話。
「運命、とだけ言っておこうかな。詳しいことはすぐにわかるよ」
「なんだよ、それ」
こいつはあいかわらずわけのわからないこと言う。
どんな運命があれば他人の予定に潜り込んでくるようなことになるんだか。
「ところで'あの事件の事後処理の方はどうなったのかな。君たちは今後も世界樹と関わっていくのだろうし、色々と片付けなければいけないこともあるはずだと思うけれど?」
「白ローブたちのことなら獅子雄中佐がとりあえず話を通してくれたみたいだぞ。無罪ってことにはならないはずだけど、死刑ってこともないんじゃん?」
「そうか。それはよかった」
まぁ、クラルヴァインの方は実家ごと吹き飛びそうな感じらしいから、それに比べればかなりやさしい対応になるはず。
ちなみに天蝉は十蔵のおっさんがやっつけたらしくてすでにこの世には居ない。
その話を聞いた時、いっしょに居たアルトレイアの目が泳いでたけど、クシャナさんは気にしてないみたいだからそういうことでいいんだろう。
「シュウジ。そろそろ着くみたいですよ」
ずっと手櫛を続けてたクシャナさんの手が、仕上げにと俺の頭を撫でてから腰へと回った。
やんわりとした力で立ち上がるように促されて、俺はUFOバスから降りる準備をする。
こんな風に急かしてくるクシャナさんはめずらしい。
実は遊園地に行くのが結構楽しみみたいだ。
もちろん、他のガールズのやる気に関しては言うまでもない。
「よーし、行こうか。みんな忘れ物しないようにね」
「うぅ。なんだかドキドキしてきました」
「かわいいところだといいわね」
俺たちは他の乗客といっしょにUFOバスの中央に集まる。
するとちょうどタイミングよく床がパカッと下に開いて乗客たちが地上に向かって体を投じていく。
そう言うとまるで飛び降り自殺みたいだけど、その落ちていくスピードはかなりゆっくりだ。
なんか知らないけど、このUFOバスには重力制御装置かなにかがあって、物体を浮かせたりできるらしい。
そういうわけで、俺たちも周りに倣ってUFOバスから降下する。
最初に愛理たち、それから俺とクシャナさん。
後ろを振り返るとジュリエッタがすぐに追いかけて来て、なぜかブラックアイズはいつまでも飛び降りない。
来るときはちゃんと自分で乗り込んで来たし、高所恐怖症でもないはず。
それなのにブラックアイズは明らかにUFOバスに残るつもりだ。
「ジュリエッタ。それじゃあこれでひとまずお別れだ。これからは女王陛下たちと仲良くするんだよ?」
ブラックアイズはいつものように微笑んで、そんな別れの言葉っぽいのを口にした。
「……うまく出来るかわからい。でも、努力してみる。それがあなたとの約束だから」
「いい子だね。その言葉を聞いて安心したよ」
なんだ?
ジュリエッタまでそんな深刻そうに。
これじゃあまるで――
「そういうわけでジュリエッタをよろしく頼むよ。その子は強いようでか弱い女の子だから、くれぐれも泣かせないように気をつけてほしい」
「って、俺かよ!?」
こいつ、マジで言ってるぞ。
冗談成分1ミリグラムも無しだ。
これは単に今日だけいっしょに遊んで来いって意味じゃない。
すくなくともしばらくの間、俺たちのところで暮らせ的ななにかだ。
「だから運命だと言ったじゃないか。ジュリエッタは半分は女王陛下の同族なのだから、君たちといっしょに居るのが自然だろう?」
正しいような正しくないような!
そりゃあクシャナさんと同じ種族で、なおかつ話しが通じる以上、ほうってはおけない存在だけどさ。
だからってこんなタイミングで一方的に投げて寄越すみたいなのってありか?
「安心して。あなたたちに迷惑はかけない。あなたたちの寝室にまで入り込むつもりはないから」
「いや、それ――」
「――当たり前です」
この話がどうなるにしても、さすがにクシャナさんも寝室うんぬんを許すわけない。
ジュリエッタには色々聞きたいことがあるはずだけど、それとこれは話がまるで別だ。
「あなたがどうしようがかまいませんが、我が家の団らんを邪魔することだけは無いように」
主に、俺がクシャナさんに抱きしめられてる時間が減るのはいけないって意味だ。
「ところでお前はなに笑ってるんだよ!」
俺たちを見下ろしながら、ブラックアイズはいつも以上に楽しそうに微笑んでる。
こういう時、こいつのニヤケ顔は腹が立つ。
「って、UFOのハッチ閉まったし」
結局、それ以上なにも言わないまま、ブラックアイズはUFOバスで飛び去って行った。
まぁ、いいや。
どうせあいつはそのうちひょっこり現れるだろ。
それまでしばらく面倒みればいいだけだし、細かいことはあとで考えよう。
「とりあえず中に入ろうぜ」
「そうね。早くしないと混むかもしれないものね」
今日は一応平日だけど、周りには他の交通手段でやって来たお客さんがどんどん入り口に向かって行く。
このままここに居ても取り残されるだけだ。
そうならないように、俺たちも人の波に乗って先に進む。
そうしてたどり着いた正面ゲート。
そこに書かれてた文字はーー
「……TOKYO DESTINY LAND? なにか、違う気がするわね」
「そう? むしろギリギリ寄せてきた気がするけどね、ボクは」
「お2人とも、どうかしたんですか?」
うららが話についていけてないけど、これは英語が読めないとかそういうのじゃない。
異世界転移を経験してないうららは、元の世界の記憶を保持してない。
だから微妙とか分かりにくいとかじゃなくて、うららにとってはこれがあたりまえなだけだ。
「ディスティニーランドか。ブラックアイズのやつ、どうせならいっしょに来ればよかったのに。1番好きそうだろ、キャラ的に」
こんなのどう考えてもあいつの趣味だし。
むしろ、実はここで働いてるんじゃないだろうな?
「とにかく中に入りましょう。そこに並べばいいみたいですよ」
クシャナさんに手を引かれてゲートの順番待ちに加わる。
思ったよりスムーズに進んですぐに俺たちの番が来た。
「やぁ、ぼく三木だよ。今日は来てくれてとってもうれしいよ」
出迎えてくれたのは、おっさんの着ぐるみを着たおっさんだった。(声でわかる)
ニアミスな名前からしてメインのマスコットだと思うけど、それにしても攻めすぎだろ。
「まずはチケットを見せてくれるかな?」
「あ。うん。これだけど」
俺たちは各自自分のチケットを取り出して三木さんに手渡した。
これは自分で買ったチケットじゃなくて、獅子雄中佐に用意してもらったやつだ。
だから値段も知らないけど、偽物ってことはまず無い。
はずなんだけど……。
「けしからん。最近の若い人はじつにけしからんですな!」
なぜか、三木さんはチケットを握りしめたまま急にプルプルしだした。
偽造とか言われても俺たちの責任じゃないぞ。
「平日のデートスポットにしてこの男女比率! しかもかわいい子ばっかり集めて少子高齢化に拍車をかけるつもりか、このリア充め!」
「怒られてる!? なぜか俺が怒られてる!?」
「おじさんの若い頃はね、こういう時は社交辞令でも頭数を合わせましたよ、頭数を。それが今や、露骨に1人に群がる女子と、おすそ分けしない男子。二次元を嫁にする流れはね、あなた達のせいですよ!」
なに言ってるんだ、こいつ。
そんなむちゃくちゃな話があるか。
「そういうわけで、リア充のみなさんには、今日ここで決着をつけてもらおうと思います」
「決着?」
なんか急に物騒になってきた感じか?
「そう。このいちじるしく狂った男女比、つまりハーレム状態がいけないのなら、誰か1人に決めればいい。というか決まりやがれ」
なんて暴論だよ。
そもそも、そういう話なら別に今さら決める必要は無い。
「1人選べばいいんだったら、俺は迷わず――」
「シャーラップ! お黙りなさい、このバランスブレイカー! あなたに選択権があると思ったらあかんぜよ」
無いのかよ。
って言うか、三木さんキャラぶれ過ぎ。
「こんなに贅沢な選択肢を持ってる人に選ばせるなんてとんでもない。あなたは選び取られる側。言うなれば景品」
マジで!?
人ですらない?
「ウチの子が景品とはどういう意味です。シュウジは私の大切な家族です。おもちゃのように扱ってもらっては困ります」
「まぁまぁ、お姉さん……? お母さん……? これはあくまでもアトラクションですからそう目くじらを立てずに。それよりも気になりませんか、坊やに相性がいいのはどういう相手なのか?」
その言葉に、クシャナさんの無表情がピクリとした。
「たしかに、この子のお嫁さんをどうするのか、いつかは決めないといけません。いっそのこと私が、という手もありますが、一度すべての選択肢を真剣に考えてみる機会も必要です」
あ、クシャナさんがちょっと乗り気だ。
「そうでしょう、そうでしょう。見れば坊やのハーレムはなかなかの美人ぞろい。あとは新妻としての器量があるかどうか。それをこれからチェックしようではありませんか」
「そ、そんな。美人だなんて、ほかの皆さんはともかく、私なんて……」
「あら。うららちゃん、かわいいじゃない。女の私でも守りたくなっちゃうわよ」
「うーん。合ってるんだけど、白夜ちゃんがそれを言ってもねー。正直、クシャナちゃん以外でボク並の美人が修司のところに寄ってくるとは思わなかったよ」
まぁ、それはある。
正直、クシャナさんを別にすれば、白夜のかわいさは頭1つ抜けてる。
こんなやつがそばに居るっていうのはある意味奇跡的だ。
ただ、それを言うならジュリエッタが大人になればどうなるか気になるところではある。
個人的にはかなりすごいことになると思うけど、そもそもジュリエッタって今何歳なんだ?
「さぁさぁ、そんな美しいお嬢さん方。今日は意中の殿方にアピールするチャンスですよ」
「チャンス……」
「ゴクリ……」
「へぇー。それはちょっとおもしろそうかもねー」
あ、3人の目の色がさっきまでと違う。
そんなマジな目なんかして、これから遊園地で遊ぶんじゃなかったっけ?
「ところで坊や、お名前は?」
「坊やとか言うなし。諸神修司。冒険者だよ」
「なるほど。それじゃあ通り名か二つ名はありえないるかい?」
「そういうのはとくに無いけど、知り合いからはモロちんって呼ばれてるかな」
言うんじゃなかった。
どうして後悔ってあらかじめ'しておけないんだろうな。
「オーケー。それではまいりましょう。題しまして、『ドキドキアトラクションの連続で女子力爆発? モロちんにふさわしいのは私だツアー!』愛と青春のポロリ編始まるよ!」
「夢の国モドキとしてはありえないノリだろそれ! しかもどう考えてもポロリ要員俺だし!?」
こんなのはとてもじゃないけど子どもたちには見せられない。
俺はそういう笑えないポロリはしない主義だ。
「まぁまぁ。景気づけだから、景気づけ」
「いや、むしろ刑期が付くって」
「大丈夫。いざというときはおじさんがカメラ目線で被るから。三木100%的に」
「むしろ映像に残そうとするなよ」
そんなおもしろ動画が存在したら、あっと言う間にSNSで拡散されちゃうだろ。
「そうは言ってもお嬢さん方はやる気満々で先に行ってしまいましたがねぇ?」
マジで!?
「修司! ほら。主役がなにぼさっとしてるのさ?」
「そうよ。あんたが居ないと始まらないんだから早くしなさいよ」
「お兄さん。私、がんばりますので!」
うわ。
ほんとに3人ともノリノリじゃんか。
「シュウジ。心配しなくても私もそう簡単に負ける気はありません。あの3人の中に私よりあなたに相応しい相手が居るかどうか、しっかりと見極めさせてもらいます」
いや。
俺が困ってるのはそこじゃないんだけど。
どうしたものか。
対処に悩んだ俺は、ただ1人おとなしくしてるジュリエッタを見た。
それは冷静なツッコミを期待してのことだった。
つもりが……。
「新しい運命を、見つけるときが来たのかもしれない……」
ダメだ。
悪い方向にブラックアイズに感化されてる。
「こうなったら覚悟を決めるしかありませんぜ、旦那ぁ」
誰が旦那だ、誰が。
そもそも三木さんのせいでこんな状況になったんじゃんか。
今日はただ遊園地に遊びに来ただけなのに、なんだかずいぶん変な方向に話が進んでる。
まったくもってやれやれなことだ。
なんてため息をつくと、そっと俺の左手が握られた。
クシャナさんだ。
クシャナさんはなにも言わず、ただ無表情に微笑む。
それだけ。
それだけで全部いい気がした。
そうだ。
たまにはこういうのも悪くない。
愛理はプンスカしてるし、白夜はなぜか自信たっぷりの顔してるし、うららも少女マンガ並に目を輝かせてる。
おまけにジュリエッタまでが静かに闘志を燃やしてたり。
でも男としては普通に幸せな状況でもある。
どう考えてもおかしい話だけど、少なくとも退屈はしないだろう。
つまり、だ。
やっぱり世界はイカしてる。
なんだかんだで、俺はそう思うんだ。